03.似て非なる


(……えらいことになった)


 ベッドに横になり、天井を見上げたまま心の中でひとりごちる。
 声が出ないのだからこればかりは仕方ない。仕方ないったら仕方ないのだ。


(いやだって……えええ……?)


 入院するためにあてがわれた個室は静かだ。
 皇が抱えている様々な事情から気を遣ってくれたのは間違いない。
 お陰で誰の目を憚ることもなく、他人に余計な気を割くこともなく、皇は混乱する思考の整理ができる。

 強いて不便を挙げるとすれば、点滴を打っているせいで身動きが取りづらいことか。
 しかしそれさえ治療の一環であるのだから、入院患者は感謝こそすれ文句を言うことはあるまい。ありがたやありがたや。





 さて、ここらで改めて状況を整理するとしよう。

 死んだと思ったら転生してた。
 まあそれは良し。

 転生した世界が混ざってた。
 可能性は低いと思うがないことじゃないだろう。

 唯一の肉親が国外で失踪した。
 ……そろそろ許容できなくなりそうだ。

 協力関係にあったマフィアに裏切られ監禁・暴行(拷問ともいう)された。
 おいおいアイツらは社会的に抹殺するとして。

 『彼』の助けを得て逃亡したら麻天狼に保護された。


(……なんでぇ?)


 なんでも何も、力尽きて休んでいたところを麻天狼の観音坂独歩に見つかったからなのだが、そもそもそれがおかしい。
 皇は自分の姿が一般人に刺激が強すぎることを理解していたし、何より自分と下手に関わり合いにならない方がいい、と考えて霧の炎で隠れていたのである。

 なのに見つかった。
 何故?


(考えられる可能性としては、耐性があることだけど)


 いくら言の葉党からシンジュク・ディビジョンの治安維持を任ぜられた麻天狼と言えど、それさえ除けば独歩は一般人となんら変わりない人間だ。
 人殺しを生業としていた後暗い経歴を持つ神宮寺寂雷とは違うのである。


(まあ、それは別にいいか)


 始まりは彼との出会いだったとしても、最終的に庇護下に入ることを望んだのは皇だ。
 久方ぶりに向けられる混じり気のない善意と優しさに絆されたとも言う。

 おもむろに目を閉じ、路地でのやり取りを思い出す。

 皇の力になりたい。
 心の底からそれを願っている、真っ直ぐで真摯なまなざし。
 皇を嬲ったクズどもと同じ性別だからどうしても警戒してしまうが──この人に助けて欲しい、この人を信じたいと願ったのは紛れもない本心である。

 二つの作品が混じっていたり、言の葉党と各ディビジョンのチームがビジネスライクな付き合いをしていたりと、『ここ』は前世の推しジャンルと微妙に異なる世界ではあるけれども、生きている人たちの人となりは元となった作品とおおよそ変わりないことを知っている。

 だからこそ、皇は麻天狼を信じる。麻天狼は信じられる。
 だって彼らは見知らぬ誰かを助けることに一生懸命になれる人たちだから。







(推しジャンルでいえば、彼らもそうだったんだけどなぁ)


 皇が生まれ落ちてから現在に至るまで、そのほとんどを過ごした並盛の地。
 そこを舞台にすったもんだから殺し合いまで、あまりの落差に風邪をひきそうになるほどの出来事が繰り広げられる赤ん坊が家庭教師な某少年漫画。

 悲しいかな、平和主義の皇は主人公たち──もとい、イタリアンマフィア・ボンゴレの十代目ファミリーに巻き込まれる羽目になった。
 イタリアで失踪した父の行方を探るためである。

 皇には日本国内ならいくらでも情報を集める術があるが、国外となれば別だった。
 どうしても探りきれない部分を探り、突然姿をくらませた肉親の行方を掴むため、かの国の大部分を掌握するボンゴレと手を組むことにしたのだ。
 お陰で十代目ファミリーの協力者として日常編(さいしょ)から代理戦争編(さいご)までしっかり付き合わされ、それなりに図太い精神と人殺しの手段を身につけることになった。


(それもこれも、全部、父さんのためだったのに)


 皇はずっと誠実だった。
 国内随一の情報屋としての矜恃を、父親から教わった手腕に対する誇りを穢さないよう、全霊を持ってボンゴレに応え続けた。

 そうすればいつか、ほんの少しだろうとも、父親の手がかりが掴めると信じていた。
 世界でたった一人の家族であり、最高の師匠であり、至上の相棒であった父親を迎えに行けると信じていた。

 なのに──


(ぜんぶ、うそだった)


 ボンゴレは最悪の形で皇を裏切った。
 挙句皇を、皇の持ちうる技術を支配しようと監禁して、嬲って、それで──


(……やめよう)


 自分の身体が震え出したことに気付き、思考を止めた。

 ヤツらが憎い。恨めしい。殺してやりたい。
 そのどれもが真実であるように、恐怖を抱いていることもまた事実だった。

 背中のじくじくとした痛みに意識が集中する。
 霧の炎で診察してくれた寂雷からも、手当てを担当してくれた看護師からも隠しきった傷の場所。

 人の目に晒すにはあまりにも凄惨で、皇にとっては吐き出したくなるほど屈辱的なモノであることを、『彼』の反応で理解した。させられた。


(寂雷先生も言ってたじゃないか。今のわたしに必要なのは休むことだって)


 目を閉じ、身体から余計な力を抜いて、眠る体制に入る。

 暴力的な感情たちに振り回されるのはいつでもできる。
 だから今は、麻天狼が庇護下に置いてくれるうちは、しっかり身体を休めて回復に努めよう。
 余裕ができれば男性への恐怖心も落ち着くだろうし、声もまた出てくるようになるはずだ。


(言の葉党に接触するのは、それからかな)


 これからの算段をつける間に思考が少しずつぼやけ始めた。
 眠気に誘われるまま、そっと意識を委ね、心地よいまどろみに落ちていく。


(……安心して眠れるのは、いつぶりだろう……)


 どうか、彼らとの出会いが夢ではありませんように。
 ぐ、と力を込めた拳が、真っ白なシーツに皺を作った。




prev | next

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -