過去

「奈子ちゃん!」

 利根さんに送ってもらったホテル。博也くんが泊まっているところほどではないけれど、高級そうなところで少し申し訳なくなる。
 部屋に着くと、そこで博也くんが待っていた。ドアを閉めた瞬間ぎゅうっと抱き締められて頬にぶちゅうっとキスされる。

「ひ、博也くん、利根さんいるから……」
「利根さん!奈子ちゃん大丈夫だよね?!誰にも何もされてないよね?!」
「大丈夫です」

 めちゃくちゃ目を逸らしながら言う利根さんに心底申し訳なくなって、ちょっとだけ博也くんの胸を押した。その手を握って博也くんは更に距離を詰める。じっくりと顔を観察された。

「な、なに?」
「何かあったでしょ」
「えっ」
「俺に分からないわけないでしょ?何かあった、絶対」

 確かに博也くんにバレないはずないと思った。この人は私の変化に敏感だ。私が驚くほど。観念して、利根さんを見た。利根さんはかなり躊躇っているけれど、博也くんの圧に負けてスマホを胸ポケットから取り出した。

「北山さん、本当にいいんですか?」
「はい、いずれ博也くんの目にも入るだろうし」

 利根さんのスマホの画面を見て、博也くんは目を見開いて言葉を失ったようだ。確かにそこに写っているのは博也くんにとってかなりショッキングなものだと思う。私にとっても、もう二度とほじくり返されたくなかった過去のもの。

「……私、高校生の時イジメられてたんだ」

 理由は知らない。ある日クラスの中心的人物だった女子のいるグループに呼び出されて暴力を振われた。地味、ブス、可愛くない、誰にも好かれない、浴びせられかけた言葉は石みたいに私に降りかかってそのまま固まって私の中で地面みたいになった。

「その時に撮られた写真。ネットに出回ってるみたい」

『三木村博也の彼女の過去』なんてタイトルが付けられた下着姿の写真は三木村博也と検索すると関連ワードに上がるほど色々な人に見られているみたいだ。一応顔は隠れているけれど。

「あはは、やっぱり恥ずかしいなぁ、博也くんにイジメられてたこと知られるの。忘れたくて、できたら博也くんには一生知られたくなかった過去だし……」
「恥ずかしいわけないでしょ」
「えっ」
「恥ずかしいのはイジメなんてして、その上大人になってもこんな馬鹿なことしてる奴でしょ。奈子ちゃんが恥ずかしがる理由なんてないじゃん」

 博也くんがそんなことを泣きそうな顔で言うから、もう我慢できなかった。利根さんに写真を見せられてから我慢していたものが全部溢れて、まるで堰き止められていたダムが決壊したみたいに涙が溢れた。

「ひ、ひろやくん、どうしよう……」
「うん」
「わたし、ほんとは、すごく怖くて……っ」
「うん……」

 人目も憚らずに、博也くんにしがみついて号泣する。博也くんはずっと頭を撫でてくれていた。
 博也くんとの熱愛報道が出てから、周りの人がみんな私を見てヒソヒソしているような気がする。週刊誌はまだ発売されていないのに、恋人がいるという噂だけでネットで話題になって、昔の写真まで出て。私がしていた覚悟って何だったんだろうと思うほど、大変なことになっている。

「奈子ちゃん、ごめんね……」

 博也くんの声が切なく響いた。


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