気づかないでいたのはわざと
「………またやっちまった…」
目覚めて開口一言目。自己嫌悪をえらく含んだその呟きに、目の前の男が怒りで眉をぴくぴくと動かしたのが見えた。
「分かってるならなんでわざわざあの名前を呟いた。バカかお前は」 「うるせぇバカじゃねぇよ。まさか倒れるとは思わなかっただけだバーカ」 「あいつがお前に接触しようとしたのはあれが初めてじゃねぇだろうが!アレ持ってんだったら名前呟いたら接触してくることくらい想定しろ!」
バーカと口にしながら唇を尖らせてみたものの、何故か怒鳴られた。お前に説教される云われはないはずだぞ、ルーク。
そう俺は今、ルークと口喧嘩をしている。地核で再び倒れて二日目、次に目覚めた時にはベルケンドのベッドの上だった。そして何故かそのそばにはルークの姿しかなく、状況が全く掴めない俺が現実逃避に放った言葉が冒頭のアレだ。
「最初に倒れた理由は」 「第五音素の過剰接触」 「…二度目の原因は分かってんだろうな」
第五音素の過剰接触については何も聞かないのか。こいつ絶対何か知ってるな。そして再び問いかけられた言葉に、答えてはいけない気がした。だってそれが俺の正体の答えになるから。
けれどどこか確信を持って問われてるということは、ルークにはバレているということか。
「………あー…、ローレライの干渉による過剰な第七音素の吸収ってところか?…おかしいな、コンタミネーション現象起こすほど第七音素を消費した覚えはねぇ」
心底分からない、と顔を顰める。それの何が癪に障ったのだろうか、ルークが顔を引きつらせながら怒鳴り声を上げた。
「各地のパッセージリング起動するのにどれだけ超振動使ったと思ってんだ!俺が気付かないとでも思ったか、この屑が!」 「なんだ、気付いてたのか。そんでなんだ?心配してくれた?」
にやにやと笑みを浮かべてルークの顔を覗き込む。そんな俺の表情を見て、うっと言葉に詰まったルークがそっぽを向いた。なんだか少しだけ勝った気分だ。説教されている時点で随分と俺の立場が下になっている気がするけれど。
「で、お前は俺の正体に気付いてんのか?」 「……言って欲しいのか」 「いや。どちらかと言えばノーだな」
複雑そうな表情をして、ちらりと一瞬だけ視線を向けてきたその態度に。あー、これは知ってるなと確信を持った。だからくすくすと笑いながらその問いには拒否を示した。そんな俺の態度を見て何か言いたいのか、ぱくぱくと口を何度か開けたり閉じたりを繰り返している。けれどそれは言葉になることはなく、大きなため息となって口から飛び出すだけに終わった。
「どこまで契約した」 「…うーわ、そんな話どこから聞いたんだよ。盗聴か?こわー」 「ローレライに決まってるだろう。地核でお前が気を失ったおかげで俺に接触してきた」 「げ、マジか」 「……お前の顔で泣きつかれたときにはどうしようかと思ったが」
他の連中には気付かれないようにだったがな。と続けられた言葉にどことなく違和感を感じた。なんでわざわざ密談するような態度を取ったんだ?ジェイドあたりなら異変に気付きそうなもんだけど。
首を傾げて、そう告げてきたルークを見るが詳しいことは何も言わなかった。
「ところでさぁ、一つだけいいか?」 「なんだ」
なんだってこんな穏やかにルークと会話しているのか。考えてみただけでもとてつもない違和感を感じる。ルークが普通に返事を返してくれるだなんて思いもしなかった。いや、そもそも普通に会話しようと思ったことがなかったかもしれない。[前]は別にして。
「[ルーク]の記憶持ってる?」
その言葉が何を意味するのか、分からないルークではないだろう。その証拠に一瞬息を飲んで僅かに目を伏せたその変化。暫くして、躊躇うように「ああ」と肯定が絞り出された。
「やっぱりか。ってことは[ルーク]の記憶がそっちに持ってかれたときに無理矢理引き剥がしたのか?なーんか記憶が曖昧なんだよなぁ…」 「そのあたりはローレライに聞け。俺は知らん」
ふいっと逸らされた視線に苦笑する。ちょっとだけ意地悪してやろうかな、という気になった。
「俺が[ルーク]じゃないから?随分ひでー態度だなー。俺だってお前のレプリカなのに」
意地悪く口角を上げながら、少しばかり自傷気味に笑う。弾かれたようにルークが振り返り、俺を見据えてきた。キッと睨まれたその目を見るが、全く怖くない。ぜーんぜん怖くない。
「誰もんなこと言ってねぇだろうが!」 「怖い怖い。分かってるっつーの」
怖いとは全く思ってないけれど、肩を竦めて宥めるように言うけれど。ルークの怒りは収まらないようだ。あー、煽りすぎたかもしれない。未だにベッドの住人になってる俺に殴りかかってくるような真似はしないと思うけど、さすがに。
ぼすん、と音を立てて枕に背中を預ける。その音にはっとなったルークの表情から少しだけ怒りが消えたのが見えた。
「そもそもローレライ解放の記憶がない時点でおかしいとは思ったんだよな。その証拠にパッセージリングで言われた。今度こそ解放して見せろ、ってな。つーことは、ローレライ解放する前に音素乖離を起こして消滅したってとこだろ」 「それこそローレライしか知らないだろう」 「まさか。知ってるはずだろ?だってお前が時間を巻き戻したんだから」
指摘してやれば、分かりやすくルークが反応した。ぴくりと動いた眉はそれっきり動くことはなかったけれど、その一瞬の反応が肯定を示してる。本当、俺と一緒でルークは分かりやすい。
「大爆発後、ローレライと契約しただろ」 「……何で気付いた」 「ローレライの鍵が二本あるから。気配で分かるんだよ。持ってんだろ、お前」
言わなかったのはわざとだ。出す素振りも見せなかったから、気付かない振りをしていた。それにしてはルークの態度がおかしいと思っていたから、ルークが知らぬうちにローレライが持たせたんだろうと思っていたけど。ここ最近のルークの態度を見ていて、そう確信した。
「……その通りだ」 「お、やけに素直だな」 「今更隠しても仕方がないだろう」
諦めたように、ルークが息を吐いた。どうやら俺の考えは当たっていたらしい。どこか遠い目をしながら吐き出された息に、ローレライとの間に何があったんだと思わず聞きたくなってしまった。
「条件はお前を死なせないようにすること。ただアイツ、俺だけだと不安だとか抜かしやがった」 「そりゃそうだろうよ。専門的な知識が欠けてんだから」 「……悪かったな」
ローレライ、どれだけ俺に対して過保護なんだと言いたくなった。時間を撒き戻す代わりの条件がそれだけって…それでいいのか、と言いたくなった。
「結果、俺だけじゃなくジェイドやナタリア…ティア、ガイも同じ状況だ」 「………ははは…、ローレライのやつ、関係者全てを巻き戻しやがったな…」 「どうした?」 「いや、別に…ちょっとした現実逃避だ…」
ルークが[戻っている]と感じたのはそのメンバーだけだったんだろうけど。俺はそれ以外の人間も[戻って]きていると知っている。だから現実逃避したくなった。ローレライは音素の意識集合体だから、人間関係には疎いのだろう。どこからどこまでが関係者に該当するのか、分からなかったのかもしれない
それにしたって、大勢巻き戻しすぎだ。ピオニー陛下やアスラン、インゴベルト陛下、ジョゼットあたりならまだ分かる。キムラスカ上層部まるまるとマルクト軍部まるまるとか必要ねぇだろ。何考えてんだ。
乾いた笑いだけで済ませて、その真相は口にしなかった。言ったら言ったで、なんだかルークが怒る気がしたからだけど。まぁそのうちバレるだろうけどさ。
「…[アイツ]の場合、大爆発の影響で完全な形で戻すことは出来ないと言われた」 「そりゃお前に取り込まれた状態じゃ無理だろうな。[ルーク]か[アッシュ]か、どっちかしか戻れねぇだろ。無理矢理引き剥がせば[アッシュ]が消滅するだろうし、[アッシュ]を戻せば[ルーク]の音素は取り込まれたまま戻ってこれない」
シンクやイオンが完全な状態で[戻って]これたのは、被験者と完全同位体じゃなかったからっていう一点なんだろうな。これがもし完全同位体で、大爆発を起こしていたとしたらきっと不可能だったはずだ。
「大爆発の途中で俺が拒否した記憶だけ[戻した]と、アクゼリュス崩落の時に言われた」 「……ん?そういやお前、その前まで記憶なかったよな?」 「お前がコーラル城で超振動使って飛ばしたせいだ!」 「…おー、あれのせいか…」
第七音素の干渉のせいで記憶が閉じ込められていたらしい。それは随分と悪いことをした。まぁ後悔はしてないし、これっぽっちも悪いとは思ってないけど。全く悪いと思っていない俺の態度に気付いたのか、ルークが深いため息を吐いた。
「感情も伴わない、中途半端な記憶しか持ってねーなら、やっぱり[ルーク]は名乗らなくて正解だったかもなぁ…」
ぽつりと、唐突に思い付いたことを口にすればなんとも言えない気まずい空気が室内を漂った。俺のその独り言のような言葉に何を思ったのか、ルークは特に何も言葉にはせずにただ視線を逸らしているだけだった。
補足
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