夢のまた夢

 仕事帰りによく行くバーで出会った。

「み、み、三木村博也……!」
「ん?あ、バレちゃった」

 ニコッと笑顔を向けられて失神しそうになる。突然名前を叫んだ私にも嫌な顔をしない。私はスマホを取り出してホーム画面の彼と現実の彼を見比べた。ううっ、現実の方が数百倍眩しい……!
 そう、そこにいたのは私の大好きな超人気俳優、三木村博也だったのだ。
 心臓がバクバクと鳴ってやかましい。手足が震える。悲鳴を上げない自分を褒めてほしいくらいだ。

「座れば?」

 サービス業失格だろと突っ込みたくなるほど素っ気ない態度でバーテンの芦屋くんに言われた。芦屋くんはいつもこんな感じだから今更気にしない。それより今は目の前の事実を受け止めることだけで精一杯だ。
 私は博也くん、いや、三木村さんから一番遠い席に座った。いつも博也くんと勝手に呼んでいるのに本人が目の前に現れると途端に罪悪感が生まれてしまうのは何故だろう。

「右手と右足一緒に出てるけど」
「で、出てないし!」

 芦屋くん、わざわざ突っ込まないで。ふふっと三木村さんが笑った。ただ笑っただけなのに頭がポーッとなる。飛び抜けたイケメンってすごい。

「そんな遠く行かないでこっち来てよ」
「む、無理です。心臓が皮膚突き破っちゃいそうです」
「えー、そうなの」

 パニックだ。自分がどう動いているかも認識できない。あれ、私鞄どこやった?

「何探してる?」
「か、鞄」
「膝の上にあるそれはゴミ?」

 あ、膝の上にあった。

「次は?」
「めがね……」
「今はコンタクトしてるでしょ?めがねはお風呂上がりだけ」
「そっか……」
「オイポンコツ、いい加減落ち着け」

 お客さんにポンコツとはどういうことだオイ。と、返したくなったけれどそんなお口の悪い女子だと三木村さんに思われたくないので黙っておく。

「名前は?」
「ひっ!き、北山、なななこです」
「ななこちゃん?」
「いえ、なななこです」
「なななこちゃん?」
「奈子、だろ?」

 芦屋くんにぶんぶん頷く。ぶっと笑われた。今度芦屋くんの好きな女優さんが来たら思いっきりからかってやろう。好きな女優さん知らないけど。

「奈子ちゃん、か。可愛い名前」

 可愛いと言われました。神様、私はもう充分です。充分生きました……。

「えっ、まだ天に召されないでね?」

 気が付けば三木村さんがすぐそこにいた。そして、私の隣に座った。私がいるのは壁際。逃げ場はない。

「ちょっと話そうよ」

 微笑まれると体の力が抜けた。昇天ってよく言ったもので、本当に自分の魂が体から抜けて上に上に上がっていく気がしたのだ。


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