ヤスくんの本音5

「残念だったな」
「……はぁ、相変わらず腹立つくらい軽いね」

 久しぶりに家に来た日向がビールを煽りながら私を横目で見た。私もつられてビールを煽る。泣かないと決めていた。だって主任とは毎日会社で会うんだし、泣いたら目が腫れる。それを見られるなんて悔しいし、死んだほうがマシ。

「合コンセッティングしてやろうか」
「既婚者なのに最低」
「俺は行かないけど。大学の友達で彼女欲しいって言ってる奴いるから」
「日向の友達とか無理なんだけど」
「別に兄貴のこと忘れなくても、気が紛れたらいいだろ」

 珍しく日向が真剣な顔をしていた。もしかしたら本気で心配してくれているのかもしれない。
 でも合コンへ来て、私は今までの人生で一番くらいの後悔をしていた。

「あれ?ヤスくんの彼女ちゃんじゃない?」

 そこには何故かこの前主任と一緒にいた女の人がいたからだ。

「私桜井美玲って言うの!ヤスくんと別れてすぐ合コン?すごいねぇ」
「……」
「あ、私はね、日向の大学時代の友達。ヤスくんとは大学の頃からの知り合いなんだぁ」

 そうですか。もう関係ないし。ただベタベタ触らないで欲しい。
 日向の友達は全体的にレベルが高かった。確かに日向の言っていた通り、気を紛らわすにはいいかもしれない。みんな大人で、遊びを心得ている。
 でも、どう考えてもメンバー集めに気を抜かれたとしか思えない。私以外全員知り合いだ。女性も含め。日向のやつ、途中で面倒になったんだな。

「唯香ちゃん、可愛いねー。おっぱいも大きいし」
「……」

 隣に座ったのは湯浅さんというイケメンだった。この人も遊んでそうな人だ。まず初対面の女の子に胸の話題を持ってくるのが驚き。遠慮のない視線が胸に突き刺さっている。

「ヤスくんって確か日向の兄貴だよね?付き合ってたの?」

 失恋って、きっと今日も世界中のどこかで誰かが失恋しているだろうし、あまりにありふれたものだ。私だって主任に何回失恋して心が折れそうになったか。きっと私以外の全員、この人も、主任にとっても。私の失恋は些細なもの。
 湯浅さんが吸っていた煙草を奪って吸った。ああ、久しぶりに荒れている。

「付き合ってたつもりだった」

 心の中がどれだけボロボロでどれだけ傷付いていても、出さないようにしているのは癖だ。私の感情を揺さぶるのはあの人だけ。触れて欲しいと思うのもあの人だけ。その願いが叶わないなんて、私にとっては人生で一番大きなことなのに。あの人には、届かないの。

「セックスしたいならしよう」

 煙草を灰皿に押し付けて立ち上がったら、湯浅さんはニヤニヤしながらついてきた。別に誰でもいいって訳じゃない。本気にならない人。それが条件。
 桜井美玲さんは呆気に取られていたけれど、私が部屋を出る瞬間口角が上がっているのを見た。主任のことが好きなのだろうか。まぁ、私には関係ないけど。
 湯浅さんはお店を出ると肩を抱いてきた。何かずっと喋っているけれど、聞き流していた。
 セックスは嫌いじゃない。求められているのが分かるから。ただ、気持ちいいと思ったこともないけど。主任への当てつけなんて子どもみたいなこと考えているわけじゃない。主任だってきっと、私以外の彼がちゃんと好きになれる人とそういうことをするのだろうし。
 その時、突然後ろから腕を引かれた。そこに立っていたのは、息を切らした竹田さんだった。

「な、んで……?主任と付き合ってんじゃないの……?」

 幻滅、したかな。最低な女だと、このまま嫌いになってくれたらいい。

「別れたんです」

 ニコッと微笑むと、竹田さんは私の腕を引いて歩き出した。湯浅さんが後ろから何か言っているのが聞こえたけれど、竹田さんは止まらなかった。

「俺は!あんな男のために柴崎さんを諦めようと思ったんじゃない!」

 夜の公園ってしてる人が多いって聞いたことがあるけど本当かな。街灯の少ない公園で、ぼんやりとそんなことを考えた。

「主任だから……。それに、柴崎さんがずっと主任のこと好きだったって聞いたから、だから……っ」
「竹田さん」
「……っ」
「失恋って辛いですよね」

 失恋なんて、人生で何度もすること。その時は辛くても、人間の心なんて変わるものだ。時間が経てば痛みは風化して、忘れてしまう。……なのに。

「何で、私は一人しか好きになれないんでしょう」
「……っ、柴崎さん……」
「私を好きになってくれる人を好きになれたら……」

 たとえば、竹田さんのような人なら。優しいし、私を想ってくれているし。なのに。なのに。

「こんな女でごめんなさい。主任は悪くないから」

 ペコッと頭を下げた。今日は熱いお風呂に入って温かいカフェオレでも飲んでゆっくり休もう。主任が淹れてくれたカフェオレの味だって、そうしているうちに忘れるんだから。

「柴崎さん、諦めちゃダメだよ!絶対、諦めちゃダメだから!」

 本当に、竹田さんはいい人だなぁ。

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -