第二節 北風と太陽(1)


 ──とまあ、なんとも衝撃的な始まり方をしたセカンドライフだけれど、おおむね平和に暮らしているのが実情だったりする。母娘の仲はそれなりだし、あの異界で出会った子たちと遭遇することもない。とはいえ母親の方に澤部メイの記憶はないようだし、後者に至っては人であふれる東京という土地柄、当然っちゃ当然の帰結である。

 むしろ、そうでなければここまで生きてられないよなって? だってほら、殺し殺されの関係が母娘になったわけですし? あっちにも記憶があろうものなら殺し合いの再演待ったなしだったんじゃないかなー、なんて。我ながらずいぶん軽く言っているものだけど、わりと本気でそう思う。本気と書いてマジと読む。

 そんなわけで、いわゆる物心のつく年齢で覚醒してからはや十数年。今やわたしは中学生となった。東京都内のごく普通の中学校に通う三年生。……そう、受験生である。

 東京×受験生=霧崎第一への進学にワンチャン、という方程式ができあがりそうだけど、残念ながらそんなワンチャンはないですね。前世補正があるとはいえ、定期考査の順位はどうにか上の中、全国模試の偏差値は中の上に足をかけるかどうかというところ。要するに普通。進学校に入学するには頭も勉強への意欲も足りない。

 まあ、ね? 理解度的にいくらかアドバンテージがあるものの、そこまで勉強が好きってわけでもないので、これが妥当なとこでしょう。でもそう考えると、一哉くんとか弘くんはよく進学校の霧崎に入れたよなぁって思う。だってあの二人、あんまり勉強好きそうじゃないし。ああ見えて二人ともめちゃくちゃ頭が良いのかな……それともお坊ちゃん校って言われるくらいだし、お金を積めば誰でも入れる学校だった……? うーん、どうせならそういう話もしておけば良かったかも。

 ちなみに、今生の父親からは公立でも私立でも好きなとこ行っていいよと言われている。単身赴任で家に居つけない人なので、仕事とかお金の話はあまりしたことないけど、結構稼ぎがいい人なんやろなと予想。そうじゃなくちゃ、あんな太っ腹なことも言えないだろうしね。母親の人選はかなりアレというか、むしろ作為的なものを感じざるを得ないくらいだけど、父親ガチャにはなんとか成功したわけだ。ヤッタネ!

 わたしの半生について、説明すべき点はこんなものだろうか? 原作に登場する人たちともちょっとだけ知り合っているけど、そちらの説明はまたおいおい。それこそ、彼ら彼女らと顔を合わせたタイミングでするのがちょうどいいと思う。あれこれ詰め込みすぎて、情報過多になるのも良くないからね!

 ……なーんて言いつつ、実は一人、早速紹介できちゃう人がいたりする。言ってることが二転三転しすぎだって? ははは、そんなの今更でしょうに。どうせ今紹介しておかないと、次に紹介できるのがいつになるかもわからない。できることはサクサク進めておくが吉なのである。


「お、いたいた。ヨウもカヤも久しぶりだねぃ」
「ハル先輩、遅いっすよ」
「こっちはもう準備できてますよー」


 都内某所のカラオケにて。マブダチのヨウくんと駄弁っていたところへ、ハル先輩が遅ればせながら合流する。

 察しのいい人なら、今の会話でわかるのかな? ヨウくんは違うけれど、ずばりハル先輩こそ『早速紹介できちゃう人』──正邦高校の春日隆平その人である。数ヶ月前に入学したばかりのピカピカの一年生で、所属はもちろん男子バスケ部。今日は部活の休日練習がお休み&定期テスト明けとのことで、顔馴染みの後輩二人を遊びに誘った先輩の鑑だ。

 ……ええはい、つまりはそういうことです。なんとびっくり、ハル先輩とわたしは同じ中学の先輩後輩という関係だったのでした。おっどろきー!

 ついでに言うなら、わたしはガッツリ花ちゃんたち霧崎ボーイズと同い年に転生していたらしい。いやなんで? と、気付いた瞬間はひどく戸惑ったものだけど、よくよく考えれば母娘関係からして仕組まれた感がハンパないので、このあたりもエロドさんが何かやらかしたんだろうなと思っている。今度会ったらおぼえとけよ?

 いやまあ、同い年になってたからって、あの子たちに会いに行くつもりはないんだけどさ。彼らが『狛枝透』と出会うまであと数年あるし、数年後に出会ったとしても、『狛枝透』と出会ったことを彼らはおぼえていない。なら、わたしが彼らに会いに行っても、意味がないどころか不審者扱いされるのが関の山だ。できることといえば、せいぜい霧崎第一の試合を遠巻きに観戦するくらい。でも、これができるだけでも御の字じゃない? なんて、個人的には思うわけです。だってわたし、本当ならあの廃校と心中するはずだったし。

 それに──もし仮に、万が一おぼえていたとしても、やっぱり会いに行くのは無理だよなと思う。こうして生まれ変わった以上、顔も名前も『狛枝透』とは違う。話し方や所作、癖なんかはそのまま残っているかもしれないけど、あくまでそれだけ。『狛枝透』の名残があるだけで、今のわたしと『狛枝透』は、決してイコールで繋がらない人間だ。

 会いたいか会いたくないかと言われれば、そりゃあ会いたいに決まっている。わたしは今でも彼らのことが大切で、大好きだから。会えるものなら会いたいし、話したいし、一緒にいたいと思う。でも、わたしが『狛枝透』ではない以上、彼らには会えない──ううん、『会うべきじゃない』。上手く理由が説明できなくてもどかしいけれど、強くそう思うのだ。それこそ、本能が警鐘を鳴らしてくるくらいに。……本当、なんでなんだろうね? 矛盾する感情がどうにも気持ち悪くて仕方ない。


「キャラシと、ペンと、メモ用紙と……ダイスはスマホのアプリがあるからオッケーだな」
「コンビニでお菓子買ってきたから、ドリンクバーだけ注文しとくよ」
「わーい! ハル先輩ってば太っ腹ー!」


 ……なんだかジメッとした話になってしまったけど、折角久しぶりに三人で遊ぶわけだし、そろそろ思考を切り替えよう。ちなみに、これから何をするかと言えば、わたしがKP(キーパー)、ハル先輩とヨウくんがPL(プレイヤー)のCoC(クトゥルフ神話TRPG)だ。先輩がまだ中学生だった頃から、たまーに三人で集まっては遊んでいる。

 普段はもっぱらパソコンでMMORPGが多いけど、CoCはコンピューターゲームとはまた違った味があってかなり面白い……というか、わたしたち三人が定期的にやりたくなるあたり、ぶっちゃけ中毒性があるとすら思ってる。ネットの海には有志の作ったシナリオがごろごろ転がっているから、すぐにやり尽くしちゃうってこともなく、時間が許す限り存分に遊び続けられるのも高ポイントだ。

 そうそう──ずいぶん説明が遅くなってしまったけど、ハル、ヨウ、カヤっていうのは、MMORPGでそれぞれが使ってる名前だったりする。ゲームのチャットで呼び合ううちに癖がついて、今やすっかりあだ名として定着してしまった。中々親しげで良いよね?

 わたしはこのあだ名を結構気に入ってるし、先輩もヨウくんもきっと同じ気持ちなんだろうなーと薄々感づいてる。そもそも、三人とも同じ気持ちじゃなきゃ、あだ名で呼びあったりなんてしないよねっていう。ふふん、羨ましかろ? なんて、調子に乗るなって話ですねサーセン。


「鬼畜KP、今日こそお手柔らかにー」
「えへ」
「いや、マジで頼むぞ? カヤのKPでオレと先輩のキャラが何人ロスト(死亡)したと思ってんだよ……?」


 今回必須の技能を取ったキャラクターをPL二人に作成してもらったところで、ハル先輩から手加減をと言われた。白々しく笑って返すと、今度はヨウくんから切実なお願いが。今度は何も言わず、にこにこ笑っているだけに留めた。わたしの笑顔に不穏な気配を感じたのか、ハル先輩もヨウくんも、引きつった表情でこちらを見つめている。

 ふっふっふ、そこまで期待されちゃあ応えるっきゃねぇな! なんつって。大丈夫大丈夫、二人が技能判定でファンブル(大失敗)を出さなければ問題ない話だからね! それにほら、クリティカル(大成功)の時にはちゃんと釣り合いが取れるように調整してるわけだし? わたしのキーパリングが問題なのではなく、ハル先輩とヨウくんのダイス運が問題なんだよ! ……え、しらばっくれるなって? そんなー。

 さて、と。それじゃあダイスの女神様、今日もよろしくお願いしまーす!







「……死ぬかと思った……」
「なーに言ってんのさ、ギリギリのところクリティカルで回避したくせにー」
「ヨウはそれまでに女神様に弄ばれまくってたもんねぇ」


 なんとか無事に生還してエンディングを迎えた二人にお疲れさま、と声をかける。キャラシートの作成を含めて数時間ほど費やしたため、先輩が買ってきてくれたお菓子はすっからかん。時間もちょうどいい頃合いなので、片付けをしたら解散することに。

 今日のシナリオはどうだった、あの時ああすればよかった、等々の感想を言い合いながら、テーブルの上を綺麗にする。もう少し早めに終わればカラオケ大会に移行することもあるけど、それはまた次の機会にって感じかなぁ。


「よーし、帰ろー」
「今日はカヤの父親、帰ってくる日なんだっけか?」
「そうそう。久しぶりに連休取れるらしくて」
「カヤのお父さんって今はどこにいるんだっけ?」
「えーっと……九州?」
「何故に疑問形」
「そりゃ、転勤が多い人だもん。いちいちおぼえてらんないよー」
「確かに」
「美味しいお土産あればおすそ分けするから、ヨウくんはほどほどに期待してて」
「マジ? やったぜ」
「あーあ、オレもカヤたちと同い年だったら良かったのになー。そしたら仲間外れにされないのに」
「えー。先輩が同い年だと頼れないんで嫌です」
「えっ」
「先輩が同い年だったらたぶん一緒に遊んでなかったっすけどね」
「えっ」


 カラオケを出てゆるく駄弁っていると、ハル先輩が拗ねた様子を見せる。この三人組で一人だけ年が違うことを気にしているのは前々から知ってたけど、この春に高校生になったことで、ちょっぴりナイーブな気持ちに陥っているらしい。でも、ハル先輩は先輩だからわたしたちも頼りやすいし、何よりハル先輩が先輩じゃなかったら出会ってなかったんじゃない? みたいなことをヨウくんと告げれば、どよんとしていた目が大きく見開かれて。


「……ヨウとカヤがデレた……!」


 噛み締めるように天を仰いだ。えええ……?


「はあ……?」
「ヨウくんや、ハル先輩は慣れない新生活に疲れてるんだよ。労わっておやり」
「え、やだけど? そういうのはカヤの役目だろ」


 なんじゃそりゃ。と、ハル先輩を押しつける気満々のヨウくんにジト目を向ける。ふーん? 君がそういうことを言うならこっちにも考えがあるぞ。


「ハル先輩ハル先輩」
「なーに? オレとしては、慰めてくれるのはカヤでもヨウでもどっちでもいいよ?」
「わたしが普通に慰めてもいいんですけどね、本当はヨウくんがハル先輩をどう思ってるのかとか知りたくないです?」
「は」
「ヨウくんがどれだけハル先輩のことを慕ってるのかとか、ハル先輩が大好きなのかとか、わたしとっても教えてあげたいなぁ!」
「え! 何それ知りたい」
「いやいやいや!? 言わせねぇよ!?」


 素直じゃないヨウくんに代わって、わたしが気持ちを代弁してやろうっと。要らぬ老婆心、もとい四割嫌がらせのお節介を焼こうとしたところ、ヨウくんは大慌てでわたしの口を塞ぐ。えー、ハル先輩めっちゃ聞きたそうにしてるし良くない? そんな気持ちを込めてヨウくんを見れば、絶対言わせねぇ! と、より頑なな意思を固めてしまった。残念。


「──嘉夜」


 やいのやいのとじゃれるわたしたちに、割って入る声がひとつ。馴染みのある声に振り向けば、そこにはもちろん幼馴染の姿があった。


「カヤのお迎えが来たみたいだねぇ」
「またな」
「うん、またねー。九時までにはログインできるはずだから」
「じゃあ、ヨウの本音はその時に聞こうかな」
「えっそれまだ続くのかよ!?」
「当たり前でしょ」


 賑やかしいマブダチと先輩にばいばい、と手を振り、良い子でわたしを待ってくれている幼馴染の元へ。当たり前のように差し出された手を取り、ぎゅっと握って笑いかける。


「お待たせ、祥吾くん」



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