第一節 終わりゆく世界で


 ──それは、まだ肌寒い春の日の黄昏時のこと。

 用事を終えて帰路に着いたわたしは自分の身体にドンッという鈍い衝撃を感じ、間髪置かずに焼け付くような鋭い激痛が駆け抜けた。何が起こったのか理解できない中、混乱しながら視線を落とすと、腹部から異物が……ナイフや包丁といった刃物の柄らしいものが生えている。

 気付けば目の前には見知らぬ少女が佇んでいた。少女は刃物の柄に手をかけると、わたしの身体に埋まった刀身を力任せに引き抜く。抉るような動きをした刀身に新たな痛みが走り、わたしは短い悲鳴を上げてその場に崩れ落ちた。痛い。痛い。痛い。堪えるように歯を食いしばれば、脂汗が全身から吹き出した。

 少女は何やら恍惚とした声色で呟いているが、呟きの内容を聞き取り嚥下する余裕はない。傷口をおさえて喘ぐような浅い呼吸を繰り返し、痛みと恐怖に震える身体に鞭打って立ち上がる。まだ、まだ大丈夫。早く逃げないと。助けを求めないと。少女に背を向け、希望を求めて前進する。閑静な住宅街と言えど、今はまだ仕事や部活終わりの人たちがそこかしこに居る時間帯だ。お願い、誰か。


「ちょっと、逃げないでよ」
「──! ……、かはッ」
「アンタには死んで貰わなくちゃ困るんだから」


 背中からの痛みと、体重をかけて刺されたような大きな衝撃でわたしは呆気なく倒れ込んだ。せり上がってくる感覚に咳き込めばボタボタと血が溢れ、地面を赤く濡らしていく。口いっぱいに広がる血の味に顔を顰め、なお足掻こうと這うようにして前進する。背後の少女は「ウザイなぁ」と吐き捨てて、


「早く死んでよ。私の為にさ」


 再び、三度。
 わたしに刃物を突き立てた。


「嬉しいでしょ? 私の役に立てるんだから、黙ってとっとと死ねよ」
「……っざ、けんな」
「は? ……ウザ」


 嬉しいわけねぇだろバカ、意味わかんないこと言ってんじゃねーよこのキチガイ女。喉まで出かけたそれらの言葉は続けられなかった。容赦なく傷口を抉られ、何度も何度も刺されて、終わらない責め苦にわたしの悲鳴はどんどん小さくなっていく。

 痛い。痛い。苦しい。このままでは遅かれ早かれ本当に死んでしまう。お願い、誰か助けて。死にたくない。どれほど切実に祈っても願っても助けは来なかった。既に全身の感覚が喪われ、指先すら動かない。ブラックアウトした世界を前に、いずれ思考も完全停止するだろう。

 すべてが虚ろに変わりゆく中、狂った少女の哄笑が何時までも鳴り響いていた。



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