私には大好きな人がいる。

「おはよう、すずちゃん」
「っ、おはよう」

 部屋を出ると、たまたま隣の部屋から出て来た人。綺麗で色っぽくて優しい……私の、お兄ちゃん。子どもの頃からずっとお兄ちゃんだけが好きだった。でもお兄ちゃんはとてもモテる。家に女の人を連れて来たことはないけれど、よく女物の香水の匂いがするから。彼女、いるんだろうな。絶対に会いたくない。もしお兄ちゃんの彼女に会ったら、私多分嫉妬と切なさでおかしくなってしまう。
 同じ家に住んでいるのに遠い。私は先に階段を降りて行くお兄ちゃんの背中を、切ない気持ちで見送った。
 ある日、学校から帰ると家の前に女の人が立っていた。よくあることだ。お兄ちゃんを好きな女の人がお兄ちゃんに会いたくて家まで来ることは珍しくないから。でも今日は様子が違うみたいだ。

「あ、あなた翔くんの妹よね?」
「え、あ、はい……」
「私彼女なの。よろしくね」

 頭を重いもので殴られたような衝撃に、膝から崩れ落ちそうだった。とても綺麗な人だ。綺麗なお兄ちゃんの隣に立つのに相応しい、とても綺麗な人。……それに、妹じゃない。この人は、お兄ちゃんを想ってきた私の十数年を簡単に飛び越えてしまう。

「……あなた」
「すずちゃん……」

 彼女さんが何か言いかけた時、後ろで家のドアが開いた。そして、お兄ちゃんが私の名前を呼ぶ。平気だって嘘をつく余裕もない。私は彼女さんに頭を下げてお兄ちゃんの横をすり抜けて家に入った。
 自分の部屋で放心状態になる。どれくらい固まっていたのだろう。部屋のドアが開く音がした。

「あなた、翔くんのことが好きなのね」

 その言葉に弾かれたように顔を上げる。ドアの前に立っている彼女はニヤニヤと笑っていた。妹のくせに、口には出さなくても思っていることは分かる。早く出て行ってほしい。お兄ちゃんはどこに行ったんだろう。でも、家の中にいると言うことは、この人がお兄ちゃんの特別な人だということ。だって今までお兄ちゃんが家の中に女の人を入れたことなんてなかったから。

「でも残念ね。妹だから、翔くんに抱いてもらえない」
「……」
「こんな風に、情熱的に求められるのは私だけ」

 彼女さんが服を少し捲った時、見えたのは赤い痕だった。耐えきれなくて立ち上がる。そして走って部屋を出た。

「すずちゃん?!」

 部屋の前でお兄ちゃんとすれ違う。でも私は何も言わずに横を通り抜けようとしたのに。手を掴まれて、もう片方の手が伸びてきた。頬に触れる手は優しくて、温かくて。
 ……もう、やめる。私がお兄ちゃんを好きじゃなければ、こんなに苦しくないから。

「どうして泣いてるの?」
「……何でもないよ」

 お兄ちゃんの手を振り解いて走り出した。
 それから私はお兄ちゃんのことを考えないように必死で気持ちを閉じ込めた。お兄ちゃんは相変わらず優しい。まだ好きで好きで泣いてしまうことはあるけれど、もうやめるって決めたから。

「お母さん、今日晩ご飯いらない」
「どうして?」
「友達とご飯食べに行くから」
「あまり遅くならないようにね」
「うん」
「迎えに行こうか?」

 お母さんと私の会話を聞いていたお兄ちゃんがそう聞いてくる。でも首を横に振った。

「お兄ちゃんに迎えに行ってもらったら?最近は暗くなるのも早いし」
「ううん、本当に平気。行ってきます」

 玄関で靴を履いていると、リビングからお兄ちゃんが出て来た。目を逸らしてドアに手を掛けた時。後ろから伸びてきた手がその手に重なった。心臓が壊れそうなくらい速く動く。息が苦しい。

「……男?」

 低い声が耳元で響く。体がすぐに熱くなるのが苦しくて、切なくて、悔しくて。

「……お兄ちゃんには関係ない」

 それだけ言って、私はまたお兄ちゃんの手を振り解いた。

***

「すず」

 纏わりついてくる手が気持ち悪い。でも私は嬉しいと思っているような態度を取った。
 この人はあの日、お兄ちゃんの彼女さんと遭遇した日にナンパしてきた人だ。家を飛び出して、一人でトボトボ歩いていたらナンパしてきて。私はその日、処女を捨てた。付き合っているわけじゃないと思う。きっと遊ばれているだけ。でもそれでいい。私もお兄ちゃんを一瞬でも忘れさせてくれたらいいから。

「今度すずの家行っていい?」

 お父さんもお母さんも夜まで家にいないし、お兄ちゃんも大学やバイトで忙しい。みんないない時ならいいよね。

「うん、いいよ」
「じゃあ今日送って行って道覚える」

 今日、来るんだ。一瞬悩んだけれど、外で別れたら誰にも見られないか。そう思って頷いた。



「すず」

 家の前で抱き締められた。そしてキスされる。嫌だって気付かれちゃダメ。
 その瞬間、何故かお兄ちゃんの顔が頭に浮かんで。目の前にいる人が、今私にキスしている人が、お兄ちゃんなんじゃないかって。

「ん……っ」

 それだけでキスが気持ちよくて、しがみついてしまう。ぬるりと舌が入ってきて口内を犯す。私ははしたなく息を荒くして必死でキスに応えた。
 お兄ちゃん……

「可愛い」

 お兄ちゃんの大きな手が私の髪を撫でる。嬉しくて、私は自分からお兄ちゃんに抱き付いた。

「また家来るな」

 唇を離して、彼が囁く。その言葉で我に返った私は慌てて彼から距離を取る。でも彼は気にする様子もなく背を向けて去って行った。
 ……何してるんだろ、私。呆然と立ち尽くしていた私は、二階からお兄ちゃんがその様子を見ていたことに気付かなった。
 その数日後、本当に彼は私の家に来た。家には誰もいない。明るい部屋で、私は服を乱され彼を受け入れていた。

「ん……っ」

 痛い。気持ちよくない。でも感じているフリをしないと。ギシギシとベッドが軋む。必死で耐えているうちに、彼がゴム越しにイッたのが分かった。
 ろくに後始末もしないまま、彼はベッドに突っ伏して寝てしまう。私は喉が渇いて仕方なくて、一人服を着て部屋を出た。
 リビングに入って、ソファーの背から明るい金髪が見えたから一瞬心臓が止まった気がした。いつ帰ってきたんだろう。まさか聞かれてないよね……?お兄ちゃんが振り返る。一瞬冷たい目で見られた気がしたけれど、次の瞬間にはいつもの優しい微笑みを見せてくれたから安心した。

「ただいま」
「あ……おかえりなさい」
「誰か来てるの?」
「えっ」
「玄関に靴あったから」
「……うん」

 これ以上話したくなくて、キッチンに入る。冷蔵庫を開けて水を出すと、お兄ちゃんが後ろからキッチンに入ってくる気配がした。

「早かったんだね」
「うん」
「バイトだと思ってた」
「……すずちゃん」

 振り向いた瞬間、優しく、でも強引に。冷蔵庫に背中を押し付けられた。

「な、なに?」

 至近距離で私を見下すお兄ちゃんは、見たことのない顔をしていた。いつも優しい微笑みを崩さないお兄ちゃんが、今、私を冷たい顔で見下している。何を考えているか分からない、透き通るような瞳には怯える私が映っていた。お兄ちゃんの手が私の手から水の入ったコップを奪う。そして、長い指がすっと首筋を撫でた。

「……っ」
「彼氏、寝てるの?」

 彼氏じゃない。でも、そう言う余裕もなかった。お兄ちゃんの手が私のブラウスのボタンを一つ一つ外していくのを、私は何もできずにただ見ていた。

「すずちゃんは俺のことが嫌い?」
「え……?」
「彼氏のこと、好き?」

 お兄ちゃんは私の答えを待っている様子はなかった。ただ口から零れる言葉をそのまま声に乗せているだけ。私が何と答えようとどうでもいいのだ、きっと。

「彼氏とするの気持ちいい?」
「お兄ちゃん……?」
「そうだよ、俺はお兄ちゃん。すずちゃんのお兄ちゃん」
「え……?」
「でもね、その前に男だよ」

 ギラッとお兄ちゃんの目が光ったのが分かった。ハッとした瞬間には唇が重なって。噛み付くようなキスに驚いて身を捩る。でもお兄ちゃんは私の手を冷蔵庫に押しつけて離さない。どうして?目の端から涙が零れる。口内を蹂躙するお兄ちゃんの舌に、私の体は勝手に熱くなっていった。

「お兄ちゃん、やめて……っ」

 ようやく唇が離れた時、私はそうやって懇願したのだけれどお兄ちゃんは止まらなかった。それどころか私の手を拘束する力が強くなって。痛みに顔を歪めれば、お兄ちゃんはふっと笑った。

「ごめんね。すぐに気持ちよくしてあげるから」

 頭の中が真っ白になった。お兄ちゃんがこれから何をしようとしているのか、そして、私がどれだけ抵抗してもやめるつもりがないのが分かったから。
 お兄ちゃんは服を脱ぎ捨てると、それを床に敷いて私をそこに寝かせた。起き上がろうとした私の肩を床に押し付け、両手を束ねて肩で押さえ付けてしまう。既に露わにされてしまっているブラの縁を、ゆっくりと熱い舌が這う。涙がポロポロと零れるのに、体はしっかり反応して。スカートを脱がされ下着だけになった時、お兄ちゃんが囁いた。

「濡れてる。すずちゃん、濡れやすいんだね」

 ……本当に?驚いて目を瞬かせる。今までセックスしても濡れたことはなかった。だから痛くてたまらなかったのに。私、濡れてるの……?
 私の反応を誤解したらしい、お兄ちゃんは耳元で囁いた。

「大丈夫だよ。お兄ちゃんに触られても濡れるエッチなすずちゃんも可愛いから」

 違うのに。私が濡れているのはきっと、お兄ちゃんだから……
 両手を拘束したまま、お兄ちゃんは私の全てを見てしまう。胸も、下半身も、全部全部。お兄ちゃんは私の体を見て微笑んだ。

「可愛いよ」

 他の女の人にも、そうやって笑うの?甘い言葉を囁くの?どうして私にこんなことをするの?特別な人がいるんじゃないの?ポロポロと零れる涙は止まる気配がない。お兄ちゃんはそれを見て綺麗な顔を歪めた。

「ごめん、止めてあげられない」

 お兄ちゃんのことが、大好き。

「あっ、ああっ」


 胸を舌で愛撫されながら、中心にお兄ちゃんの長い指が埋め込まれる。すごく気持ちよくてふわふわする。そんな感覚初めてで、甘い声を抑えることができない。

「すずちゃん、可愛い」
「お、にいちゃ……っ」

 今、お兄ちゃんは私のことだけを見ている。それが嬉しい。忘れるなんて、無理だった。どんなに忘れようとしても、私は切なくなるほどお兄ちゃんだけが好き。お兄ちゃんの指だと思うだけできゅうっと締め付けてしまう。
 切なさが滲んだ甘い瞳で私を見つめて、お兄ちゃんは胸を舐め上げる。ビクビクと震える体。こんなに感じたのは初めてで、私は怖くなってお兄ちゃんにしがみついた。

「イキそう?」

 お兄ちゃんの言葉に必死で頷く。親指で気持ちいい突起を擦られればすぐだった。

「んっ、んんんんんっ」

 初めての絶頂。私は体を痙攣させてお兄ちゃんを見つめた。

「すずちゃん、そのまま俺のこと見てて?」

 お兄ちゃんはそう言って、ジーンズをずらして取り出した自身を中心に擦りつける。ビクビクと痙攣する私の脚を掴んで、そして。

「ああああっ」
「っ、く……」

 一気にそれを挿入した。背を仰け反らせた私の腰を抱いて、お兄ちゃんは何度も腰を打ち付ける。圧迫感と快感が同時に押し寄せて、声を抑えることなんてできなかった。
 今、お兄ちゃんが私を抱いてる。どうして?疑問はあるのに。こうやって私に触れてくれるのがたまらなく嬉しくて。お兄ちゃんの首に抱き付いた。そしてキスを強請る。ずっと、こうしていられたらいいのに。お兄ちゃん、大好き。
 深いキスに、どちらのものかもわからない唾液が首を伝う。このまま一つになりたい。お願い、お兄ちゃん。

「……私を、離さないで」

 お兄ちゃんが目を見開いて動きを止めた。

「すずちゃん、自分が何言ってるか分かってる?」

 ふっと笑って、お兄ちゃんは私の首筋や胸にキスを落とした。ぐっ、ぐっと奥まで突かれて甘い声が勝手に洩れる。

「っ、わかってる、よ」
「俺、お兄ちゃんだよ?」
「……知ってる」

 知ってて、私はお兄ちゃんを好きになった。お兄ちゃんに特別な人がいても、私はどうしてもお兄ちゃんのことが好きだから。

「……すずちゃん、気持ちいい」

 はぁ、と甘い息を吐いて、お兄ちゃんは色っぽい顔で私を見つめる。その瞳の中には、蕩けた顔でお兄ちゃんを求める私が映っていた。頭がおかしくなりそうな甘い熱に侵されながら、私はお兄ちゃんにしがみついた。

「……ねぇ、すずちゃん」
「っ、ん、」
「これから俺以外に抱かれちゃダメだからね」

 そう言ったお兄ちゃんはどこか嬉しそうで、いつも感情を表に出さないお兄ちゃんがそんな顔を見せてくれたことに私は驚いて、でも嬉しかった。

「イっていい?」

 ガクガクと揺さぶられながら、何度もキスを交わす。抱き合って、お兄ちゃんの体の重みを感じながら。私は一番奥に吐き出される感覚を知って、そのまま果てた。

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