吸い込まれる


 壮太の存在を知ったのは高校1年生の秋だった。隣のクラスの笑顔の中心にいたから。話したこともない、名前も知らない。なのに、何故か目が離せなくて。2年で同じクラスになって初めて会話を交わした時にはもう、私は恋に落ちていたのだと思う。

 就職して7年、接客だけでなく経理や事務作業も任せてもらえる立場になった。接客ももちろん好きだしとても難しい仕事ではあるけれど、経理もとても責任のある仕事だ。マスターに信頼してもらえているみたいで嬉しい。
 PCと向き合っていたら事務所の前の廊下からギャーギャーと騒がしい声が聞こえた。声の主はすぐに分かる。従業員しか来れない事務所へ繋がる廊下を通り、しかもよく喋るのは。

「智花ちゃん、何ちんたら仕事してるのよ!」
「ちんたらって」

 バーンとすごい勢いで事務所のドアを開けて開口一番そんなことを言ったヨーコさんに苦笑いする。シフトでは終業時間は17時半だし、今の時間は17時を少し回ったところ。そもそも終業時間を迎えていない。

「智花さんはヨーコさんと違って仕事できるからちんたらなんてしてないですよ」
「あらまあ相変わらず減らないお口ね。モテないわよ、公子」
「名前で呼ばないでください!」

 般若のような怖い顔をしてヨーコさんに詰め寄ったキミちゃんは、名前を古風だからと気にしているらしく本名で呼ばれるととても怒る。それを全く気にしていないヨーコさんはいそいそと鏡を取り出してお顔のチェックをしている。

「何かあるんですか?」

 そう聞いてから後悔した。ヨーコさんがこんなに気合を入れている時なんて、イケメンの取引先さんが来るか合コンかだけだ。
 私の質問に、ヨーコさんはキランと目を輝かせた。本当に、漫画みたいな煌めき方だった。

「大学生と合コンよぉおお!!」

 声が大きい。店の方にまで聞こえたのではないかと思うほど大きな声で叫んだヨーコさんはふんっと鼻息を吐いた。隣でキミちゃんはクールに

「年の差考えろよ」

 と、言っていた。私は頭の中で必死に断る口実を考える。まず最初に頭に浮かぶのは壮太なのだけれど、今日は会う約束はない。それに断る口実が男だなんて殺人事件の動機になりうる。この二人にとっては。そう思うと、断る口実なんて全く何もないことに気付く。仕事だなんて言ったって無意味だ。

「もちろん行くわよねー、智花ちゃん」

 ニコッと微笑んだ二人が恐ろしすぎて泣きそうになった。

***

「何ですかそのスカした態度。合コンなんて行かなくても私はすぐ彼氏できますよいやむしろ彼氏なんていらないですよ彼氏なんていたって面倒なだけだから〜なんて、思ってるわけじゃないですよね?」
「め、滅相もございません……」

 スカした態度を取っていた気はないのだけれど、私が全く乗り気じゃないのが伝わっていたのだろう。キミちゃんがものすごい早口で捲し立ててきた。だから美少女のドスの効いた声は怖いってば。
 それにしてもキミちゃんは綺麗だし性格もいいし(ちょっとお口は悪いけれど)彼氏なんてすぐに出来そうなのに。と、前に言ったら「私の理想は彼なんです」とテレビに映る超有名俳優を指差していた。確かにその辺の男じゃキミちゃんの理想には程遠い。
 ああ、合コンか。二人が繁華街に向けて足を進める度に憂鬱になっていく。ヨーコさんに連れられて合コンには何度か行ったことがあるけれど、どうしても空気に馴染めなかった。そもそも私は極度の人見知りなのだ。
 壮太に会いたいな……。空を見上げてそんなセンチメンタルなことを思う。壮太は今頃何をしているだろう。仕事を終えて帰る頃だろうか。ご飯ちゃんと食べてるかな。私が行った時はしっかり作るくせに、普段はカップラーメンとかしか食べないから。私も料理、壮太くらいできるようになろう。なんて、彼女でもないのに。自分で自分を落ち込ませてどうするんだ。

「智花ちゃーん、何ドブに落ちたみたいな顔してるの。ここよ」

 ヨーコさん、その例えやめてよ。
 会場は最近できたオシャレなレストランだった。壮太とたまたま通りかかった時今度ここ来ようねなんて話していた。二人に続いてお店に入ると、ヨーコさんが一気に声を1オクターブ上げて挨拶する男の子たちがいた。
 目が合った。今朝見たばかりの、吸い込まれるような瞳と。

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