好きなひと
「ヨリ、おはよ」
「おはよ、待った?」
「今来たとこ」
12月23日朝。駅で待ち合わせ。結局私の希望をのんでくれて、行き先は動物園になった。最近は手を繋ぐのもスムーズになったと思う。立花の温かい手に触れた、その時。
「あ、日向とヨリちゃんだ!」
突然後ろから名前を呼ばれ思わずパッと手を離した。振り向いたそこにいたのは、いや、声で分かってたけど。
「寧々ちゃん……皆さん、お揃いで」
「おー、今日デートなのお前ら」
立花がつるんでいるいつものメンバーだ。「おはよ、ヨリちゃん」とニコリと微笑む牧瀬につられて思わず微笑むと、何故か立花が牧瀬と私の間に入る。
「あのさ、デートなんだからちょっと空気読んで放っといてくれてもいいんじゃない!!」
「えー、だから昨日会った時自慢してこなかったの?邪魔されたくないから?アハハ、私たちも一緒に行こうよ、ねえ!」
朗らかに言う寧々ちゃんに立花はありえないみたいな顔でブンブン首を横に振る。でも寧々ちゃんはそんなこと全く気にせず「いいよねヨリちゃん」と私の腕を組んでくる。あまりの押しの強さに何も言えず結局寧々ちゃんに連行されたのだった。
「なんでみんないんの?デートだよ?なんで二人きりじゃないの?デートだよ?え、俺変なこと言ってる?なんでデートについてくるんだよ!!!」
「ちょ、日向うるさい。ヨリちゃん、ライオン観に行こ!」
「え、う、うん……」
合流してからずっとブツブツ言ってる立花は一条に肩をポンと慰めるように叩かれて俯いた。
ちゃんと断れなかった私が悪いよね。でも寧々ちゃんの押しがほんとに強すぎて……。可愛い子に強引にされると断れないみたいな雰囲気あるじゃん?あれ、私だけ?
寧々ちゃんと仲良くなったのも、こんな風に強引に寧々ちゃんのペースに呑まれたからで。いつも無邪気で気まぐれで自由。そんな寧々ちゃんに憧れてもいる。私はネガティブで不安ばかりで、寧々ちゃんみたいに自分に自信がないから。まあ、元々の素材が違うと言ってしまえばそれまでなんだけど。
立花が気になって振り向くと、一条とじゃれ合っていた。なんだかんだ楽しそうでよかった。牧瀬と吉岡はいつも通り、女の子にナンパされている。寧々ちゃん、彼氏ナンパされてるよ。そう言ったら「ああ、いつもいつも」と言って笑っていた。すごい。立花がナンパされてたら私こんな風に冷静でいられないと思う。
当たり前のように牧瀬が断って二人は私たちのところにやって来た。ライオンは暇そうに眠っている。屋内で。いや、寒いよね。ライオンって基本的に暑いところに住んでるからね。人間の見世物になるためだけにこんな寒いところいられるか!ってなるよね。分かる分かる。
「なんだー、外にいないんだ」
寧々ちゃんは残念そうに言って次に行こうと誘ってくる。でも私はもう少しライオンを観てたいんだけど……。
「ヨリちゃん、ライオンがお肉食べてるところ見たことある?」
寧々ちゃんに腕を引かれながらも食い入るように見ていると、寧々ちゃんを引き止めるように牧瀬が私に話しかけて来た。寧々ちゃんも立ち止まる。引き止め方もスマートだ!牧瀬のスマートさにはいつも感心する。
「ううん、生ではないんだ。テレビではあるけど」
「俺見たことあるよ。迫力すごいんだよ。普段こんな風にだらけててもやっぱり肉食獣なんだなって」
「うわー、生で見てみたい!動物園のライオンってあんまり肉食獣って感じしないもんね。いつも寝てるイメージ」
「ほんとそうだよね。危険なのに危険な感じあまりしないって言うか」
「ほんとほんとー、そうだよね。危険なのにねー」
牧瀬と話が盛り上がっているところに突然立花が割り込んで来た。ちなみに割り込んで来たのは話だけじゃない。体もだ。
「ちょ、狭い」
「ほんとー。危険なのに危険じゃないっていうかー、いやでもほんとは危険?みたいなー」
「無理やりすぎて全然意味分かんないよ」
牧瀬は空気を読んだのか、微笑んで先に行きたがっている寧々ちゃんたちを連れて行った。二人になった途端、立花がジトーッと私を見下ろしてくる。ていうか、近い。
「いや、あのね、寧々ちゃんに言われると断れなくてさ……ごめん」
きっと私が断りきれなかったことを責められるのだと思った。でも立花は首を横に振った。
「それは俺も言えなかったからヨリのせいじゃない。寧々が強引すぎるのが悪い」
あれ、それじゃないんだ……?じゃあ何で怒って……
「ヨリさ、翔と仲良すぎだから」
「へっ?」
「翔のほうがいつもヨリのこと先に知ってんじゃん?好きな飲み物とか」
そ、そう言われましても……偶然だし……。どう言えばいいか分からなくてアワアワしていると、立花がため息を吐いた。き、気の利いたこと言えなくてごめんなさい!!
「翔のこと好きになっちゃダメだよ?」
「え」
そ、それはない!あの人カッコいいし確かにたまに色気にやられそうにはなるけど、絶対好きになったら泣くだけの人生が待ってそうだしそれに私が好きなのは立花だし!
心の中で言うだけで、言葉には出せなかったけど。首をブンブン横に振って否定した。すっと伸びてきた立花の手が首筋に触れた。冷たい指先。びくっと体が跳ねる。
「分かったから。そんなにブンブンやってると首痛くなるよ」
立花はそう言って笑って歩き出した。私も慌てて立花を追いかける。初めて触れられた場所が、熱い。