お礼
仕事帰りによく行くバーで出会った。
「か、か、香月ゆきえ……!」
「ん?あ、バレちゃった。三木村くんの彼女でしょ?!めっちゃくちゃ可愛い〜!!」
何故私を知っているのかは知らないが、博也くんの彼女だと知っているらしい香月ゆきえは私のところに走ってきて手をぎゅうっと握った。お、同じ人間とは思えないくらい美しい……。
「芸能人見慣れてんだろ」
固まる私に芦屋くんが呆れたように言う。いやいやいや、博也くんにはだいぶ慣れてきた、それでもまだたまに緊張するのに、こんな綺麗な人を前にすると落ち着かない……。
「三木村くんが言ってたの。俺の幼馴染のバーに行くとめちゃくちゃ可愛い女の子がいて、その子が俺の彼女だよって」
「い、いえいえそんな……幼馴染?」
初めて聞く言葉にはてなマークが浮かぶ。芦屋くんを見ると、普通に言った。
「そう、俺たち幼馴染」
「えっ、うそ?!」
初耳〜!!こんなイケメンばかり揃った地域って奇跡。博也くんのこと、まだまだ知らないことばかりだなぁ。
「でも、幼馴染なら何でずっとお店に来てなかったの?」
私がこのお店に通うようになって2年半ほど。博也くんと私がこのお店で出会うまで、博也くんと会ったことはなかった。たまたま会わなかったって言われたらそれまでだけど。
「いや、まあ色々あって疎遠になってて」
「ふーん」
色々ってちょっと気になるけど、芦屋くんが珍しくハッキリしない口調だからあまり聞かないことにする。
「ねえ、奈子ちゃん、ちょっと話したいことあるから一緒に座ろ?」
香月さんはとても人懐こい人のようだ。私の腕を引いて自分が座っていた隣の席に導く。
「あのね」
「はい」
「ちょっと前に、三木村くんと私の結婚報道が出たでしょ?」
「はい」
「それで嫌な思いさせたと思って、ずっと謝りたかったの。ごめんなさい」
頭を下げる香月さんに恐縮してしまう。頭を下げ合っていると、「間抜けな光景」と芦屋くんが鼻で笑った。私はまだいいとしても香月ゆきえにはやめろ……!
「あの、博也くんから少し聞いてるし大丈夫です。元々疑ってもなかったし」
「すごい、ラブラブなんだね!私も彼とラブラブだけど」
「そうなんですか……」
香月さんのお相手、とっても聞きたいけれどさすがに聞けない。芸能人のそういうお話って好奇心の的だけど……我慢我慢。
「たまたまね、三木村くんと彼のマンションが一緒だったんだ。三木村くんとはその時映画で共演してたし、話題作りにもなるしって。彼のことはバレるわけにはいかないから」
「へー……」
「あはは、奈子ちゃんやっぱり可愛いねぇ。すっごく聞きたそうな顔してる!」
何故バレる……!香月さんはとっても楽しそうに笑って、私の耳元に顔を寄せた。いい匂いがします……
「あのね、私の彼は……」
「ひっ……!」
香月さんの口から出たのは最後の大物独身俳優としてすっごく有名な人だった。あまりのビッグネームに空いた口が塞がらない。
「え、めちゃくちゃ気になるんだけど。誰?」
芦屋くんの言葉に首を横に振る。聞かない方がいい。顔面蒼白。
「でねでね、今日は奈子ちゃんにお詫びを渡したくて!」
香月さんはとっても綺麗な笑顔で紙袋を差し出した。