舌っ足らずの愛したがり 2


塗れば塗ったところからムヒ特有のメンソールの香りがする。段々とヒリヒリして来てそれがまた刺激となりいっそ気が済むまで掻きたくなったのは柴崎だけの秘密である。



「お前の企んだ一夏のなんとやらは終わったな」

「残念、まだ始まってもいない…」


だってあの子は烏間の従甥に会えていないのだから。あぁ本当に、どうして宿題なんてものをこんな時期にまで残していたのか。今頃は泣きべそをかきながら、母の監視の元せこせこ宿題に手を付けているのだろう。今回に関しては柴崎も味方にはなってやれない。せめて来年からは計画的にしなさいと叱り役になるくらいだろう。



「それで話にあった子は?俺まだ会ってないんだけど」


てっきり行きも一緒に行くのかと思いきや何故か祭り場所で合流するとの話を烏間からされた柴崎。なので彼はまだ話していた例の烏間の従甥には会えていない。なんなら特徴も名前も何も知らないためその子が迷子になっていても探してやることすら出来ない。

もう此処に来てるの?そんな問いかけと共に柴崎が烏間の方を見ると、何やら彼は遠い目をして、しかし実に面倒臭そうな色は滲ませていた。



「…話のついでにこっちも予期せぬハプニングとやらを教えようか」

「え?なんかあったの?」


しかも予期せぬハプニングってなに。そう思い問うた時と烏間の眉が嫌に顰まるのとがあまりに同じタイミングだったため、柴崎は彼が向ける視線の先に同じよう顔を向けた。



「よ!こんな所にいたのか惟臣っ」

「あー!惟臣兄ちゃんだ!」

「俊、俊。あいつはもうおじさんだぞ」

「え、そうなの?」

「俺より年食ってる奴が馬鹿抜かすな」

「今年も切れ味抜群だな。来年も宜しく」

「交流があればな」

「冷た!」


とてもフレンドリーに話し掛けてくる一人の男性と、一人の少年。恐らくあの少年が烏間の話していた従甥なのだろう。ということはその子を連れてやって来たあの男性というのは…。



「初めまして。烏間拓巳です。ちなみに今年で33歳の結婚7年目です。まさか惟臣の連れがこんなに整った方とは思わず本当はさっき二度見したんだけど間違いじゃないみたいだから話し掛けてしまってさ。ところでお兄さんお幾つ?こいつと同じ?」

「えっ、と…」


従兄弟、の割には烏間とは全く毛色の違う性格をしている烏間拓巳(33)既婚者。名字が同じということは烏間の父の兄か弟の子という事になる。しかし中身があまりに似ていないので、もしかするとこの人の母親がこういう明るめでフレンドリー(?)なタイプの性格だったのかもしれない。と、柴崎は拓巳に話し掛けられながらそんなことを考えた。

次いで現状を詳しく話すととても自然に手を取られ、柴崎が石に腰掛けているためか上体を屈めて彼は拓巳に目線を合わせられている。顔付きは烏間家系に似たのか柴崎の隣に座る彼と何処と無く、ほんのり似ている気もしない。

つまりなにが言いたいのかというと、中身は母親寄りの外見は父親寄りな人っぽい。が、拓巳に抱いた柴崎の推測からくる第一印象だった。しかしご丁寧に挨拶をされたならそれにはきちんと返事を返さなければならない。柴崎は今も笑った顔を向けてくる拓巳が掴む自身の手をちらりと見ては再び彼へと目を向けた。



「初めまして。俺は柴崎……っん、」

「別に自己紹介なんてしなくて良いぞ」

「なんで!?お前だけ狡いだろう!こんな人と仲睦まじくしてるなんて!」

「はっ、」

「今鼻で笑ったな!?当て付けか!?」


柴崎志貴ですと言おうとした彼の口を横から烏間が手で塞ぎ阻む。その時に放った彼の言葉に対する拓巳の反応は本当に…従兄弟という繋がりすらあるのがどうか思わせるほどに似ていない。しかし顔付きは以下略。

柴崎は話す烏間とその従兄弟の拓巳を目で交互に見ては随分気心知れた仲のようだと推測をする。けれど隣に座る今も自身の口を塞いでいる烏間はどうにも相手にするに面倒臭そうな様子にも見えなくもない。あしらい感が半端ないのだ。
これがもしや彼の話していた「予期せぬハプニング」というやつだろうか。


その時柴崎はくい、と服の裾を引かれる感覚を覚える。不思議に思い顔を下に向けると、ぱちり。お噂は予々、というほどでもないが話には聞いていた従甥らしい子と彼は目が合った。
その無垢とも言えるだろう眼差しに暫し見ることを釣られてしまうが黙っていてはいけない。なにやらあぁだこうだ、どうのこうのと拓巳と話している烏間。その彼の手を口元から取り下ろすと、柴崎はその少年に向けて笑いかけた。



「初めまして。俺は柴崎志貴。君は烏間さんの息子さん?」


近くで「烏間さんなんて他人行儀だから拓巳くんで良いよ!」という声が聞こえるも直ぐに「良い歳して遠慮を覚えろ」という烏間の声も聞こえてくる。その双方の台詞には柴崎も内心苦笑であった。本当に似ていない従兄弟関係だ。



「……烏間俊」

「俊くんって言うんだ。かっこいい名前だね」


穏やかに笑う柴崎と、彼を見上げたまま瞬きしかしない俊と。それを見た彼の実父の拓巳と従兄弟違いである烏間は少しの沈黙の後前者が後者の背中をバシバシと叩いていた。しかし直ぐに膝蹴りを臀部に貰ったために拓巳が烏間の背中を叩けた時間は僅か五秒足らずである。



「キタコレ」

「何がだ」

「俊、六つにしてやっとの初恋」

「やめろ」


何が六つにしてやっとの初恋だ。というより誰に恋だ。そんな思いをありありと表した表情で拓巳を見る烏間の目と言ったら…。ふざけた事抜かすなと実に物語っていた。



「…志貴、さん」

「、うん?」


突然の名前呼び+敬称に一瞬柴崎は間を置いてしまう。てっきり烏間のように、そこまで砕けずとも志貴お兄ちゃんと呼んでくれるとばかり思っていた。けれど現実は志貴さん。なんだか卒業していった元生徒の一人を思い出させる。



「志貴さんっ」

「なに?どうしたの?」


先程は拓巳に。次は俊に。柴崎は何故だか手を取り握られる。あれれなんだかここの親子似てるぞ?と。思ってしまうのも仕方がない。この前振りも無く行われる行為に類似点が多々なのだ。



「志貴さんっ、俺のお嫁さんになって!」


しかし幾ら類似点が多々でもこんな告白は彼からはされなかったと思うと、柴崎はこれが穢れの知らない子どもの無邪気さなのだと…。脳内で懸命の達観を行なった。が、そんな達観だけで終えられることでもなく、まず黙っていなかったのが彼の恋人である烏間だ。



「俊」

「いいでしょ惟臣兄ちゃん!」

「良くない。全く良くない」

「なんで?好きならお嫁さんに出来るんでしょ?」


なんだそのジャイアニズム的な考え方は。どこからそんな考えが生まれた。大体好きなら嫁に出来るんだったらこの世に失恋の文字はないだろうに。
しかしだ。これは確実に従甥が要らぬ親の血を引いているとしか思えない。主に父親の。
全く似なくていいところを真っ直ぐと似て…。烏間の目は一度拓巳を捉える。すると俺の息子やるだろ?みたいな顔をしてグーサインを出してくるのでその指を向こう側に反らしてやった。痛いだのなんだの言っているが烏間はガン無視である。



「志貴さん!俺のお嫁さんになって!しあわせにするから!」

「…いやぁ、お嫁さんは…ほら、俺男だし」

「だいじょーぶだよ!しあわせに男も女も関係ないもん!」


違う。そこじゃない。話を聞いていた烏間も言われた柴崎も心の中でそんな突っ込みを入れる。幸せになるではなくお嫁さんになる件だ。そりゃ幸せに男も女もないだろう。しかしお嫁さんに限っては男も女も関係がある。



「志貴さんはね、お風呂にする?お食事にする?それとも私?ってやって俺が小学校から帰ってくるの待ってて!」

「お前は本当にどういう教育をさせているんだ?」

「いやいやいやいや、これ勝手な知恵。俊が勝手に自分で付けた知恵だから。俺のせいじゃないって。多分夏休み中に昼ドラ見過ぎたんだと思う。嫁が見てるらしいから」

「チャンネルを変えろ。もしくは子どもらしく外で遊ばせろ」

「それがさぁ、「明日の家政婦が見てるは三角かんけーだって!」ってもう手遅れ」

「手遅れで終わらすな柴崎が困ってるだろ」

「うんうん。でも柴崎くんを見てやって」

「、?」


拓巳が指差す方向。そちらへ烏間は顔を向けてみれば、なんというか…その…、実に柴崎らしい返し具合だった。



「小学校でままごとしてるの?」

「ちがうよ!志貴さんに言ってるんだよ!」

「そっかそっか。ありがとうね。でもそういう言葉はこれから先大好きな人が出来てから言わないとね」

「志貴さん大好きだよ!」

「うん、ありがとう。会ったばかりなのにそう言ってもらえて嬉しいよ」



余裕。その言葉が一番だと言えるだろう。流石は普段から何かと面倒臭い人種から好意を向けられ、それを長年捌いてきているだけある。
二十四歳離れている子どもからの好きですコールなどなんのその。可愛いものじゃないかと彼はまるで堪えていない。
寧ろうんうん、うんうんと頷いては俊の頭を撫でているではないか。しかもそれに俊も満更ではない顔をしているではないか。



「困ってるっていうより慣れてますって感じが出てるんだけど彼慣れてるんだ」

「語弊だ。あいつは慣らされたんだ。好きで慣れているんじゃない」

「…なんか悟っちゃったな。ドンマイ」

「俺を見て言うな」


大体仕事が急遽休みになったなら初めからお前が連れて来ればかっただろうがと言う烏間に拓巳はいやぁと頭を掻く。何やら一応の理由はあるらしい。



「俺も今朝叔母さんに言ったんだ。仕事が休みになったから今日の祭りは俺が俊を連れて行くんで惟臣には大丈夫だって言っておきますねって」

「…それで?」

「そしたら叔母さんが、「あら。あの子今日のお祭りには柴崎くんと彼のいとこの子とで行ってくるって言ってたわよ」って言われてさ」


それを聞いた時はえ、そうなんですか?程度だった。しかし彼女の話した「柴崎くん」とやらが段々気になって来て、更にあの惟臣が今も付き合いを持つくらいの人物となればもっと気になってしまい。あれれこれはもうアレしかないんじゃないの?となったわけだ。



「だから俺は今此処にい…っふべ!」

「要は柴崎目的か」

「否定はしないけど何も打たなくても良くない!?」


あと最後まで言わせろよ!と頬を手で押さえて主張する拓巳に向けられる烏間からの視線の冷たいこと。息子の俊をだしに柴崎に会おうとするなどやっぱりこいつの中身はクソだなと言わんばかりな目付きだ。



「ってあれ、俊と柴崎くんは?」

「?…どこ行ったんだ?」


確かさっきまでそこで俊からの好き好き攻撃を受けてそれをはいはいと柴崎は華麗に往なしていたと言うのに。その姿が見当たらない。烏間と拓巳が首を回して辺りを見渡す。夏祭りで逸れてしまうと厄介だ。早いところ電話でもして連絡を…と思っていれば何やらある一角からどよめきが聞こえて来た。



「…祭りはどこも騒がしいけどあそこは特に騒がしそうだな」

「俺の勘だとあそこに柴崎はいるな」

「お前の勘凄いね。なに?特技?惟臣は柴崎くん発見器なの?」


本日二度目の、今度は足蹴りがまた同じように拓巳の臀部に入った。無論、彼からは痛みに耐えるような声しか聞こえない。だが馬鹿に付き合っているつもりはないと烏間は彼を置いてざわめく声の聞こえる方へと歩き出す。
人混みを避けて先程まで石の上に腰掛けていたが柴崎が絡むとこうして自らが動き出す。
いやはやこれこそ愛のさせる技であるなと。此処に赤井や花岡がいれば話していたことだろう。尻を摩る拓巳は待ってくれよー、と言いながら烏間の後を追う。

人の間を掻き分け、ぶつかりそうになるところ避けながら目的の場所へ。すると二人は目に見えて此処だと分かる人集りに出会した。そこのまだ人の数が少ないところへ身を潜ませ、注目の的となる先へ目を向ける。刹那、烏間も拓巳もこうも人集りが出来る理由を瞬時に理解した。


パンッという耳通りの良い音。そのすぐ後に倒れる何か。しかも一つではなく二つ。直後ドッと湧く人の声と、俊のキラキラした目と、



「…柴崎くん、軍出なんだ?」

「……狙撃射撃のトップだった」

「あ…なるほどね…頷けるわ…」


ただの祭りの射的だというのに見事なテクニックで次々と店側の景品を射止めていく柴崎と。その姿は現役時代そのものであり構え方なんて手練れのそれだ。屋台の一つに一片の手加減もなしである。



「(あれ…このまま行ったら柴崎くん一回の支払いで全部取れちゃうんじゃ…?)」

「(あいつにあんなもの手渡せば全て撃ち抜かれるだけだぞ…。後ろに細工だなんだしていてもそれも見抜いた上で撃つやつだからな)」


事実また一つ。彼は景品を容易く撃ち抜いた。いやいや天晴れ。しかし店主は半泣き。夏祭りにして酷い有様である。これでは商売も上がったりだ。



「志貴さん!あれ!次あれ!」

「どれ?」

「あ、あのぉ、にいちゃん…そろそろ…」

「あのいっちばんでっかいやつ!」

「(うそー!!!それ今日の目玉!!!それまで取られたら終わり!!!)」


男の子なら大概は憧れる。所謂ヒーローのもののガンプラ(既に組み立て済み) それを俊は欲しいと言うのだ。めちゃめちゃにキラキラした目をさせて。対する店主はというとただの綺麗なお兄さんと思いきや相当な手練れだった事実に侮っていた過去の自分に悔いている。

柴崎は俊の指差すガンプラと、店主とを見遣る。そうして察するに恐らくあれが本日最大の目玉なのだろう。何せ一番取りにくい(ように見える)場所に配置されている。普通では三回までの射的では多分取れない。良くて掠るか、下の棚に当たるかくらいだろう。
だが柴崎は烏間の言う通り現役時代は狙撃射撃のトップだった人物。そんな、細工がどうのであっても屋台の射的くらい輪ゴムで作った指掛け銃でパーンと当てるくらいに簡単なものだ。

視線を落として俊を見る。変わらずずっとキラキラとした期待の籠った瞳だ。それがなんだか遠い昔の弟を思い出させ…。



「店主さん」

「はい!」


お遊び用のコルク射的銃。本物よりも数倍軽い。的なんて置かれているだけの動かない標的。実戦での相手とはまるで違ってやりやすい。
柴崎はその射的銃を手に持ち場に似合わない笑みを店主へと向けた。



「祭りも終盤なので、頂いて帰りますね」


一発のコルク弾音と店主の叫ぶ声。そして俊の歓喜の声。烏間と拓巳は語った。例えお遊びであっても手は抜かない。それが柴崎志貴という男なんだと。しかも口調が丁寧だから尚凄みがある。
だが俊に抱きつかれながら「これだけで大丈夫です。すみません。年甲斐もなく少し遊んでしまいました」なんて。店主からすれば目玉は持っていかれたけれどまるで天使のような言葉に先程とは違った意味で彼は泣いていた。



「はい、俊くん」

「わぁ〜〜っ!ありがとうっ、志貴さん!」

「ふふ。どう致しまして」


本当にヒーローのガンプラだけを頂戴しそれを柴崎は俊に渡している。笑顔いっぱいな様子が彼には微笑ましかったのだろう。微笑んでその頭を撫でていた。



「……俊が惚れるのも分かるな」

「出口の階段から下まで落ちろ」

「なんでそんな辛辣!?惟臣冷たいぞ!」

「俺は元々お前には冷たい」

「そうなの!?」


夏祭り。好き好き大好き!と柴崎に告白大コールをする俊と、二十四も下の子どもにまさかのプロポーズをされた柴崎。そして子供の言葉なんだからと宥められても釈然としない烏間と、「柴崎くん!良かったら今度うちに遊び…ふぐ!だからなんで打つ!?」「蚊だ。吸われる前に殺生してやったんだ。寧ろ感謝しろ」「なにその横暴!」と三つ下の烏間から邪険に扱われる33歳の拓巳と。

打ち上がる花火を四人で見上げながら、彼等は少し予定とは違った夏祭りを過ごした。



「俺は烏間だけだよ」

「、…知ってる」


けれど打ち上がる花火の中、そんな会話を彼等がしていたことは夜の花に見惚れていた拓巳と俊は知らない。烏間と柴崎だけの秘密である。

誰にも知られずほんの少しだけ指先を絡める。その仄かな繋がりすらも肺のあたりをトクリとさせて、浅く繋がる指の隙間はさっきよりも僅かに、深まりを見せていた。


prev




.
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -