ヤスくんの本音7

 主任は私が部屋の前に座り込んでいるのを見て目を丸くした。私は慌てて立ち上がって頭を下げる。

「す、すみません、離れる前にちゃんと話しときたいな、って……」

 主任が鍵を開ける。主任は何も言わなかったけれど、ドアを開けておいてくれたから。入ってもいいのだと判断して部屋に入った。主任の部屋は散らかっていた。異動は4月。まだ時間はあるし、引越しの準備もしていないのだろう。

「いつから、決まってたんですか?異動」
「……11月の終わり。言えなくてごめんな。発表まで言っちゃダメなことになってて」
「あ、分かってます、それは……」

 主任は切なげに私を見て、ポンと手を頭に置いた。そして、その手を首筋に滑らせた。

「ごめん、俺別れたつもりなかったんだ」
「え」
「うん、でも紛らわしい言い方しちゃったし、唯香を傷付けたのも分かってたし、他の男に行っちゃっても仕方ないかなーって……」
「平気、なんですか。私が他の人のところ行っても、他の男の人の家に泊まっても……」
「平気なわけ、ないだろ。こんなこと思ったの初めてだ。唯香を誰にも取られたくない」

 困ったように笑う、主任の顔はそれでも優しい。首筋を撫で、背中に回ったその手は、私を抱き寄せた。

「俺多分、唯香が思ってる以上に唯香のことすっげー好きになってるよ」
「うっ、じゃ、じゃあ、何であんなこと……っ、幸せにできないなんて……っ」
「だってそうだろ。子どもみたいに嫉妬して、その後イライラして電話もできなくて、そんな奴に唯香を幸せにできないって思ったんだよ」
「そ、そんな、嫉妬なんて私、あの人に、桜井さんにめちゃくちゃしてるのに……っ」
「だから初めてなんだって。嫉妬したの」

 拗ねたようにそう言う主任は、私の首筋に顔を埋めた。

「俺、遠距離無理だ」
「……っ」
「唯香がいねーと寂しいもん……」

 ああ、どうしてこの人はこんなに愛しいのだろう。荒んでいた心が簡単に落ち着いていく。何てズルいひとなの。

「私、遠距離平気だよ?」
「……」
「ヤスくんはどうしてそんなに自信ないの?私、子どもの頃からずーっとずーっとヤスくんのこと好きなのに」
「唯香……」
「寂しいけど、ちゃんと私のところに帰ってくるって約束してくれたら平気」
「……好きだよ、唯香。ヤベーくらい好き」

 ヤスくんは、私から少し体を離して。それはそれは優しい、キスをくれた。

「持って行きたい」
「私は荷物じゃない」
「冷たいな……唯香はそんなに俺のこと好きじゃないんだ……」

 そんなこと、ありえないのに。ふふっと笑ってしまう。私が悩んでいたことを、ヤスくんが口に出すなんて。私はヤスくんの首に腕を回した。

「ねぇ、どうして手出さないの?」
「……寂しいから。遠距離になんのにその前に唯香のこと抱いちゃったら夜寝る時寂しくて仕方ないじゃん」

 子どもか。思わず心の中でツッコんだ。でも、私は。この人が死ぬほど愛しい。

「じゃあ遠距離の間ずっとできないの?」
「……無理」

 ヤスくんが突然私を抱き上げた。横抱きだ。何度も触れるだけのキスを繰り返しながら、寝室に行って、そして。

「……唯香、俺のこと、好きでいて。これからもずっと」

 私の長い長い片想いが、ようやく実ったようだ。

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