「…なんで?」
「なんでって、烏間に呼ばれたから」
「へ…?」
「あれ、あ、そっか!これサプライズだもんな!」
「柴崎は知らなくても無理ないぞ。なんせ俺たちはみんな烏間に呼ばれて集まったからな。でも本当におめでとう、柴崎。烏間と末長くな」
「え、あ…宮野さん…ありがとう、ございます…」
って、いや待て。
烏間に呼ばれて集まった?
サプライズ?
知らなくても無理ないぞ?
柴崎は押し寄せてくる謎の波に頭を抱えそうになる。
一体何がどうなって、なんでこうなって……ていうかだったら今日のこれは一体いつから練られていたというんだ?
と、そこまで考えてみても何にも知らないのでなんの答えにも行き着かない。
「志貴、母さん嬉しいわ…本当に、烏間くんから連絡を貰った時はね、嬉しくて嬉しくて、っ是非協力するわ!ってもうこの日が待ち遠しくって!」
「待って、待って、俺まだ何にも分かってない」
「…ないと思うけどさ、惟臣さんに泣かされたら絶対言えよな。絶対だかんな」
「待ってってば、待って。え?烏間から連絡が行ってた?」
「そうよ。貴方のために、形に残ることをしたいからって。ふふふ、もう、本当に愛されてるわね、志貴ったら!」
「なにそれ初耳なんだけど!?」
「だってそりゃ、サプライズだからじゃん」
「そうなんだろうけどさっ!」
「休日を潰させてすまない」
「何言ってるの。貴方からあんな連絡を貰ったなら受けないわけがないでしょう?ね、忠正さん」
「あぁ。それに、昔を思えばこんなこと、お前がするとは思わなかった。…すべて彼のお陰だな」
大事にするんだぞ。そう告げられる父、忠正からの言葉に烏間は浅くその首を縦に振った。
そうして軽く辺りを見渡して、今は丁度あの卒業生たちとイリーナに囲まれている柴崎に目を止めた。
「…父さんが母さんを好きなった理由が、今になって少し分かる」
「なんだ、藪から棒に」
あれは、花束だろうか。受け取ると言うよりも、渡されて押されてと言う感じだ。しかし驚きながらも笑っている柴崎を見ると、やはり今日のこれはやって良かったと思える。
イリーナは相変わらずだが、彼女に至っては仕事で度々会う機会があるため久々な感じは全くしない。
顔を合わせれば柴崎を連れて来い、柴崎は何処と。口を開けば彼のことばかり。あれじゃあ付く人も付かないというやつだ。
来る理由にしたって「あんたの為じゃないから。シバサキの為に私は行くのよ!!いいっ?そこ勘違いしないでよね!?」と声高らかに思いを主張して来たので、分かった分かったと受け流したのも今や少しの思い出話だ。
「柴崎も、俺に多くのことを感じさせてくれた」
「……」
「だがそれはこれから先もそうなんだと思う。過去14年間がそうであったように」
揉みくちゃにされて、久々に会うからか彼等は柴崎から離れたがらない。
中には初めて会う柴崎の母に挨拶をしている者もいたり、弟である雄貴と談話をしている者もいるが、やはり多くは彼の元に集まっている。
あそこを出て、もう次の年の三月で一年となる。だがそれでも、彼の慕われ具合はあの頃から変わらない。
「父さんから見て、俺は変わったか?」
「…驚く程にな。しかし、それはとてつもなく良い方向にだ。だから私は彼に感謝をしているよ。お前をここまで心豊かに、そして表情豊かにしてくれたことにな」
「…そうか」
こうして、柴崎との先の人生を此処で誓えたが、きっとこの先は今までと変わらない。また今日と同じように、けれど今日とは少し違った明日を生きる。
毎日が飽きることはないだろう。彼と共に過ごす毎日に、きっと飽きは来ない。それどころか毎日が明るくて…続く日々の中で生まれる悲しみも嬉しさも、辛さも、幸せも、共に分け合って生きていくのだと思う。
「惟臣さん」
「、」
掛かる声に烏間はそちらへと顔を向ける。そこには少しだけ、不貞腐れたような。しかし真剣な目をした雄貴が立っていた。
「…兄貴のこと、よろしくお願いします」
「、…あぁ、勿論」
「それから、」
「?」
グッと拳が握られる。これは、一発来るかもしれない。
構えるべきか、構えざるべきか。
烏間は少しばかり悩むも、次に発せられた言葉にその悩みとやらは遠くへ飛んでいく。寧ろ抱くことすら杞憂だと言わんばかりであった。
「っ、結婚は俺まだ認めてなかったんですけどね!!」
「悪いな。だがこれも柴崎が望んだことだ。俺はあいつの願いはなるべく全て叶えてやりたい」
「気持ちが分かるからこそ否定出来ねぇ俺も居るのがめっちゃくちゃ辛え…!!」
くっそ…!兄貴の幸せと結婚…っ!天秤に掛けらんねぇ…!と。本気の声で言っているので恐らく、彼の中では本気の話なんだろう。
だが此処でそれをツッコミという形で言うには大分と憚れるので、敢えてそこを烏間はスルーした。
多分此処で色々と入れると、また色々と面倒なことになり兼ねない。
今の関係性を維持するためには、人間余計なことは言わないが世の鉄則である。
しかしだ。一体 "彼" はいつになったらあの存在に気付いてくれるのか。一時の騒ぎに乗じて行ったは良いが、まさか此処まで気付かれないとは思わなかった。
烏間は軽く首の後ろに手を掛けると、さてどうしたものかと思案する。
するとだ。なんと運の良いのか、彼の方からこちらへとやって来てくれたではないか。
「もう…烏間ってばいつの間にこんな計画立ててたの?」
急なことですごいびっくりしたと。そう話す柴崎だが、元はサプライズでもあるのでびっくりはある意味大成功と捉えられる。
しかしまさか、烏間自身も卒業生達のほとんどが来てくれるとは思ってもみなかった。
連絡は磯貝と片岡だけにし、無理のない範囲で回してもらっただけだ。だが見たところ本当にほとんどの、久し振りな顔振れを拝むことが出来た。これも偏に元クラス委員長だった磯貝と片岡の人望と、柴崎の人望とが合わさった結果だろうと烏間は推測する。
「なくても良いが、あったら嬉しい」
「え?」
「その話をした翌日だ」
「…嘘、本当に?そんなに経ってないよ?一週間か二週間じゃない?」
「本当だ。あと、ついでにそろそろ気付かないか?」
「?何が?」
「………左手」
「左手?」
そう烏間に言われてから、柴崎は花束を抱く腕を右腕に変えては、左手に目を落とした。刹那、え…という小さく、それでいて短い声が彼から零れる。
柴崎の瞳が揺らぎ、左手のある指と、烏間とを交互に見遣る。そんな彼に小さく窃笑した烏間は、彼の左手を、彼もまた左手で取った。
「本当は随分前から、いつ渡そうかと考えていたんだ。…そんな中で、今日が一番最適な日だった」
左手の、薬指。そこに嵌る一つのリング。エンゲージリングとも、マリッジリングとも取れないが、それでも烏間から柴崎へ、唯一無二の指輪だ。
シンプルなシルバー。
柴崎の白く、男性にしては細い指に収まるそれと、烏間の頼もしい、しっかりとした指に収まるそれと。
二つは確かに今此処に存在していて、きらりと美しい光を放っている。
「……全部一人でする」
「此処だけは譲れなかった。…だが、」
取る左手とは逆の手で、烏間は柴崎の頬へと手を伸ばす。そうして再びと募ったひと雫を、彼は優しくその指の腹で掬った。
そのまま柔らかく頬を包んで、瞳を揺らす柴崎に向けてひどく優しい、鍾愛の色を滲ませた瞳を向けた。
「喜んで泣いてくれたなら、本望だ」
「っ、馬鹿」
「ふ、悪い」
「本当に馬鹿、喜ばないわけないでしょ…っ!」
もう〜、今日はずっと烏間に泣かされてばかりだ…っ。
そう言って浮かんでくる涙を拭おうとする柴崎の手を止めて、その溜まり行く涙の一つ一つを烏間が指の背や腹で受け止めていく。
「大体、何で指の号数が分かるの…っ?測られた覚えないのに…っ」
「一言で言えば、触った感覚で分かった。結果は予想通りだったが、嵌めてみればピッタリで安心したがな」
「…え、すごい。ちょ、ちょっと俺も烏間の指触らせて。何号か言わないでね、当てるから!」
「っ、ふ、はは…っ、そこまで真剣にならなくてもいいだろ?」
「だって、烏間一人が分かるなんてずるい」
指輪取っていい?
左が良いのか?
んー…じゃあ右で良いや。
なら、ほら。
んー……、…ん?…うん………えぇ?
くく…っ、ほら、頑張れ。
え〜…、…んー…。
そんな会話をして烏間の指の号を触って測ろうとする柴崎に、烏間は終始優しい目を向けている。
その光景を見ていた元生徒達と雄貴と、そして香織に烏間の両親はあまりに和やかなで、幸せな色を見せる二人の姿に心の奥が温まる感覚を覚えた。
そこで雄貴はふと、先程の柴崎の姿を脳裏に浮かべる。そうして繋がった光景に、彼は堪らず小さな笑みを落とした。
「…実はさ。まぁ、お前らも知ってるかもしんねぇけど、兄貴って本当に泣かねぇ人だったんだよ」
唐突に始まる雄貴の話。けれどそれに耳を傾けない者はそこには居なかった。
思えば雄貴の口からこうして彼の兄、柴崎についての話を聞くのは卒業生である彼等にとっては初めてのこと。
身内から見た彼の姿に、少なからず興味が湧いたのも耳を傾ける理由の一つだ。
「親父が死んだ日も、ずっと一人だけ泣かなかった。俺や母さんを優先させて、あの頃から兄貴は頑張り屋の、我慢強くて、強い人だったんだ」
けれど葬式を終えた夜。偶々夜中に目が覚めた当時六歳の雄貴は、当たり前に真っ暗な外の様子に心細くなり、一人ベッドから這い出て一階へと降りた。
下に行けば、母か兄か、どちらかでも居るのではないかと思ったのだ。
すると案の定、二人のどちらかが起きていたのか、リビングは明るかった。それに安心した雄貴はリビングに繋がる扉の取っ手に手を掛け、ゆっくりとそこを開けた。
「…その時にさ、兄貴の姿が見えたんだ。ソファに座ってた。俺はあの頃まだ六歳で幼かったから、兄貴の姿に安心して、駆け寄ろうとしたんだよ」
「駆け寄ろうとした…?」
「おう。…でも途中で足が止まったんだ」
あの時、柴崎は一人リビングにあるソファに腰掛けていた。そうしてたった一人、生前の父が写っている四人の家族写真を眺めていたのだ。
それを知った瞬間、雄貴は幼いながらに踏み止まったのだ。邪魔をしてはいけない。今、駆け寄ってはいけないと。
「あん時、俺兄貴が泣いてるのかと思った。でもさ、なんつーか…。頑固なのか、意地なのか、そん時の兄貴も全然、泣いてなかったんだよな」
けれど今になって思うことは、あの時の兄はきっと…心の中では大粒の涙を流して、泣いていたということ。
心配を掛けないように、周りの、自分と母のために…胸の奥を軋ませながらも我慢をしてくれていたのだと。
あの頃は気付けなかった。理由を付けるなら、まだ幼かったから。だが本当に、こうして成長して当時を振り返ると思うのだ。あの頃から兄は、
「我慢強い人だって、本当よく思う。でもさ、そんな人の涙を…」
雄貴の目が烏間の姿を映す。そうして少し、悔しそうにして彼は笑った。
「惟臣さんは、簡単に流させてやれるんだな」
頑なだった。頑なに、兄である彼は泣かなかった。けれど今はどうだろう。嬉しさで泣いて、喜びで泣いて、今は愛するあの人の側で彼は笑っている。
幸せそうだ。あんな風に、心からの笑みを浮かべて、誰かに凭れている兄の姿はその側に烏間がいるからこそ見れるものだ。
嬉しいような、悔しいような。複雑な心境が雄貴の胸の中を渦巻く。けれどどちらにしても、烏間の隣で笑う柴崎の姿を知ると、ついつい、悔しくても笑みが浮かぶのは仕方がなかった。
香織はそんな雄貴を少し見上げてから、柔らかな笑みを浮かべる。そうして彼女もまた、前方に見える烏間と自身の息子、柴崎へと目を向けた。
「でもこれをクリスマスイブの日にするんだから、烏間くんは余程志貴のことを大事に、大切に、そして心から想ってくれているのね」
だってこんな日、何年たっても忘れられない。ただでさえクリスマスというだけでも世の中は浮き足立ち、少しばかりお祭り騒ぎを始め出す。
そんな中で、聖なる日に、聖なる誓いを立てる。
息子である彼が思わず泣くのも無理はない。
そう思うと、香織は烏間の隣で幸せに笑う柴崎の姿を見てはほんの少し、その瞳を優しく濡らした。
「おめでとう、志貴、烏間くん」
どうか彼等に、彼等の未来が、幸多からんことを。
「(あぁ、本当に、あの人にも見せてあげたい)」
義彦さん。貴方の息子は今、愛する人の隣で本当に、幸せに笑っていますよ。
見えていますか、あの子の笑顔が。あの子の隣に立つ、烏間くんの姿が。どうか祝福してあげてね。
香織は窓の向こうに見える青い空を見上げては、眦を柔らかくし、その頬に一筋の涙を伝わせた。
「柴崎ー!烏間ー!記念写真記念写真!」
「えぇ、撮るの?」
「あったりめーだろーが!こんな記念を取らずにお前何撮んだよ!」
「カメラ持参か…準備が良いな」
「おっ、褒めてる?褒めてる?」
「特には」
「おい!!!」
「ほらほら!そこの子達もみんなおいで!そこの女性と、あと烏間のご両親と柴崎のご家族も!」
タイマーセットに走った赤井は準備万端にした後オンにする。みんなに急かされながら戻って来た彼は滑り込みで花岡の前へやって来る。そうしてこう声を掛けた。
「せーっの!はいっ!」
「「「「チーーズ!!」」」」
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