優しさと涙


「俺、智花ちゃんが一番タイプだなー」
「は、ははは、ありがとうございます……?」
「だから敬語やめろってー。お前照れ屋だなー」
「で……、だ、だねー」

 合コンで嫌な男に絡まれてしまった。一番面倒くさいタイプだ。髪型は全部横に流しているのだけれど髪が長いせいかワックスをギッチョギチョにつけているし、そもそも横に流すのに適した長さじゃない。腹立つわー、その髪型ほんと見てるだけで腹立つわ。
 と、言えない苛立ちを心の中でひたすら呟く。そうすると初対面の男に『お前』なんて言われてムカついた気持ちも少しだけ落ち着く。

「智花ちゃん、ほんとに彼氏いないの?智花ちゃんみたいな可愛い子いたら男は絶対放っとかないと思うけどなー」
「い、いないで、いないよー、ハハハ……」
「いるでしょ」

 適当に誤魔化して笑ったら、違う方向から声が飛んできた。シンと静まり返る。慌てて声のした方を見たらあの彼だった。コクン、とお酒を飲む彼を皆が見つめる。グラスを置いて私を見た彼に私の喉がひゅっと音を立てた。

「え、智花ちゃん、彼氏いるの?」

 周りの席から聞こえる音しかない中、口を開いたのはヨーコさんだった。彼と見つめ合ったまま固まっていた私はハッと我に返る。

「い、いないですよ」
「ていうか、なんで成島くんが知ってるの?」
「今朝見たから。マンションから男と出てくるの」

 シンとしていた空気が次はざわっと揺れる。耐えきれなくて嘘をついた。

「ひ、人違いです!あはは」

 誤魔化しきれないほど空気がざわついて苦しかった。

***

「行こ?ね?何もしないからさー」

 ギッチギチに手首を掴まれてその言葉は全然説得力がない。合コンが終わり帰ろうとするとさっきの前髪キモ男に捕まった。もう勘弁してほしい。色々疲れたし帰りたい。

「いや、ほんとに、もう疲れたし帰りたい」
「だから休憩しようって。マッサージもしてあげるよ」

 指をくねくねさせるのもキモい!無理!

「送ります」

 突然横から聞こえたのはあの男の子の声だった。えっと確か……、成島くん。

「はぁ?こっちが狙ったもんを何横取りしようとしてんだよ!」

 なんか本音がダダ漏れですけど。成島くんがぎゅっとキモ男の手首を掴んだ。「ひぎゃっ!」と変な声を出してキモ男が手を離す。その隙にキモ男と私の間に成島くんが壁のように立ち塞がった。私は成島くんの背中しか見えなかったので何があったのかよく見えなかったけれど、「くそっ、覚えてろよ!」なんてドラマでよく聞く定番の負け犬の台詞を吐いてキモ男は行ってしまったようだった。

「あ、ありがとう。じゃあ」
「送ります」
「えっ、いいよ、平気」
「あの人しつこいから」

 遠慮というよりどちらかと言うと拒絶だったのだけれど、成島くんはそんなことは気にせず駅のほうに歩き始めた。もしかしたら成島くんも電車で帰るのかもしれない、たまたま同じ方向なのかもしれない、そう思っているうちに並んでホームに立っていた。終始無言で。
 もう、ほんっとうに気まずい。無言が辛くて話しかけようにも話題がないし、「今日すっごいビンタされてたねーキャハハっ」なんて馬鹿なフリしてデリカシーのないこと言おうかと一瞬思ったけれどどうせ絶対零度の視線だけしか返ってこない。こんななら一人で帰ったほうが良かった。だからいいって言ったのに。
 なんて思っていたら反対側のホームに電車が滑り込んできた。そしてあっという間に行ってしまう。そのホームに壮太の姿が見えて息を呑んだ。

「もう電車来るみたいです……どうしたんですか?」

 壮太には好きな人がいる。高校の時からずっと。でもその彼女は壮太の親友と付き合っていて、叶わない。私も高校の同級生だから知っている。二人はきっと結婚する。私は壮太の片想いに付け込んで、今もそばにいる。私も壮太も、ずっとずっと叶わない。
 なのに今壮太とその親友の彼女が一緒にいる。仲良く手を繋いで。別れたの?とうとう壮太の想いが叶ったの?でも今朝も一緒に過ごして……
 そこで気付く。そうだ、はじめからそうじゃん。壮太の想いが叶うか、私の壮太への想いがバレるか。どちらかで私たちの関係は簡単に終わる。はじめからそんな不安定な関係だったのに。
 いつのまにか私は恋人気分でいたみたい。優しい壮太に甘えて、一緒にいられることが幸せで、いつか来る"終わり"に気付かないフリをしていた。

「あの、」
「何でもない。大丈夫。もうここで。もう一人で帰れるから」
「……」

 こっち側のホームに電車が滑り込んでくる。安心する。見えなくなる。
 成島くんを見る余裕もなく電車に乗る。電車に乗ったらまた見えてしまう。急いで逸らそうとした時、壮太がこっちを見た。何か言いかけた時、また目の前に壁ができた。

「送ります」
「えっ」
「送ります」

 成島くんを見上げたらポロリと涙が溢れた。

「ごめん、電車眩しくて、ビックリして」

 成島くんは何も言わなかった。私は俯いて、静かに走り出す電車に揺られた。

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