清野咲也視点

 隣にいる会田さんはここか、と呟いた。上を見るのには首がいたくなるほど高いビルを見て、俺は少し怯んだ。
 今日はお得意様の会社に引き続き契約を続行してくれるかの確認で、会田さんと相手会社に赴いた。ここの会社はうちの会社には重要な会社であり、失敗は許されなかった。無礼をはたらいたものなら、俺は速攻くびである。
 なぜこんな大事な役割に俺がいるのかと言えば、会社のパソコンに悪性ウイルスが入り込み、会社員が一生懸命排除していた。その作業は全員居ても、猫の手も借りたいくらいである。そんな日が運悪く更新手続きの日と被ってしまった。会社の情報も大事だが、大事な取引先と縁が切れてはやっていけない。そんなわけで居ても役に立たない俺が行くことになった。さすがに俺だけは不安だったのか、よく世話をしている会田さんと行くことになったのだ。

「会田さん…、俺緊張してきました」
「自然体で行け」

 会田さんは変わらず堂々とした態度でビルへと入り込む。そんな男らしい会田さん、ますます好きになりそうです! 俺も緊張して強張った頬を一度叩いて会田さんの後ろについて行った。
 中に入るとそこには見たことのないくらい広いエントランスが広がっていた。受付嬢はきれいで上品、忙しそうに時間を見る会社員ですら優秀さを感じる。自分が浮いているのではないかと緊張していると、軽く肩を叩かれた。

「やあ、君たちがH社の会田くんと清野くんかね?」

 跳び跳ねそうになる自分の体を押さえて振り返ると、そこには人当たりの良さそうな中年男性が立っている。馬鹿な俺でも分かる、この態度や身なりを見る限りこの人は平社員ではなかった。固まって話せないでいる俺の代わりに、会田さんは普段は見せない笑顔を見せる。

「はい、高田様でいらっしゃいますか」
「いかにも」
「この度は契約続行の手続きに参りました。お時間を頂けますでしょうか」
「もちろん。さあ、そこに掛けて」

 言いながら指されたのは、客が待つようなソファーとテーブルであったが上等なもののようで、革で包まれ黒光りを絶やさなかった。高田さんが座り、どうぞ、と言われたのを境に会田さんと俺は隣同士に座る。隣の会田さんはぴん、と伸びた背筋にシワひとつないスーツを着こなし、この会社にいても違和感がなかった。それとは違う自分に焦りながらも、やはり見惚れる。
 俺が考えているうちに手続きは終わっていた。にこやかにふたりとも握手を交わしている。俺が来なくても良かったのでは、と思うが落ち込みそうになるのでポジティブに。では帰ろうと会田さんが立った瞬間、いままで会田さんを見ていた高田さんの目が俺に向く。何故か嫌な気がして逃げようとするが、そうはさせまいと高田さんは清野くん、と呼んだ。

「はっ、はいぃ」
「ははそんなに畏まらんでくれ。実はね、君に会いたいと言っている社員がいて、もし良かったら会ってやってはくれないか」

 なにか失敗したのではないかと思っていたので、高田さんの話で安心する。だが自分に会いたいなどといってくる人がいるとは意外だ。この会社に足を踏み入れたのは今日が初めてで、知り合いはいない、はずだった。だがもしかしたら、友人がいたのかもしれない。会いたいと申し出てくれるということは、俺と親しい者しかいないだろう。俺にとってそんな友人は片手で数えるほどしかいないし、なによりその友人の中にこんな会社に入れる人など心当たりがなかった。
(…まさか、いや、そんなはずはないよな)
 一人、ある人物を浮かべる。俺の先輩で、高校の時に話したことがあるものだった。その人はここに入るには充分な条件の者である。だが、その人は俺の友人ではなかった。そしてなにより、もう二度と会いたくないと思っているものであった。そんなわけないと頭をふり、高田さんの提案に了解する。高田さんはよかったと笑い、その人に連絡した。
 待っている間高田さんと会話をしていたが、偉い方だとは思えないくらいソフトな性格をしている。リラックスしながら話していると、かつ、と靴が床を鳴らす音がした。

「ああ、来たか」

 高田さんは立ち上がり、彼をソファーへと促す。彼は一度令をすると、にっこり、俺に笑いかけた。

「やぁ、咲也くん。また会えて光栄だよ」

 覚えているかな、わざとらしく言う彼の笑顔には嫌というほど覚えがある。
(うそだろ、なんで…)
 真っ先に頭に浮かべた、会いたくない人物だった。

「は、畠(ハタケ)さん」
「よかった、覚えてたんだ」

 そう白々しく言ったのは、高校で先輩だった畠亮(ハタケ リョウ)さんである。爽やかな色素が薄く短い黒髪に、整った眉と細目、薄い唇が印象的だ。口元にはうっすら、笑みを浮かべている。
 この人は高校では言わずと知れた金持ちで、よく学校には長細い車が迎えに来ていたものだ。俺の高校はけして上品な学校ではない。だが、なにやら校長が畠さんの父親の知り合いで、贔屓するために入れたらしい。そのため畠さんは高校では有名人であった。優しい笑みを浮かべてはいるが、はっきり言ってその笑みが怖い。

「…お久しぶりです」
「うん、久しぶり。あ、そうだ、高田さん。今度からこの会社の担当、僕でいいですよね」

 畠さんは優しく返すと、高田さんにそう言った。高田さんは穏やかに構わんよ、とだけ告げる。俺も会田さんも驚きを隠せなかった。契約をしている会社、一社には責任担当者付く。たとえば今までにうちの会社に高田さんがついていたようにだ。
 だが、それはあくまで上部の選ばれた者だけである。そんな仕事を、いま口約束で畠さんは担当を変えた。そんな事態は信じられない。

「さて、畠君の昔話にみずをさしてはいけないからね。私はしつれいするよ。」

 高田さんは言いながら立ち上がると、近くの女社員にお茶を出すように命じた。すぐにお茶は出され、高田さんはこちらに一度お辞儀をするとエレベーターへ消えていく。
 俺から話を出すことなどできるはずもないし、仕事とは関係ないこの状態で口下手の会田さんが話を持ち出せるはずも無く、二人で畠さんが口を開くまで待った。畠さんは目を細めると、それを期にお茶を進める。

「ありがとうございます」
「いえ、遠慮なさらないで。それより貴方は…」
「会田と申します。清野の…」
「保護者ですね」

 会田さんが言葉を濁すと、畠さんがからかうように笑った。会田さんも愛想笑いなのか、まあ、とだけ言って口を緩ませる。
 そこまでしたら、ターゲットを変えるかのように、畠さんは鋭く俺を見た。

「今日来る人の名前を聞いて驚いたな、まさか咲也くんがお勤めしてる会社と僕の父の会社が繋がっていたなんて」
「はは、本当ですね、はは」

(今父の会社って言ったよね、言ったよねこの人ー!)
 だから簡単に担当を変えたり出来たようだ。よく考えてみれば、畠さんのように若い新人が高田さんに命令できるはずがない。さすが権力社会、俺は目眩しそうになり苦笑いしか出来なかった。

「あ、そうだ。これ僕の連絡先。これからは携帯変えたら教えてよ。あれ結構ショックなんだから」

 ぎくっ、となる俺に畠さんは寂しげに言う。俺が頷くと満足げに、笑みを深めた。畠さんの言葉に、会田さんがこちらと畠さんを交互にみる。なにか言いたそうな顔であったが、それを聞くことはできなかった。

「あ、もう会社に戻らないとまずいよね。引き留めちゃってごめん。」
「あ、いえ…。では、しつれい、します」
「うん。じゃあ会田さん、咲也くんをよろしくおねがいします」

 畠さんの言葉に、会田さんが曖昧に返事をすると畠さんは席をたつ。俺と会田さんはそれを見送り、畠さんの会社をあとにした。
(なんでよりによって、畠さんなんだよー!)
 俺は会社に戻る間、ずっと泣きそうになる。その時会田さんは、何も言わずに隣にいた。







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