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「…烏間?」

「大丈夫だ。何も変わらない」

「……」

「今までと変わる事があるなら、それはやっとこんな風に柴崎に触れられる事だ」

「…!」



年を重ねて、一緒にいる時間が多ければ多いほど心の内で互いが互いに特別感がある事を知った。そして次第に、相手に対して秘めた気持ちを持ってしまった事も。


ずっと隣に居た。途中別々になっても、殆ど共に居た。だが、伝えなかった。なんとなく、お互いがお互いにかける想いに気付いていても。


柴崎は自身の過去もあってなかなか踏み切れなかった。それを烏間は知っていたし、尚且つ踏み切れない理由が「自分を想うせいで不幸にさせた。なら、そう簡単に自分は幸せになって良いのか」だ。その理由で踏み切れなく悩む柴崎の重荷にはなりたくないと思い、伝えなかった。




「ずっと伝えられなかった気持ちを伝えた。…やっとこうして触れられる。変わった事は、それだけだ」

「烏間…」

「これからだって俺はお前に背中を任せる」


体を離して顔を見合わす。


「…だから、大丈夫だ。何も変わらない。ちゃんと柴崎は俺にとって唯一息が付ける場所だ。それも昔から変わらない」

「そっか…。…安心した」


目元を緩めて笑う柴崎を見て、烏間も表情を緩めた。



「たまにそうやって口に出して言え」

「え?」

「柴崎は溜め込む癖がある上に口に出さない。…もっと頼って良い」

「今までだって十分言ってきたけど…」

「あれでか?」

「あれで」

「なら、もう少し頼る練習をしないとな」

「え…」


少し固まる柴崎。それに烏間は小さく笑み浮かべた。



「柴崎からなら、いくらでも頼られてやる」

「っ」

「自分が大切だと想う人の頼みを聞いてやりたいと思うのは当然だ。柴崎だってそうじゃないのか?」

「そりゃ、そうだよ。烏間からの頼みならいくらでも聞くよ」

「同じことだ」

「あ…」



烏間が相手に思うことは自分が相手に思うこと。互いが互いに大切な人だと想うからこそ、そうしたいと生まれる気持ち。

烏間は目の前にいる柴崎の頬に片手を添える。



「今まで色々と悩んで苦しんだんだ。…これからは、幸せになるべきだ」

「……なら、」


頬に当てられるその手を取り、握る。



「この手、離さないで」

「…!」

「…じゃないと、もう幸せになれそうにもないから」


烏間は握られる手をそっと握り返した。



「…離さない。約束出来る」

「…うん。俺も離さない」

「なら…俺の幸せは、柴崎がそばに居ることで叶うな」

「ふふ」



引き寄せ、額と額が触れる。互いの手から伝わるぬくもり。少しだけそれに力を入れた。それに気付いて柴崎は閉じていた目を開ける。目と目が合う。烏間は額を離すと柴崎の耳元に唇を寄せた。こそばゆいそれに少し身を捩る。




「……触れても良いか?」

「…っ」


少しだけ上がる肩。耳元から離れた烏間。鼻と鼻が触れ合う距離。握られていた手は離れた。柴崎は烏間の頬に手を当てて、その距離で呟く。



「……良いよ」




それに一つ小さく、小さく、笑いを零すと、もう逃げないように抱き締めて口付けた。

触れて、離す。互いに笑みを零すと、再び重ねた。






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