三上くんはマジシャン(嘘)
「なんか今日歩き方変じゃない?」
トイレから帰ってくると坂井にそう言われた。そう、たまに痛みが走る。違和感もすごい。
何だか昨日は浮かれて調子に乗ってとんでもないことをしてしまった気がするなぁ。朝に見た三上のアレは凶器のように見えた。アレが中に入ってたなんて信じられない。どんな手品かと思っちゃったもんね。三上ってマジシャンなのかなって本気で思っちゃったもんね。今のはちょっと盛ったけど。
「うん、ちょっと昨日ジムで運動して……」
「あっ!分かった!」
下手な嘘は呆気なく流された。坂井の目がキランと光る。
「三上がとうとう舞子の処女を奪いやがった!!」
さすがクソビッチ坂井、そういうことはすぐ分かるんだな。でもね、そういうことを大声で言っちゃダメなことは分かってくれないんだね……。
「おめでとー!」と手放しで祝福してくれるこの課の皆さんはとってもいい人たちだと思う。すっごく恥ずかしいけど……。
「ちょっとちょっと、来客だから。おめでたいけど静かにしようね」
松永課長の言葉に、初めて課長の隣に知らない人がいることに気付いた。結構イケメン(三上には負けるけど)。あれ、でもあの人どっかで見た気が……
「ねぇ坂井、松永課長に来客なんて珍しいね?」
「んー」
「あの人どっかで見たことない?」
「知らない知らない絶対知らない!」
「え、どうかした?」
イケメンと見れば途端にバケモノに変わる坂井が何故かあの人に顔を見られないよう必死でPCの陰に隠れようとしている。あれ、やっぱり坂井も知ってるみたいだなぁ。うーん……
思い出そうとしすぎて遠慮のない視線を投げかけていたせいか、パチっと目が合った。その瞬間「あっ」と彼が声を上げる。松永課長との話がちょうど終わったようで、彼はスタスタと早歩きで私のところに来た。
「舞子ちゃん!舞子ちゃんだよね?!」
「そうですが……」
「もしかして覚えてくれてない?ショックだなぁ。この前合コンで会った辰巳だよ!辰巳直也!」
「ああ!そうだ!」
そう言えば、三上と付き合う前の最後の合コンでこんな人いた気がする!あの合コンは結構盛り上がったんだ、確か。あれ、それじゃあ坂井も知ってるよね?
「さか」
「智代ちゃん、こんにちは」
「っ!話しかけんな!」
あれ?なんか険悪?私の知らないうちに2人に何かあったのか?珍しいなぁ、坂井がイケメンにこんな態度取るなんて。
「今度、俺のチームとこの会社の企画部のチームが合同でプロジェクトすることになったんだよね。それで総務さんにも色々お世話になるからご挨拶」
「へー、そうなんだ」
「これから毎日この会社に出社してくることになったからよろしくね。毎日会えるよ」
「ふーん」
坂井は無視を決め込んでいた。どうしたんだろうなぁ。
「ところで舞子ちゃん、処女じゃなくなったんだね。残念」
「えっ」
残念?残念?!それはどういう意味?!しかもこの人にもしっかり聞かれていた!恥ずかしい!
「舞子ちゃんのことも可愛いと思ってたのになぁ」
最近の若人は「可愛い」を安売りしすぎじゃないかね?この短期間でこんなに言われるなんて、……え、ドッキリ?
「舞子」
「っ!ドッキリ!!」
後ろから名前を呼ばれて心臓が止まるほどビックリする。三上が来るってことはそろそろお昼か。
「あ、もしかして舞子ちゃんの彼氏?」
「か、かれ?!そ、そうです、彼こそが私の彼氏ですでゅふふ」
「誰?」
三上が辰巳さんから視線を逸らさずに私に聞いてくる。私は彼が合コンで、でも三上と付き合う前の最後の合コンで出会ったことをしっかり強調して紹介した。三上は彼から視線を逸らさない。
「三上?お昼行かないの?」
「行く」
そこでようやく三上は彼から視線を外し、歩き出した。私は辰巳さんに会釈して三上の後を追ったのだった。