「ごめん、理依哉。先に帰っててくれない? 先生に呼び出されちゃって」

 春が手を重ねながら、桐間に見せると、桐間はあまりにも素直にああ、と言った。春は聞き分けがいい桐間に驚きつつも、呼び出された先生がいる職員室へと急ぐ。授業中、仲のいい男子でゲームをしていたのだが、春一人だけゲームをしているのが見付かってしまった。他のものはうまく隠していて、呼び出されたのは春だけである。いつもなら呼び出されないのだが、ちょうど学年集会でゲーム等の無駄な遊具は持ってこないと決められたばかりだったので、今回だけは厳しかった。
 それにしても、やけに聞き分けの良かった桐間が気になる。やはり龍太に言われたことをまだ考えているのか。たしかに、春はデートしてみたいと思っていたし、龍太の提案は嬉しかった。だが、なにも桐間の忙しい日を裂いてまで行きたいとは思っていない。休日の桐間を独り占めできるのは嬉しいのだが、桐間がデートプランを考えているのを見て、自分が迷惑をかけているのが嫌でしかたがなかった。
 春は複雑の気持ちのまま職員室に向かう。自分から怒られにいくのはどうかと思いながらも、早く事を片付けるにはそれしかないので早足で歩いた。

 春が昇降口につき靴を出そうと手を伸ばすと、桐間の下駄箱が目にはいる。桐間の革靴が置いてあり、まだ残っていることが分かった。待っていてくれたのなら下駄箱にいるはずだし、用があるなら春が言ったときに自分も、というだろう。そのため桐間が待ってくれていたわけではないと思うなんで居るのか気になる。
 春は自然と教室に足を向かわせていた。教室にいるとは限らないが、いないとも言えない。いなくても仕方がないが、居れば桐間と帰れると気分を良くした。
 教室に繋がる薄暗い廊下に着くと、遠くの教室から明かりが漏れているのが見える。あれは春のクラスの教室だ。春は心を踊らせながら足取りを早くしたが、共に話し声も聞こえる。
 まさかまた女の子と!
 春は半分怒りながら教室へ急ぐと、桐間の声がはっきり聞こえた。やっぱり、と嬉しく思っていると、もう一人が男子だということに気付く。女子でないことに安堵するが、男子ということに疑問が出た。最近になって桐間がよく人と話すのを見たが、それは女子だけで男子はあまり見かけない。言うなれば桐間にちょっと興味が沸いたものくらいで、それでもすぐに興味をなくして去っていったので、今、放課後に桐間が自分以外の男子と二人でいるのに驚きを隠せなかった。桐間には申し訳ないが、少しだけ様子を見させてもらうことにする。
 ドアの間を覗きこむと、二人の距離は話しているのか疑いたくなるくらい離れていて、春は必死に聞き入れようとすると、やっと片方の男子の声が聞こえた。

「桐間、だっけ。いきなりだな。俺、別にデートとか考えんのうまくないよ?」

 知り合いじゃない? しかもデートを考えるって?
 相手の言葉でなんとか聞けた言葉が、かなり分かりにくくて理解するのに苦労する。だがよく見てみれば、その男子のほうは学年でも一、二を争う人気者であった。たしか、女子と恋のはなしをしたときに名前が出てきた気がする。と、と…頭文字しか出てこないので諦めたと同時に、肝心の桐間が口を開いた。

「は? お前モテるんじゃないの。」
「誰情報だよ、それー」
「西角とかいう女が言ってたよ。女を喜ばす達人だってね」

 桐間が西角という子の言葉を思い出しながら、ばかにしたように笑う。男は苦笑いしながら困ったように頭をかいた。
 春でも今の状況が分かる。桐間は見知らぬというのに西角という女の情報を信じてこの男から、デートプランを聞き出すつもりだ。そこまでなら、まだ分かるが、お願いする立場なのに上から言う桐間の行動は、違和感だらけである。だいたい桐間というプライドの高い者が聞き込みなど似合わなかった。

「まぁ、別に暇だし考えようかな。参考程度に思って。よし、相手はどんな子なんだ」
「バカ単純単細胞」

 やはりそうくるか、春は聞きなれた桐間の自分への酷い思考に泣きそうになる。たしかにバカは認める、けど単純と単細胞ってなんだ! 春が顔を歪めてみれば、困ったような顔をする男に桐間はでも、と続きを切り出した。

「明るくて元気で、一緒に居て飽きない。優しいし、わがままも言わなくて。いつも、俺に付き合ってくれる。」

 春は聞き間違えなのではないかと思うが、ドアの隙間からのぞく桐間の頬の赤さを見て、現実なんだと思う。すると春は寒かったはずなのに、みるみるうちに真っ赤に染め上がり、しまいにはワイシャツをぱたぱたするばかりだ。勿論、恥ずかしいより嬉しい気持ちの方が勝るが、どうしても顔が火照る。桐間が日頃言わない春への印象は、春を喜ばせるには十分すぎた。

「桐間、その子がすっごく好きなんだな」
「…うるさいよ」

 照れた桐間はそう言いながら、椅子から立ち上がり、彼に近づく。彼はどうやら温厚のようで、そんな桐間にもんくも言わずにデートのコツを教えていた。
 春は教室に入るわけでもなく、ただ桐間のいってくれたことを思い出して、胸を高鳴らせるだけである。








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