今日は清野にとって素敵な1日になるはずだった。会田と二人きりで食べに行こうという話になったからである。
 この間、奇跡的に清野へ課せられた仕事が全て終わり、会田に山積みにされた仕事を手伝い、それもまた奇跡的に一回もミスをせず、会田の役に立てた。清野も嬉しかったが、会田も保護者としてかなり嬉しかったらしくいつもは無表情な顔もかなり緩みながら、お祝いしに行こうと言ってくれたのである。これしきのことで祝いとは嬉しいのか悲しいのかわからないが、清野は会田と食事に行けるのはかなり嬉しかったのだから思わず良い返事をした。
 そんな訳で、清野は待ち合わせ場所に行ったのだが、時間厳守な会田はもちろん清野より先にいる。だが、その手には小さな男の子が繋がれていた。会田さんが男の子を連れているわけないと、清野はスルーしようとしたが、会田を間違えるわけがないと自分の会田好きに掛けてみる。意を消して、会田と思われる人のところに行った。

「あ、あの」
「清野! 良かった、待ち合わせ場所に来れたんだな」

 ほっ、とした顔で清野の顔を見る。俺でも待ち合わせ場所くらい来れるんですからね、と言い返してみようとしたが実際乗り換えで迷ったので言えなかった。
 この人が会田で良かった気持ちはあるが、もう1つ解決出来ていない問題がある。つまりはその男の子であった。

「あ、会田さん。その子迷子ですか? 会田さんったら、ほんと、お人好しで…」
「すまない、説明が遅れた。これはうちの姉の子供だ」

 WHAT? なぜ、その御姉様のお子さんが此処にいるのだろう。清野が首を傾げれば、会田は申し訳なさそうな顔でこちらの様子を伺った。

「本当に申し訳ないんだが、実は今日姉がはずせない用があるらしく、子供を預かってほしいと言われた。小学一年生なんだが、夜まで置いておくのも、と思ったらしい。今日、この子もいたら駄目だろうか。俺も心配なんだ」

 普段見せないような弱った顔に、清野に微かにあった母性本能が働く。
 なんて色気のある顔で聞くんだろうか、こんな顔でお金を貸してくれなど言われたら(貸すほどのお金もないが、借りてでも)すぐさま差し出すだろう。
 清野は会田の問いに、そんなことを考えながら、何度も頷いた。

「全然、全然、いいですよ! 気にしないでくださいっ! 俺相手すんのとか上手くないですが、楽しい場所につれてってあげましょう! どこいきます!? 遊園地とか!」
「あ、ありがとう」
「ねぇ、君! なんて名前なの?」

 テンションが上がっている清野へ若干引きぎみな会田に、清野は気づいていないらしく、男の子に話しかける。つぶらな瞳に、さっぱりとした黒髪は会田にどこかにていた。会田さんが小さくなったらこんな感じかな、と清野はほほえましく思いながら手を差しのべると、舌打ちした声が聞こえる。聞き間違いだと思うと、目の前の男の子は鋭い目付きで清野をにらんだ。

「はぁ? なんでおまえにおしえなきゃなんねーんだよ」

 耳を疑うとはこのことだ。今、目の前の可愛い子はなんといったのだろうか。清野は聞き返す力がなくなる。そして清野のトラウマが甦った。中学二年生のとき小学生五人ほどの男の子たちに、水溜まりへ入れられたことがある。そのことを思い出して固まっていると、会田は男の子の頭を叩いた。

「こら、柚汰(ユタ)」
「心にーちゃんの友達っていうからもっとかっこいい人かとおもったら、じみで目立たないやつだなー!」
「柚汰! き、清野、柚汰はちょっと口が悪くて」
「なーなー心にーちゃん、こんな引きこもりみたいなやつ放ってあそぼうぜ!」

 今時の小学生はやはり怖い、と清野は泣きそうな目元を押さえながら走り出す柚汰に引っ張られ、共にあるく会田の後ろに付く。会田はもちろん清野を気にしているようだったが、柚汰も気になるようで、二人で話すことはなかった。
 結局動物園に行くことになった三人は、電車に乗り込み揺られている。はぐれてはならないと、真ん中に座った柚汰であったがやはりその存在があるかぎり、清野が会田と話す機会はないようだ。
 衝撃すぎて今気づいたが、会田の私服ははじめて見る。シンプルだが、細身に合わせたパンツと、紺のコートが会田のイメージと合っていて、やはりかっこいいと清野は頬を染めた。
(たしかに子供は(怖いけど)無邪気で可愛い。だから、いるのは全然いいんだけど。会田さんを取られちゃうのは妬けちゃうな。)
 清野がちらり、と柚汰を見る。柚汰もその目に気づいたのか清野の腹に、一発パンチをいれてきた。

「う!」
「おいてめー、なんて名前なんだ?」
「ご、ごめん、自己紹介してなかったね。俺は清野咲也っていいます。」
「へー、さくやってのか。よしお前どれい! かばん持てよ!」

 柚汰は言いながら清野の肩に、自分のかばんをぶら下げる。柚汰のかばんは小さいので、清野の体に食い込んだ。その様を見て柚汰は笑い、清野はいじられるとトラウマが復活するのでびくびくと怯えている。会田はためいきをついた。

「柚汰…」
「だってこいついじめたくなんだよー」

 一見会田に似ているなどと思ったことを申し訳なくなる。ついでにこんなにいじめられるなんて、と清野は頭を抱えたくなった。
 そんな柚汰の清野いじりが終わった丁度に、動物園につく。動物園のパンフレットをもらい、柚汰は目を輝かせた。年相応な反応に怖がっていた清野も可愛く思えてくる。

「柚汰くん、何見たい?」
「はぁ? うるせーよ。心にーちゃん、らいおん見たい!」

 相変わらず清野に冷たい柚汰に反応するがすぐに、ライオンか、と会田が清野のパンフレットをのぞいた。清野はそれだけでも、近くに会田が来たことに嬉しく思うが、柚汰が会田を引っ張ってしまうので距離は開くばかりだ。
 とぼとぼと、二人のうしろについていくと、入り口のすぐそこにライオンの檻はある。柚汰が見たいと言ったといえど、清野も動物は好きだったので、はしゃぎながら檻に近寄った。

「見てください、あのライオンかっこいいー!」
「そうか」
「興味ないんですか? わー吠えた、すごーい」

 きゃっきゃ、はしゃぐ清野にたいして、会田は冷静に返す。正直会田は動物には興味がないようで、のんびりと見ていた。柚汰はというと、見たいといったのに何故かパンフレットをみている。お目当てのものがいるのになぜ見ないんだろう、と思っていると、ライオンには飽きたのか歩いて行ってしまう。次は猿が見たいらしい。

「うわー、猿って威嚇するとぶさいくだね。ね、柚汰くん」
「お前のほうがな」
「う」

 酷いな、と言う暇もなく柚汰は走り出してしまう。子供の持久力は並外れいることを忘れていた。清野が目を離してはいけないと柚汰を追い掛けようとすれば、転んでしまう。恥ずかしくなり起き上がれないでいると、脇をもって無理やり起き上がらせられた。後ろをみると、会田が持ち上げてくれたようである。

「す、すいませ」
「怪我はないか」
「はい」

 会田は怪我の確認をすると、手についた土を取り、清野の手をひくと柚汰を追いかけた。そんな会田に、清野は恥ずかしさより嬉しさが増す。転んでよかった、なんて変なことまで考えた。
 ドキドキしながら、ウサギなどの可愛い動物に触れるふれあいコーナーにつく。清野は内心うきうきしていると、会田の顔が青ざめるのがわかった。言わなくともわかる、苦手なようだ。

「会田さん、苦手なんですか?」
「い、いや。入ろう」
「無理しなくていいですよ、死にそうじゃないですか」

 強がる会田を宥めると、柚汰がえ、と声をもらす。清野がその声に反応すると、柚汰はしまったという顔をした。

「どうかしたの?」
「なんでもねーよ! お、俺もこんなところ入りたくねー。おとこがこんなとこに入るのもおかしいだろ」
「えーそうですか。じゃあやめよっか」

 柚汰が行きたくないなら仕方ない、と引き返すことにする。もともと柚汰の希望に沿って行くつもりなので、清野が行きたくてもいかないことにするしかなかった。
 その後回っていても、柚汰は上の空である。走り回っていたのも、めっきり大人しくなってしまった。疲れたのかと、食事をとることにする。相変わらず柚汰の清野いじりは止まらず、ただうろたえるしかなかった。











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