風邪とモヤモヤ

 新学期になった。私と立花くんが付き合っていることは夏祭りに一緒にいたことで周知の事実になった。夏祭りは高校のほとんどの生徒が行っていたみたいだし、立花くんは目立つし。
 私に向けられるのは、好奇の目と、嫉妬の目。でも立花くんは不特定多数の女の子と遊ぶようなことはしていなかったようだし、立花くんに泣かされた女の子もいないようだし、特にトラブルはなかった。

「ヨリちゃん、おはよう」

 朝一で私のクラスにやって来たのは牧瀬くんだった。牧瀬くんとは立花くんと知り合う前から友達だったけど、相変わらずこの人のオーラはすごい。男も、女も。嫌でも惹きつけられてしまうオーラ。

「どうしたの?」
「日向が風邪引いて休んでるんだ」

 始業式から?何とタイミングの悪い……。せっかく、会えると思ったのにな。

「そうなんだ」
「うん」
「……」
「……」
「……ん?何か……?」
「心配なら、俺がお見舞い行く時に一緒に行くかなぁって」
「……」

 ああ、そういうこと!誘ってくれてたわけね!彼氏が風邪引いてるのに心配もしない彼女ってどうなのって感じだよね。さすが牧瀬くん、気が利くなぁ。

「行く!」
「そ。じゃあ放課後迎えに来るね。そういえば今日ヨリちゃん下着どんなの?」
「えっ!!!何急に!!!」
「ヨリちゃん知らないみたいだから教えてあげる。男ってね、弱ってる時性欲高まるんだよ」
「……っ!!!」

 ななななな性欲って……!牧瀬くんは色気を振りまきながら、とんでもない爆弾を置いて去って行った。

***

「日向ー、調子どう?」
「うー……、あれ、ヨリちゃんも来てくれたの」

 嬉しそうに微笑む立花くんにキュンとする。ベッドに寝転ぶ立花くんは顔が真っ赤で目がトロンとしている。まだ熱が下がっていないみたいだ。

「何か食べた?」
「食欲ない……」
「食べないと薬飲めないよ。ヨリちゃん、お粥作ってあげてくれる?」
「任せて!」

 そう言って一階に降りたものの。お、お粥ってどうやって作るんだ……?
 携帯で調べてこれなら出来そうだとやってみたものの、何故かお鍋が爆発しそうにプスプス言っている。えー、どうすれは……
 その時、ちょうど牧瀬くんがキッチンに来た。

「あ、焦げてる。ごめん、料理苦手だった?」
「う……」
「じゃあ俺が作って二人きりにしてあげたほうがよかったね。今から作るからヨリちゃんが作ったってことにしようか」

 そ、その優しさが痛いです……。手際よくお粥を作る牧瀬くんの横で立ち尽くしていると、玄関から物音がした。よく考えたらここは立花くんの家でしかも一軒家、つまり当然家族は帰って来るわけで。き、緊張してきた!

「ただいまー。ん、あれ、翔来てたの?」
「ヤスくんこんにちは。日向のお見舞い」
「あー、アイツ寝込んでんだっけ」

 牧瀬くんが普通に挨拶する。よく来ているのかな。リビングに入って来た人は、多分、お兄さん。似ているような似てないような。

「ヨリちゃん、日向のお兄さんのヤスくんだよ。ヤスくん、日向の彼女の早坂依子ちゃん」
「あ、はじめまして。日向くんとお付き合いさせていただいてる早坂です……」
「あー、そうなんだ。よろしくー」

 ニコッと微笑んだお兄さんは真面目そうで固そうだけど笑うと下がる目尻が少し立花くんに似ている。お兄さんの後ろからランドセルを背負った女の子が入って来て、その子は立花くんにそっくりだから妹さんだとすぐに分かった。

「妹の美晴です。よろしくお願いします」
「あ、よろしくお願いします……」

 ち、小さいのに何てしっかりしてる子なの……。妹さんはキッチンに入って来て牧瀬くんが持つお鍋を覗き込み、「隠し味でこれ入れたら美味しいよー」なんて私が見たこともない調味料を持って来た。「さすが美晴ちゃん」と牧瀬くんは微笑む。ら、ランドセル背負ってる子より料理できない私……。

「葉月ちゃん、日向の調子どう?」
「え……、あ、私、依子です」
「……はぁぁぁ!!!」
「ヤス兄!」

 お兄さんと妹ちゃんの焦り具合から見て、きっと「葉月ちゃん」とは立花くんの元カノ、とか、そういうのだろう。妹ちゃんは「最低!」とお兄さんの背中をバシバシ叩いている。
 お兄さんが「新しい彼女」である私を間違えて「葉月ちゃん」と呼んでしまうほど、その「葉月ちゃん」は何度も家に来ていたのだろう。付き合って2ヶ月、立花くんは家に来ないかと私を誘ってくれたことは一度もなかった。まだたった2ヶ月だし、これからだ。そうは思うものの、元カノとどれくらい付き合っていたのかも知らないし、付き合ってすぐに家に連れて来ていたなら私の負けだ。……え、ちょっと待って、負けるって何……?私は元カノと「闘う」のか……?

「ヨリちゃん」

 ゴチャゴチャと考え込んでいる私に牧瀬くんが声を掛けた。牧瀬くんはきっと、全部知っている。立花くんがどんな人と付き合ってきたか、どんな付き合いをしてきたか。
 顔を上げると透き通るような色素の薄い瞳と目が合った。全部見透かして、その上吸い込まれるようなその瞳が、今の私にとってはすごく苦手なものになった。

「お粥できたから持って行ってあげて?」

 有無を言わせぬその言葉に私は反射的に頷いた。柔らかく、優しく、でも気付かないうちに牧瀬くんの言葉に縛られる。私は牧瀬くんからお粥を受け取った。

「立花くん、お粥できたけど……」
「ん……」

 一階の慌て具合(とにかくお兄さんが土下座しそうな勢いで謝ってきた)などもちろん知らない立花くんはスヤスヤと眠っていた。少しだけ声は聞こえるけれど、隔離されたみたいに静かな部屋。立花くんはまだ真っ赤な顔をしていて、暑苦しそうに胸元を掻きむしった。机の上にお粥を置いてベッドの脇に座る。

「ちょっと、触るよ……?」

 熱、計るだけだから。指先が心臓になったみたいにドクンと震える。私は恐る恐る指を伸ばして。そっと、頬に触れた。

「熱いな……」

 額に乗っているタオルを冷たいのに代えてあげたほうがいい。私は次にそのタオルに手を伸ばした。でも、届かなかった。立花くんの熱い手が突然伸びてきてぎゅっと握ったからだ。

「わっ」
「ヨリちゃん」

 熱があるとは思えない強い力でベッドの中に引きずり込まれる。体温が高い立花くんと密着していると、私の体までどんどん熱くなってくる。こんなに近付いたのは初めてで、心臓が口から飛び出しそう。
 立花くんは私をぎゅっと抱き締めて覆いかぶさってきた。熱い手が背中に回ってパチンと音が鳴る。あ、あれ、何だか胸が楽になった気が……ぶ、ブラジャー!!

「た、立花くん、待って」
「はぁ、好きだよ」

 立花くんの手が制服の中に入ってくる。するすると、それはもう滑らかに。ていうか、ブラジャーも片手で外せるんだ。

「葉月ちゃん」

 その名前が頭の中に浮かんでパチンと萎んだ。

「……やめて」
「……」
「離して」
「……」
「あ、あれ?」

 いつの間にか固まったと思ったら、立花くんの穏やかな寝息が耳元から聞こえてきた。ね、寝てんのかーい。
 体の上からそっと立花くんを退かすと、目にも留まらぬ速さでブラジャーを直し制服も綺麗にして部屋を出た。そしてリビングに入る。

「お邪魔しました今日はこれで失礼します」

 ピュンと走って立花家を出る。ヤバい、何あれ、何で急にあんな……

『男ってね、弱ってる時性欲高まるんだよ』

 牧瀬翔の囁きが突如蘇る。そ、それって、そういうこと……

『葉月ちゃん』

 でも、すぐに冷静になる。思ってたよりダメージが大きいみたいだ。立花くんは、あんな風に、『葉月ちゃん』に触れたことがあるのか。手慣れてたもんな。片手でブラジャー外してたもんな。
 熱くなった脳からすーっと温度が抜けていく。今の彼女は私のはずなのに、全く自信がない。




「日向、ヨリちゃん帰っちゃったけど……」
「翔、危なかった。これからしばらくヨリちゃん連れてこないで」
「何で?もしかして襲っちゃって拒否されたから寝たフリして逃げたの?」
「見てたのかよ!」
「見てないよ」
「……」
「……」

 そんな会話を二人がしていたことなんて、私はもちろん知らないのだ。

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