声が隣に聞こえないよう堪える

 お昼前、立花から電話がかかってきて必要な資料を家に忘れてきたから持ってきてほしいと言われた。私も今日は仕事だから仕事の前に立花の会社に寄ってからお店に行こうと思い、少し早めに家を出た。立花の会社は大きなビルで、来たのは初めてだけれどもちろん場所は知っている。下に立って見上げれば高すぎて上は見えない。少しだけ芽生えた劣等感を振り払うように頭を振り、ビルに入った。

「すみません、営業部の立花さんに用事があるんですけど」
「どのような用事でしょう」
「あ、ちょっと渡したいものが……」

 受付の綺麗なお姉さんにそう言えば、お姉さんは笑顔で対応しながらも私を上から下まで見た。まあ、私服だしどう見ても取引先なんかじゃないから仕方ないと思う。それにしてもあの男はこんな綺麗なお姉さんにも狙われているのか。恋人になったばかりだからまだまだ不安定で立花を信じきれないところがある。小さくため息を吐いた時。

「ヨリ、ごめんね」
「ひっ」

 腰にするりと手が回ってきて耳元で囁かれた。慌てて身を捩ると、立花は案外簡単に離れてくれて受付のお姉さんにニコリと笑った。

「ごめん、家に忘れた資料を彼女が届けてくれたんだ」

 今、立花はきっと私が誰で何をしに来たのかという表向きの説明の裏に、自分には彼女がいてしかも家に簡単に入れるほど深い仲だということをお姉さんに示した。つまり、牽制したのだ、と思う。本当に頭と口がよく回る抜け目のない男だ。実際お姉さんは立花の見ていないところで悔しそうに顔を歪めて私を睨み付ける。そんな彼女から私を隠すように、立花はすっと彼女と私の間に入った。

「ありがとう」
「あ、うん」

 立花に資料を手渡すと、中身を確認して「これこれ」と微笑む。まあ地味に色々あったけれど私の任務は終了だ。じゃあね、と手を振って去ろうとしたその手を、立花が掴んだ。

「お礼しないと」
「えっ、もう仕事だしいいよ」
「ダメ。ね」
「い、いいって、ちょ、どこ触って、こら!」

 お尻をするりと撫でた手をペチンと叩いたのに立花は全く怯まず。強引に私の腰を抱いて歩きだした。

「立花何す、んっ」

 ロビーの奥の人気のないトイレ。そこに連れ込まれた時点で何をされるかは何となく想像はついていた。ただ、まさか会社で、と信じられない気持ちがあったから。でも立花はどこまでも私の想像の上を行った。

「何って、お礼」
「いやだ!」
「ヨリ、抵抗されればされるほど興奮する」
「変態か!」

 変態だった。唇を奪われツっと舌が唇をなぞる。あっと口を開いた瞬間に舌が口内に入り込んできて、私の脳は勝手にぽわんとして思考を止めてしまうのだ。立花の右手がお尻を撫で、スカートを捲り上げる。左手で器用に服のボタンを外しながら舌はしつこく私の舌を絡め取る。はあ、と思わず洩らした甘い吐息に立花が口角を上げる気配がした。

「時間なくてごめんね」

 楽しそうな声にムッとするのも一瞬。前に回った手がくちゅくちゅと秘部を弄ってまた思考が止まる。いつの間にかぎゅうっと握り締めていた立花のスーツが皺になっていた。敏感な部分を撫でられ、ぐっと押され、腰が跳ねる。膝がガクガクと震える。ここが立花の会社のトイレだということが頭の片隅にあって一応声は抑えたけれど、立花が触れている部分から出る卑猥な音がトイレに響いて羞恥心を煽った。

「ヨリ、足乗せて」

 ご丁寧に靴を脱がせて、立花は私の足を便器の蓋に乗せる。抵抗する暇もなくそこに指が入ってきて唇を噛んだ。すっかり濡れてしまったそこは簡単に立花の指を受け入れてしまう。一気に二本挿れられてその指を締め付けたら、立花が躊躇なくそこに顔を近付けた。

「っ、やだ、汚い」

 立花がニコリと笑う。そして舌を伸ばした。びくんびくんと震える体を支えるのも辛い。壁に背を預けて口を手で押さえて、私は立花の舌と指で簡単に絶頂させられた。

「汚くない。可愛い」
「っ、意味分かんない」
「俺がこんなところでムラムラしちゃうほどヨリが好きだってこと」
「やっぱり全然意味が分からない!」

 はあはあと肩で息をする私をしっかりと抱き締めて、立花は愛しそうにキスを落とす。あまりにも優しく微笑むからほだされそうになって、でも下からカチャカチャとベルトを外す音がして我に返った。

「だ、だめ!」
「自分だけイッて終わり?ヨリって淫乱だね」
「どういう意味?!とにかくここでは、んっ」
「口押さえてないと声出ちゃうよ?」

 私の抵抗も空しく、体は簡単に立花を受け入れてしまう。ゆっくりと入ってくる感覚にぞくぞくと肌が粟立つ。立花の熱い吐息が頬にかかって無意識に見上げて後悔した。なんでそんな色っぽい顔してるの……?!

「ヨリ、気持ちいい」
「んっ、うるさい、」
「だって気持ちいいから」
「ほんと、黙って、」
「俺が気持ちいいって言う度にナカ締まるのわざと?」
「……っ!」

 ほんと、全て立花の思い通りになっている気がして腹が立つ。ずっ、ずっ、と出し入れされる度に強烈な快感が体を突き抜けて息が上がる。不意に目が合ってどちらからともなく舌を絡めた。立花の甘い吐息を呑み込んで、頭の中が真っ白になる。
 その時だった。どこからか足音が聞こえてきた。立花も動きを止めて息を潜めて見つめ合う。最悪なことに足音はどんどん近付いてきてトイレに入ってきた。急いで離れようとしたのに腰を抱かれ、一番奥を突かれた。

「〜〜っ」

 声を抑えた私を褒めてほしい。立花は楽しそうに笑って私をドアに押し付け後ろから侵入してくる。ドアの前に誰かが立つ気配がして、私は泣きそうになりながら口を手で押さえた。

「立花さん」
「……っ」
「部長が呼んでます。早めに戻ってください」
「りょうかーい。すぐ終わります」

 三崎くんはとてもできる部下だと立花から何度も聞いていた。そしてとても空気を読む頭のいい男だとも。……それを存分に発揮してくれたおかげですっごく恥ずかしいんだけど……!いやそもそも悪いのは立花だ。こんなところで……

「ヨリ、愛してる」

 そして狙いすましたようなタイミングでそんな甘い言葉を吐く。それだけで全てを許してしまう私も相当馬鹿だ。
 立花の動きが速くなって、一番奥をコツコツと突かれる。ぎゅっと目を瞑って快感に耐える。いつの間にかドアの向こうの気配はなくなっていて、私は腰を掴む立花の手をぎゅっと握って体を震わせた。

「ごめん、玄関まで送れないけど」
「うん、いいから早く行きな。部長に呼ばれてるんでしょ」

 離れがたそうに私の手を握る立花に苦笑いする。モジモジしているのはさすがにキモくて真顔になった。冷たい顔で見ていると立花は一歩で距離を詰めて、耳元で囁いた。

「ヨリ、愛してる」
「……っ」

 だからそれ反則だってば!真っ赤になった私を満足そうに見て、立花は手を振って去って行く。

「今日一緒にお風呂入ろうね!」

 なんて余計なことを言いながら。結局立花に甘い私はまたお風呂で襲われる羽目になるんだろう。はあ、とため息を吐いた時、唐突に牧瀬の顔が頭を過って。必死で走ることになるんだけど、それはまた別の話。

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