第二節 打算的コントラクト


「おーい、生きてるー?」
「……う」


 頬を叩かれる感覚に顔を顰め、おもむろに目を開けると、知らない人がこちらの様子を窺っていた。まとわりつくような眠気は驚きに吹き飛び、ぱちぱちと瞬きを数回。気付けばわたしは見知らぬ数人の学生に囲まれていた。

 いや待て、訂正しよう。この子たち、めちゃくちゃ見覚えのある容貌だ。特にそこの、一言で言い表すなら麻呂眉の彼。よくよく見れば誰も彼もわたしが知っている人物である。くすんだ金髪のメカクレくん、死んだ魚のような目をした彼、大仏のように額にホクロがある彼、赤茶っぽい髪の三白眼くん。うわぁなんてこったい、間違いなく霧崎第一ですよねこの子たち。コスプレ特有の作り物感とかゼロだし。……え、まじで?


「あ、生きてた」
「え、はい。生きてます」
「見りゃわかるだろ」
「お前、此処が何処かわかるか?」
「………………や、わかんないです。まったく。むしろ教えて欲しいくらいで」
「床下に転がってた心当たりは」
「は? ないない、ないですよそんなの。何ですかそれ」


 両手両足が縛られてるのもそのせいですかそうですか。花宮くんらしき人が心当たりを問いながら示したのは、ぽっかりと口を開けている地下収納だった。周囲には畳をひっぺがした跡や蝶番の歪んだ蓋があるし、服がところどころ汚れてるし、わたしが床下収納にぶち込まれていたのは確実と見た。──が、肝心なのはどうして自分がそこに居たのか、ということで。


「……座敷牢にいたのに?」
「座敷牢!?」
「座敷牢」
「えええ……そこまで恨まれる心当たりなんてないんだけど」


 君らみたいに意図的に恨みを買うわけじゃあるまいし。そう言いかけた言葉はぐっと飲み込んだけれど、多分、何を言おうとしたのか花宮くんっぽい人にはバレたかもしれない。その証拠に彼は嘲るように鼻で笑って。


「オレたちのこと、知ってるって?」
「……あー、まあ。ちょっとだけ? 一応有名人でしょ、『悪童』の花宮真くん」
「ふはっ、よくご存知で」
「家族がバスケ部だったもんで、その名残りみたいな感じかな」


 疑り深い視線にへらりと笑いかけ、本当のことを混ぜつつ知っている理由を誤魔化す。いやだって君たちは漫画の登場人物なんですーとか言ったら、絶対に頭沸いてるとしか思われないって。こんなよくわからない場所で手足縛られたまま放置、なんてマジ勘弁。冗談じゃないので回避できるリスクは回避します、ええ。

 ……ところでこの状況、なんか夢小説でありがちな脱出系ホラーの臭いがプンプンするんですけど、どなたか状況説明プリーズ。


「ここに来る前のことって何処までおぼえてる?」
「えーと……用事済ませて、家に帰ろうとしたのはおぼえてる。けど、なんか、そこからは曖昧かなぁ」
「曖昧?」
「建物を出た記憶はハッキリしてるんだけど、帰り道を歩いた記憶があやふやというか、『歩いたような気がする』って感じ」
「なるほど」
「もうちょっとしっかり思い出せたらまた報告するよ」
「ま、その辺は後でもいーんじゃない? とりあえず戻ってこの人のこと報告すべきでしょ」
「戻る?」
「詳しい話は歩きながらでもできる。今は待っていてくれ」
「わかった」


 瀬戸くんの問いに記憶を手繰り、今度は正直にありのままを答えた。何かこう、喉元まで出かかってるのに思い出せない感じがして、どうにも気持ち悪い。ひとまずわたしのことは保留となるらしいが、戻る? アレか、体育館が拠点になってますみたいな奴か? 疑問はあったが、古橋くんに止められたので今は大人しく引き下がり、説明を待つことにした。


「ところで手足の縄……ああいや、足だけでもいいんで解いてもらえませんかね」
「……」
「……」
「あ、無理なら無理でいいんだけど」
「ソレ、固結びでオレたちの手じゃ解けなかったんだよ。かと言って切るための道具もここにはねぇし」
「体育館に戻ればカッター持ってる奴いるだろうし、それまで我慢して。山崎が運ぶから」
「オレか!?」
「ひええお荷物以外の何ものでもなくて申し訳ない。ごめん山崎くん、よろしくお願いします」
「お、おう……」
「ザキの癖に照れんな」
「こんな時でも盛ってるとかきもいぞ」
「おうこらお前ら表出ろ」
「馬鹿やってねぇで行くぞ」
「ウィッス」


 どうやら解いてもらえないのは疑わしさ云々の話じゃないらしい。おかしいな、霧崎第一だしてっきりそういう理由かと思ってたんだけど。まあ、黒バスホラーのテンプレとも言える体育館に行けばどうにかしてもらえるようなので、それまでの間、しばしの我慢である。

 瀬戸くん曰く、手足を縛られた芋虫女は山崎くんが体育館まで運んでくれるらしい。恐れ多い気持ちが半分、申し訳ない気持ちが半分、ちょっぴり恥ずかしさや役得だと思う気持ちも含めて合計が百パーセントです。うわー照れた山崎くんかわいーとか思っているわたしを他所に、原くんと古橋くんは容赦なく彼を弄り倒していく。山崎くんが拳を握ったところで、イライラした様子の花宮くんが三人を一睨みして黙らせた。流石は主将、鶴の一声ってやつですね?


「……どうやって運んだらいい?」
「何でも。荷物は山崎くんが運びやすいように運んでください」
「わかった」
「俵担ぎにすれば? 背中におっぱい当たるかもよ?」
「なっ!?」
「夢を壊すようでホント悪いんだけど、貧乳にラッキースケベは期待しないでね。控えめって言うのすら憚られるレベルの胸しかないから」
「いや別に期待とかしてねぇし……」
「ガチ凹みしてんじゃんwww」
「山崎くん素直すぎワロタwww」


 露骨に落ち込んでる山崎くんに草不可避。原くんと二人で腹を抱えて笑っていると、ぬっと現れた古橋くんがわたしの肩をポンと叩いて。


「貧乳にも需要はある」
「真顔で言わないでwwwwww」


 君たちはわたしをこんなに笑わせてどうしたいんだ。


「ねぇ、花宮の機嫌が悪いんだけど」
「サーセン」
「ハァイそれじゃあ山崎くんお願いします」
「変わり身早すぎねぇ? ……よっと」


 瀬戸くんが言う通り、花宮くんから絶対零度の蔑む視線を注がれている。山崎くんに声をかけて急いで抱き上げてもらうと、なんと彼は躊躇う素振りもなくプリンセスホールドをしてくれたのでした。凄いな山崎くん。でもわたしは縛られているので夢も浪漫もなく、寧ろ第三者からすれば誘拐しているようにも見えるんじゃなかろうか。……まあいいか、うん。


「……ハァ。行くぞ」


 溜息をついた花宮くんの指示に従い、原くんと古橋くんを先頭に山崎くんとわたしが続く。それから殿として花宮くんと瀬戸くんが部屋を出た。部屋の中も結構暗かったけれど、外も変わらず薄暗いまま。だけど窓から差し込む淡い光が明かりとなり、動き回るには苦労をせずに済みそうだった。

 きょろきょろと視線を動かして辺りを窺う。今しがた出てきた部屋の出入口には宿直室と書かれたプレートがあり、近辺には他にも学生時代によく見たプレートが並んでいる。──ということは、だ。


「此処、学校なんだ?」
「ああ。……わかってたんだろ?」
「さっき体育館って言ってたから、薄々は」


 花宮くんの疑うような、粗探しをするような質問には彼らの発言を挙げて答えた。伊達に社会人してませんから、そう簡単に揚げ足取りはさせませんよ。ええ。面白くなさそうに舌打ちしたって駄目ですからね! なんて、何キャラだか自分でもよくわからない。……お姉さんキャラか?


「花宮くん、差し支えない範囲でいいから色々教えてください」
「その前にアンタの名前は?」
「狛枝透。これでも社会人」
「そこまで聞いてねぇ」
「ごめんなさい」
「……オレたちやアンタ以外にも此処に居る奴らがいる。どいつもこいつも気付けば此処に居て、どうやって来たかは誰もわかってない」
「なるほど」
「さっきアンタが言った通り、此処が学校らしいってのが最初にわかったことだ。……が、普通の学校じゃねぇのは確かだ。アレを見れば一目瞭然だろ?」
「アレ?」


 訥々と話しながら、花宮くんが何かをスっと指さした。首を傾げて視線を動かし──そこに居たモノたちの異様さに瞠目する。

 ソレらは人間に近い形状を取りながら、けれど身体のあちこちがドロリと溶けてあるべき形を失っていた。手であったり、足であったり、眼球であったり。個体によって崩れている場所は様々だが、一様に『生きていない』ことは確かである。ありきたりだがゾンビのようでもあり、……見方によっては出来の悪い粘土細工のようにも思えた。


「っ……」
「ふはっ、叫ばなかったのは褒めてやるよ」
「何あれめちゃくちゃきもい。吐きそう」
「止めろよ!?」
「冗談に決まってるでしょ。……で、何ですかアレ」
「知らね」
「オレたちも教えて欲しいくらいだ」
「ですよねぇ!」


 こそこそと小声で会話しながら、ゆらゆら動くソレらを観察する。仮称・バケモノの一体が頭部に該当する部位を動かし、こちらに視線を向けた。アッこれ見つかったやつ。ヒュッと心臓が縮みあがる心地がしたと同時に、ぐちゃぐちゃ、べちゃべちゃと音を立ててバケモノたちがこちらに迫ってきた。


「ひえっ」
「一哉、康次郎」
「オッケー!」
「任された」
「えええ嘘でしょ、徒手空拳で向かってくとか大丈夫なの」


 先手必勝と言わんばかりに原くんと古橋くんはバケモノに接近し、まずは膝辺りを蹴りで一薙ぎ。どうやらバケモノの身体は柔らかいらしく、蹴り抜いた場所からぐちゃっと床に崩れ落ちた。その後も蠢くように地を這うバケモノの頭を彼らは容赦なく踏み潰し、泥が跳ねた時のように肉片が辺りに飛び散る。

 二人は数体のバケモノすべてに躊躇なく、慈悲もなく、同じことを繰り返した。「終わったぞ」古橋くんからそう告げられた時に残ったのはバケモノの膝から下の脚、頭部の潰れた胴体、そして頭部であった大小様々な肉片たち。バケモノを蹴散らした二人は大して動じた素振りもなく、足を振ってスラックスについた肉片を振り落としている。


「………………とりあえず、大丈夫なのはわかった。バケモノ相手に落ち着いて対処できるとか君たち凄すぎない? 原くんも古橋くんもお疲れさま」
「ありがとう」
「透サン見直した?」
「あー、うん。見直したんだけど……」
「けど?」
「やっぱ徒手空拳は危ないんじゃないかな、と思って。相手はバケモノだし、体液とかに毒性あったらマズいじゃん? よくわからないモノにはなるべく直接触らない方がいいでしょ」
「ど、毒かー……言われてみれば確かに、って感じ?」
「……それは盲点だった」


 余裕そうな顔して戻ってきた二人を労いながら、ちょっとした心配事を伝えてみる。……こんなよくわからない場所でよくわからないモノが相手なんだ。警戒しすぎるくらいが丁度いいだろうと思ったのだが、どうやら彼らは考えてもみなかったらしい。表情を引き攣らせた彼らに慌ててフォローを入れる。


「や、でも、二人とも手馴れてたし、今までにもそうやってバケモノを蹴散らしてきたんでしょ? 遅効性の毒でもない限り何かしら症状が出ててもおかしくないだろうから、今大丈夫ってことは大丈夫なんじゃない?」
「そ、そーだよね! うんうん!」
「だよな!!」
「……早めに武器になりそうなもの探さなきゃね」
「……そうだな」


 あからさまに安堵したのは原くんと山崎くん。密やかに胸を撫で下ろしたのが古橋くんで、花宮くんと瀬戸くんは早急な武器の調達について話している。うわごめん、わたしの余計な一言で脅かしちゃったみたいだ。内省。


「狛枝さん」
「っはい?」
「可能性の指摘、ありがとうございます」


 ……なんて言うわけねぇだろバァカ、とは、続かなかった。

 花宮くんに敬称をつけられたこととか、素直にお礼を言われたこととか、正直かなり衝撃的である。驚きのあまりポカンと呆けてしまったわたしに、花宮くんはいつものように笑った。


「間抜け面だな」



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