堕落した生活 | ナノ



 大丈夫、だったのでしょうか。なにが。その、敷地を出てしまって。母さんは、元からいい顔してなかったからね。同じだよ。キルがナマエに懐くのは母親としては耐えられないだろう。

 なんて会話を交わしてみるが、状況は何も変わらずに毛布にくるまれたわたしは肩に背負われている。

 受付では、一体何が起きているのかわからないような、不穏な雰囲気。美しく飾られた名も知らぬ花の匂いが、高級だと主張するホテルにどうやら泊まるらしい。イルミ様は「コレ」とだけ言ってカードを渡すと、ホテルマンは「コチラになります」とカードキーを渡す。さらりと受け取って、歩き始めると「……って、……だよな。……あの子……」確実に、わたしだ。わたしの噂話だ。そんな状況を一切気に留めていないイルミ様がエレベーターに乗り込んで、少し。驚くくらい大きな部屋に着いた。

「服、買ってくるからシャワー浴びてて」
「そんな、申し訳ないです」
「じゃあ、今日からバスローブだけで生活するの?」

 ……お願いします。と深々と頭を下げて、ドアから颯爽と出ていくイルミ様を見送った。そして、ポツンと1人になると羞恥心と罪悪感が心を支配していくのがわかる。

 どうしてあんなことを、イルミ様と。
 キルアくんは、どうしているのだろう。

 それだけが脳内を支配し、おぼつかない足取りでシャワールームに向かう。毛布を剥ぎ取ると、何一つ纏わない裸体。そしてそれはベタついている。もちろん、それはあれだ。先ほどのことなのに、昔見た夢のような、はたまた遠い記憶のような気がしてしまう。ゆっくりと捻る蛇口、まだ温まりきっていない冷たい水が上から降ってくる。思わず身震いをして、その場から退いてすぐに湯気が立ち込める。

 備え付けられたボディーソープを手に取ると、甘い匂いが立ち込めた。思わず顔を顰めてしまうぐらいキツイ匂いも、出しっぱなしのシャワーが消してくれる。ふと、体中に赤い痕が見えて、これはいつ付けられたんだろう。行為中は、こんなこと……。ああ、強すぎる。フラッシュバックする彼の顔。そして「裏切り」と耳元で囁かれた言葉。頭を激しく振っても全く消えない。触れられた部分が、火照る。

 ほら、またこうやって支配されていく。流しても、流しても、きっとこの水の中で溺れても。死ぬまで支配されて、わたしの記憶を占めていたキルアくんの顔なんて薄れていく。触れた唇が、口内が、体が、どうしても黒に犯されていく。荒くなる息、苦しい呼吸。むせ返るほど甘い匂いが、淫靡な匂いへと変化し体に纏わりつく。

 嫌だ。嫌な体。嫌な女。キルアくん、キルアくん。どこにいるの。どうしてわたしを置いていったの。どうして、何も告げずに――わたしを見捨てたの。



 柔らかなバスタオル、欲を満たすに十分な部屋、物。わたしは、こんなものを必要とした訳じゃない。体で繋ぎ止めたかった訳でもない。ただ、自分の存在価値が理由が、例え後付でも欲しいだけだ。「ナマエ」と呼ばれ、笑顔でそれに応え、「今日も幸せだよ」そう、言って欲しい。あの時と、同じように。

 

 それは、愛なのかさえわからないほど、狂おしく。



 君が生きているなら、それでいい。そう言って死んだ彼の名を、顔をもう思い出させずにいるのは、価値がないからだろうか。それとも、彼をいとも簡単に殺した少年の顔がいつまでも離れずにいるからか。復讐する気はさらさらない。ただ、「アナタは幸せですか」その問いに、答えて。




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