答え合わせといこうか

五条は星漿体護衛の任務で自らの呪力の核心に触れたらしく、週末を利用して本家で「トリセツ読み漁ってくる」とのことだった。
さすが相伝の術式とあって、膨大な量の書物が保管されているらしい。

「往復ダリィから泊まるわ。だからケーキ連れてってやれねぇけどいい子にしてろよ」
「悟さん私のこと毎週ケーキ屋さんに連れてかないと癇癪起こす子どもだと思ってます?」
「ミズキあれはね、遠まわしに悟がさみし、」

皆まで言わせず五条が夏油の腹を殴った。
このようにして五条は本家へ帰っていった。





五条は本家の古い書庫で文献をひとしきり読み漁った後、めぼしいものを私室へ持ち込んでめくりながら昼食をつまんでいた。
本来書庫からの持ち出しも厳に禁じられている貴重な書物なのだけれど、そんなことを気にする彼ではない。

その時、襖が突然開かれ、高年の男が薄い冊子をいくつか携えて部屋に踏み込んだ。五条は顔を顰めた。

「勉強は順調か、悟」
「入っていいとは言ってねぇんだけど」
「口の利き方に気を付けろ、お前に良いものを持ってきてやったんだ」

五条にとって男は興味がなく家系図も引けないような間柄だけれど、五条の親戚にあたり、五条家の幹部に座している。
男は持ってきた冊子を五条の前に小積んだ。何だと聞けば見合い写真だという。

「ハァ?耄碌してんの?俺もう婚約してんだけど、痴呆?」

全く一歩家に踏み入ったと思ったらコレだ、と五条は胸の悪くなる思いがした。正直、ミズキと婚約したからといって見合いを薦められることが金輪際途絶えるとは彼も思っていなかった。実際妾だの愛人だの、そんなものは公然の秘密だった。
それでもせめて学生の間くらいは多少静かになるだろうと五条は思っていた。

「血統のいい胎はいくつあってもいいだろう、子は多い方がいいからな。あの娘が孕んだ噂も聞こえんし…まったく私がわざわざ焚き付けてやったものを」

男が言い終えるか否かというところで、五条の手が男の喉笛を潰すように掴み背後の柱に押し付けた。男の喉元から潰れた声が漏れた。
五条の青い目が怒りに燃えているのを間近に見てやっと、男は自分の発言が五条の逆鱗に触れてしまったらしいことだけは感じ取った。

「7月2日?」

日付だけで端的に五条は問うた。喉を押さえられた男は焦りと混乱の中で意味が分からず、ただ五条に懇願の目を向けるばかり。五条は声を出せる程度に手を緩めた。

「ミズキをここに呼んで、『焚き付けた』ってことでOK?それが7月2日かって聞いてんの」

それは、五条が駅のストリートピアノでミズキを見かけた日だった。彼はあの駅が嫌いだ。この忌々しい家に出入りするとなれば必ず通る駅で、幼い頃からいい思い出が無い。
男は必死に頷いた。実際のところ正確な日付など覚えていなかったけれど、五条の剣幕には頷かざるを得なかった。
五条が廊下の方へ向けて「誰か来てくれるー?」と呼び掛けるとすぐさま使用人が1人静かに駆けつけて、五条が幹部の男の首を絞めている様に目を見開いた。

「俺の婚約者がここに呼ばれて来たのが7月2日なんだけど、お前その日出勤してた?」
「はい、悟様」
「コイツのクソみたいな話聞いた?」

使用人の女が首を押さえられた男の顔をチラと窺って頷けないでいると、五条は男を冷たく見下ろして手を離した。男は激しく咽せて床に蹲り、五条がしゃがみ込んで男の頭上から声を掛けた。

「なぁ、アンタがミズキに何言ったのかまだ知らねぇけど、マジで殺してやりてぇよ。…ま、大方予想は付くけど」

五条が手を翳して力を込めると、何冊か積まれた見合い写真のアルバムがぐしゃりと小指一本ほどの大きさにまで潰れ、床に転がった。

「俺にミズキ連れてきたってとこだけ情状酌量な。だからアンタが今首の皮一枚残ってんのはミズキのおかげってこと、分かる?アンタ1人か他にもいるか…はこれから確認になるけど、証言者イジメなんてダセェ真似したら首と身体が泣き別れ、OK?」

男は蹲ったまま必死に頷いた。見合い写真と同じ運命を辿る自分が容易に想像出来た。次期当主とはいえまだ学生の五条悟よりも、立場的には自分の方が上との自負があったけれど、生物として敵わないことは本能的に分かっていた。
「で、アンタは、」と使用人に向けて、五条。

「退職金弾むから転職を薦めるって方が話し易いか?」

使用人が礼を述べて頭を下げると五条は男を廊下へ蹴り出して(見合い写真だったものも投げて)、使用人を部屋に招き入れ、胡座をかいて座った。

「じゃ、答え合わせといこうか」





ミズキは急に舞い込んだ任務を終えて、日の高い内に高専へ帰ってきた。のんびり構えていた土曜日に急な呼び出しは嬉しいものではなかったけれど、窓に同行して3件分、呪霊の出現条件と級数と特性を調査しただけで後はプロの術師に引き継いだのだから文句は垂れまいというところだった。

幾重にも連なった鳥居をくぐりながら、ミズキは生家に帰省中の五条のことを考えた。しがらみの多いのを嫌ってあまり家に寄り付かない彼だけれど、ひとたび帰ればきっと次の婚約や世継ぎの話をされるに違いない。
そうなればミズキとの偽装婚約が彼にとってまるで意味を成さないものだと明らかになる。ミズキが頭の中に思い描いた五条が『意味ねーじゃんヤメヤメ』と言った。
勝手にひっそり想っていようと決めた恋だから、今までと何が変わるわけでもない。
ただ少し思ったよりも早くて、少し寂しいだけだ。

乱れ散らかった心を一生懸命に丸く塗り固めながらミズキは寮に入った。談話室を抜ける時に灰原や七海とすれ違って「おかえりー!」「折角の休日に災難でしたね」と声を掛けてもらったのには、上手く笑って返せた。
女子棟に入って階段を上がって自室が近付いたところで、ミズキは思わず立ち止まった。

ミズキの部屋のドアに背中を預けて、五条が座っていた。




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