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久しぶりのゆっくりした休日。仕事も特になく、あっても焦るものでもない為わざわざ手を伸ばす必要もない。



「…で、家か?」

「のんびりしない?その方が」


柴崎のマンション。もう何度目か。だがいつ来ても変わらないその空間にホッとするのも事実。



「まぁ、落ち着くな」

「ほらね」


外へ出て…や、遠出をして…、なんてことはしない。柴崎が烏間にどうしたい?と聞かれた時、彼は迷わずじゃあ家に来て、と言ったのだ。



「最近ずっと仕事仕事仕事だったでしょ」

「そうだな」

「だから、ゆっくり過ごしたいなって思って」


烏間の背中を押して家の中へ。ソファへ座らせる。



「何飲みたい?」

「コーヒー」

「ん。待ってて」



キッチンの方に向かう柴崎の後ろ姿を見て、目をそらしてソファに背中を預ける烏間。こうして過ごすのは何度もあるが、最近は忙しくてなかった。時間もなかなか取れなかったと言うのもある。たまにはこういう時間も必要か、と思いながらぼんやりと宙を見ていた烏間。そんな烏間を柴崎は上から覗き見下ろした。カップを二つ持って。




「烏間、どうしたの」

「…いや、なんでもない」

「そう?…はい、コーヒー」

「あぁ、ありがとう」


手渡すと柴崎も隣に座る。苦味のあるコーヒー。



「柴崎の淹れるコーヒーは美味いな」

「特別なこと何もしてないよ。普通に淹れてるだけ」

「だが俺とは全然違う」

「ふふ、烏間の淹れたコーヒー、俺は好きだけどね」


湯気立つコーヒー。熱くてゆっくり飲まなければ火傷をしてしまう。隣でコーヒーを飲む柴崎を見て、怒濤の日々の中での唯一隣に居て寛ぐことが出来る相手だな、と目を瞑り口元に小さく笑みを浮かべた。




「ねぇ烏間、聞いてもいい?」

「?…あぁ」


互いにカップを机の上に置く。柴崎は一拍置くと、また口を開く。


「…烏間は、俺が一番安心できる人だよ」

「…!」

「…俺はそうだけど、烏間はそう?」

「柴崎…」

「ちゃんと、烏間が安心できる場所になれてる?」


少しだけ、不安そうに聞いてくる。それが可笑しくて、愛おしくて、近くにあった柴崎の手を優しく握った。



「なれてる」

「……」

「隣でコーヒーを飲むお前を見て、唯一寛ぐことの出来る相手だと思ってたとこだ」


そう言えば、驚いたような反応をして、いつものように笑みを浮かべた。



「…そっか」

「あぁ…。…心配だったのか?」

「…少しだけ。ずっと一緒に居たけど、…その、」

「?」



少し口籠る柴崎。それに傾げる烏間。言いにくい事でもあるのだろうか。




「…こういう風になってから、…少し考えてて…」

「……」

「烏間とそうなれたのは嫌じゃないけど…。…嫌じゃないからこそ、気になって…」


重荷にもなりたくない。守られるだけなのも嫌だ。前と変わらない、背中を任せられる関係でいたい。根底を変えたくないのだ。

そして、自分を支えてくれて寄りかかれる場所になってくれているのは十二分に伝わる。だからこそ、自分はちゃんと同じようになれているか。この関係になってから、前とどこか変わるのは嫌なのだ。前と変わらず、そこに新たに何かがプラスされるなら良い。マイナスになるのは、嫌だった。


そう言う彼に今度は烏間が驚く番だ。だがこれは喜ぶべき事なのだろう。不安をなかなか見せない彼が口にした不安。しかもそれは己に関する不安。溜め込む癖がある柴崎。それをしなかったのはとても喜ばしい事だ。


烏間は視線を少し下にする柴崎との距離を縮めるとその体を優しく抱き締めた。







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