SS それだけでうれしい



※ネタポストより『お世話になっている礼をしたいと姉がデートに誘うも、それが嬉しすぎて逆に姉に貢ぎまくるラブラブな2人』




「お待たせ、じゃぁ行こっか」
「待って可愛い、愛でさせて」

悟の選んだ服に身を包んだミズキがリビングに顔を出すや否や、彼は吸い寄せられるように抱き締めて柔い髪に頬擦りをした。ミズキは擽ったさに笑いながら悟の胸板に頬を寄せて甘えるようにするので、それが更に彼を喜ばせた。

「可愛い好き一日こうしてたい…あ、それよりベッド行く?」
「だめ、今日はお出掛けするの」

ミズキは悟の胸に腕を突っ張って一喝した。しかし叱られたはずの悟は仔猫でも見るような甘さでまなじりを下げ、「そだね、ミズキがデートに誘ってくれたんだもん」と自分の言葉で改めて幸せをしみじみと噛み締めた。

ミズキは在宅仕事で稼いでいるけれども特級呪術師の俸給に敵うはずもなく、実質的に弟に養われている状況にある。彼女はそのことに負い目を感じて給料を一部家計に入れているけれど、その金は悟によってミズキ名義の口座に貯まる一方だというのは彼だけの秘密である。
今回はミズキが貯めたお金で悟をもてなすべくデートに誘ったというのが事の経緯であり悟の浮かれ様の理由だった。


「ん、じゃあ行こっか。はい鞄貸して」

悟はミズキに手荷物を持たせることをしない。普段から徹底されている習慣のため、ミズキは特に疑問もなく彼に鞄を明け渡した。
そのまま玄関へ促されて、これも悟の選んだ靴に足を収めていると忘れ物を取りに一度部屋へ引っ込んだ悟もすぐに追い付いて靴を履いた。



「あ、あの店入りたい。いい?」

悟の指差す先を見て、ミズキは勿論頷いた。品のいいアパレルショップ、ショーウィンドウには男女両方のマネキンが立っている。
入店すると悟は目当てを決めていたかのように迷いなく進んで、ワンピースを着たトルソーの前まで来ると目配せで店員を呼んだ。

「はいミズキ、これ着て見せて」
「…うん?悟、今日は私のものじゃなくってね?」
「いいからいいから。これ着たミズキが見てぇの、お願い。ね?あとそっちの靴サイズある?」

抵抗の隙もなくワンピースと共に試着室へ押し込まれてしまい、ミズキは釈然としないまま着替えを始めた。
普段悟が選ぶモノの価格帯は知っているから予算的には余裕を持って準備をしたけれども、しかしこれでは単なる自分の買い物ではないか。
とにかく今は着替えてしまう他ないようで、ホテルのパウダールームのように贅沢で可愛らしいその試着室で彼女は着替えを進めた。そうして着替え終わって後ろ襟や裾を確認しているところで外からノックがあり、わくわくとした悟の声が「開けてい?」と尋ねた。

着替え終えたミズキの姿を見るなり悟はうっとりと目を細め、「最っ高」と呟いた。

「やっぱミズキは綺麗だから何着ても映えるね。僕の見立ても完璧!靴も履いて、ほら肩に手置いてね」

ミズキが自分の思った通りの姿になったのが嬉しくて仕方がないという風に悟は至極上機嫌で、跪いて彼女の足に華奢なパンプスを合わせた。
しなやかに収まった足元から彼はうっとりとミズキを見上げて満足の溜息をつき、両手を握って立ち上がった。
悟の背後では繊細なガラス細工を扱うように丁寧で甘やかな彼の所作に、接客術を訓練されているはずの店員までうっとりと見入ってしまっている。

「じゃ、コレ一式このまま着てくから会計お願い。あと着てきた服は自宅に送っといて」

悟が笑顔で振り向くと、店員はハッとして一礼した後支度に走った。
その様子を見ながらミズキも腹を括る。悟に日頃のお礼をするために誘い出したものが、想定とは違うことになったけれども、彼がこんなに満足そうに喜んでいるのだからこれが正解なのだろう。ここで買うのが自分の服だというのが彼女には釈然としなかったけれども、悟が楽しそうにしていることには代えられない。
ミズキは悟の肩に掛かった自分の鞄を見た。

「悟、私のお財布ちょうだい」
「ん?あーミズキのお財布ね、家に置いて来ちゃった」
「……………えっ?!」

ミズキは混乱した。無理もない。
彼女は慌てて悟の肩から鞄を下ろし中身を改め、残念ながら本当に財布の不在を確認するに至った。

「なっなんで?なんで?」
「あはっ涙目可愛い。だってぇ僕が買いたかったんだもん」
「それじゃいつもと一緒ぉ…」
「ミズキのためにお金使うのが僕の趣味で生き甲斐。誘ってくれた時点でご褒美貰ってんの」

まだ納得出来ずにいるミズキを他所に、悟は店員にクレジットカードを渡してしまった。
ミズキは情けないような擽ったいような半端な気持ちでその艶々と黒いカードが運ばれていくのを見送り、彼の上腕にトスッと額を預けた。

「さとるー…もー…」
「ごめんね?ミズキが本気で嫌だったらやめる。でも要らなくてもその服は買うよ、ミズキが一回でも着たのを後で他人が触るの僕が嫌だから」
「………悟、この服好き?」
「それ着たミズキが大好き」
「じゃぁもう言わない。悟のだからたくさん見てね」

悟の腕から顔を離してミズキが見上げると、彼は一瞬だけ目を丸くした後すぐに、喉を鳴らす猫のように上機嫌に目を細めた。

その店を出た後は手始めにパティスリーのカフェに入り、桐箱で売られるようなフルーツがふんだんに乗ったタルトを食べた。続いてデパートのコスメを色違いでいくつか、美しい瓶に入ったバスソルトやボディクリーム、ランチは品書きに価格が書かれていない店の個室、「普段着もうちょっと買う?」、極め付けにジュエリーショップに入ろうとする悟をミズキは本気で止めた。

「悟っもう充分!もういいからっ!」
「えぇー?何のために僕のカードに限度額無いと思ってんの、こんな日のためだよ」

ミズキに腕を引っ張られる状況を楽しみながら、悟はまだ楽しく散財しようと顔を輝かせている。
ミズキは基本的に悟の言うことを何でも受け入れがちなところがあるけれども、この時ばかりは入店を固辞した。このテンションで入店を許したが最後、ショーケースを指差して『この中全部』とか言い出しかねない。実際のところそれは大正解で、悟は正にそれをやるつもりだった。

「悟、私ね、いまちょっと寂しい」

いよいよジュエリーショップに入ろうとしていたところで悟の足が止まった。

「…ごめんね、僕ミズキのこと置き去りにしちゃった?」

ふるふるっとミズキは仕草で否定して、悟の腕にそっと身体を寄せた。

「私のこと連れて帰って。たくさんキスしたいから」
「…本当、敵わないなぁ」
「悟はイヤ?」
「まさか。嬉しくて空飛べそう」
「ふふっ飛べるよね?」
「そうだね、トんで帰ろ。で帰ったらさ、このワンピースのファスナーは僕が下ろしたいな」




ジュエリーショップに入ろうとするのを止めるシーンは、小学校低学年女児がグレートピレニーズのリードを引く感じで想像していただけると丁度いいと思います。
ネタ提供いただいた方、ありがとうございました!



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