舌っ足らずの愛したがり


夏と言えば。そう問うと大抵の人は海やら山やら花火やらと確かに夏らしいことを挙げてくる。その後に続くものというとこれもまた「海に行った?」だったり「花火見に行った?」だったりととても似通ったものだ。



「夏祭り?」

「言っておくが俺が行きたいんじゃないぞ。頼まれ事だ」


柴崎は傾けていたペットボトルから口を離すと烏間から話された所謂夏らしい事柄に少し驚いたような反応を見せた。



「従甥がごねているらしい」

「従甥…烏間いとこ居たんだ」

「?言ってなかったか?」

「うん、聞いてない」


もっと言うとそんな気配すらもなかった。柴崎は初めて聞いた彼のいとこの存在にへぇ…と何処か新鮮味のある顔をする。柴崎自身同い年に葉月という従兄妹が存在し、彼女の方は今も育児と家事とで奮闘している。

どうにもここ最近周りの同年代に感化されているのかみきはマセて来ているらしい。それに呆れた反応を葉月は示してしまうも繋がる先は「これでしーくんも振り向いてくれるかな!?」という乙女心満タンな心境からくるのだとか。
話を聞いた時の柴崎はというと早い目の諦めと早い目の新しい恋を見つけるようなんとかしてあげてと彼女の未来への危機を感じては切に切に願っていた。それが実際に実現するかどうかは、未だ不明瞭である。



「幾つ?」

「六歳だ」

「あれ、みきと同じだ」


偶然だね。なんて呑気に思うのも束の間のこと。柴崎はふと頭に過ぎったあることを思うとまるで閃いたような顔色を見せた。
これはもう、妙案も妙案。なんなら絶好の機会と言って良い。きっと神様も同じことを思ってこんな素敵なタイミングを寄越したに違いない。

しかしだ。ある点を思うとその素敵なタイミングとやらも段々薄暗く陰っていく。



「…あのさ」

「ん?」


思うことはただ一つ。そして願うこともただ一つ。



「その子…男の子?」


どうかそうだと言って欲しい。烏間の従甥の性別は男子だと言って欲しい。でなければ先程抱いた妙案とやらも綺麗さっぱり薄れてしまう。

お願い。男の子だと言って。そんな願いを込めた眼差しを柴崎はじっと烏間に向ける。その話題に似合わず強い願望を灯す彼の瞳には問われる烏間も疑問の色を示した。何故柴崎はこんなに熱の籠った目で見てくるんだ?と。今ダントツで疑問中の疑問である。



「………男だが」

「本当っ?嘘じゃないっ?」

「嘘じゃない。…なんだ。男であることがそんなに重要か?」


高々相手は六歳児。年の差的には二十四。離れ過ぎているどころではないくらいに離れている。だから別に、無意識的にふ、と浮かんだ感情など持つだけ無駄な話。だということくらい烏間にだって分かっているがこうも嬉々とした様子を見せられると面白いか面白くないかの二択を出されると彼は素直に面白くないの方を前に出す。



「すごい重要っ。良かったぁ、男の子で」

「……」


すごい重要。その上良かったまで言われた。もう正直になろう。全然面白くない。烏間は見るからに(だが恐らく柴崎にしか分かりそうにない)心証の悪い様子を見せた。そのムッとしたままに彼は今もにこにことしている柴崎の頬を摘む。相変わらず柔らかい、気持ちの良い頬である。



「いた、…? なんで?」

「面白くなかった」

「俺烏間を笑わせようとしたっけ…」

「そうじゃない」


全くこの鈍感は。そんな思いを滲ませた表情で烏間は柴崎の頬を摘んだままでほんの少しだけ伸ばす。ここは見た目通り、それほど伸びない。まぁ余分な肉が付いていないため伸びるものも伸びないだけであろうが。

どこかむっとした様子を見せる烏間。そんな彼を柴崎はじっと見つめて、未だ頬を摘んでくる彼の顔を少し覗くように見遣る。



「烏間、」

「…なんだ」

「………っふ、ふふ…っ」

「、急に笑うな。なんなんだ」


くすくすと。口元に手をあてがって笑う柴崎に烏間の眉間には僅かに皺が寄る。すると一頻り笑った柴崎が自身の頬を摘んでいた烏間の手に触れる。そうして離させて、彼は取る手を両手で包み込んだ。



「全然面白くないって顔してる」

「、」

「ふふ。図星だ」


柴崎の発した言葉に烏間は本心を突かれ口を噤む。しかしそれさえも彼に見抜かれてしまい、烏間は無駄に誤魔化すことはやめて少しだけ柴崎から顔を逸らした。それはまるで悪いかと。言葉にしないで表しているようであり、するとますます柴崎は可笑しそうに笑った。



「喜んだ理由知りたい?」


ちらりと烏間を窺ってみる。けれど目は合わなくて未だ向こうを向かれたまま。そんな他には見せないような彼の姿がどうにも愛おしくて、愛されているなと実感出来る。

柴崎は少し口元に笑みを持たせて、彼から目を離す。



「みきがね、未だに俺のことが好きなんだって」

「、長いな」

「そう、長い。だから俺としては危惧してるんだ。そんな今より小さい頃に抱いた淡過ぎる恋心にずっと囚われちゃいけないって」


聞きながら烏間は時折なるほどなと言うように首を縦に振る。まぁ確かに。あの少女と柴崎の間にも二十四年の歳の差がある。これは永遠、この先もずっと変わることのない差だ。そんな中でみきはもうかれこれ二年、三年…。つまり三歳四歳の辺りから柴崎のことが好きで好きで好きで大好きなのだ。本当に一途過ぎる。



「でも葉月曰く、小学校の同級生上級生の誰を見ても何も思わないなんて凄い枯れた感情をみきは抱いているらしくてね」

「何歳だ?」

「六歳。でね?これじゃあ駄目だって思ったわけ。なんとかして新しい恋をさせてあげないとみきの為になんないって」


しかし小学校の誰を見ても何も思わないなんて言われたら正直「え、あ、そうなの…?」みたいな戸惑った感想しか抱けず上手く次の言葉が出て来なかった。

ああ、これは重症だ。彼女の母・葉月は何度そう思い従兄妹である柴崎に「いっそ冷たくフってやれ」と言ったことか分からない。そして柴崎も何度葉月から「フってやって。もう本当、きつくでも良いから一思いにフってやって。そうしたらあの子あんたのこと諦めるから」と言われたか分からない。

それでじゃあ彼が実際に実行したのかしていないのかと言うと…ぶっちゃけ実行にはした。しかし結果ギャン泣きをされたというオチである。全くなんの解決にもなりゃしない。ひと演技した柴崎の方が疲れた様子であったことも言うまでもない。



「なんとかしないとなぁ、なんとかしてあげないとなぁって。俺も俺で悩んでてさ。そしたらなんと、烏間のところの従甥が男の子だっていう情報を得られました」

「…事の流れがよく分かった。お前が喜んでいた理由もよく理解した」

「もうこれしかないっ。同じ小学校でそんなこと言っちゃったら他校に頼るしかないんだよ」

「だが会わせたからといってそこから発展するかどうかは分からないぞ?」

「まずは会わせることに意味がある。会わせなくちゃ何にも始まらない」


だからね、お願いっ。その従甥の子を夏祭りでみきと会わせてあげて。そう手を合わせて懇願する柴崎は本当に従兄妹の子ども、基みきの将来を本気で心配しているようだ。それを思うと先程彼から向けられた熱い視線の理由も納得行く。

そして少し、いや結構。子どもっぽい感情を数分でも抱いてしまった自分を恥ずかしく思った。なのでそれを正当化する為に自分はそれだけ彼のことが好きなんだなと。丸く丸く、烏間は自分の中で収めておくことにした。



「…まぁお前の言うことにも一理はあるな。分かった。連れて来る。それにあいつも行きたい行きたいと駄々を捏ねていたし丁度良い」


本当はあんな人混みの中を掻い潜って歩くようなことはしたくない。いとこから仕事の都合で連れて行ってやれないから代わりに夏祭りに同行してやってくれと頼まれた時も、頷いたは良いが夏祭りというワードが足を重くさせていたことも事実。それくらいに烏間は人混みという喧騒を好まなかった。
しかし柴崎からの頼み事が合わさったなら話は別。それにありがとう、と笑う彼の顔を見れば一日の夜、数時間の人混みなど堪えるに安いものだ。




…と。思っていたのが丁度三日前の話である。今日はあれから三日が経った夏祭り当日。周りはガヤガヤと、少し遠いところからは祭りらしい音楽も聞こえてくる。たこ焼き、わたあめ、りんご飴。射的に輪投げに金魚掬い。楽しげな声は後ろからも前からも、右からも左からも混合するよう飛び交っていた。
その夏祭りの入口らしきところから少し歩いた石の上。そこへ腰掛ける二つの姿。片方は水の入ったペットボトルを指に掛け、もう片方は飛んで来た蚊を丁度手のひらでパチンっと殺したところだった。



「会わせてやるんじゃなかったのか」

「突如到来した予期せぬハプニングが、全ての原因かな」


パッパッと手を払って死骸を落とすのは柴崎。彼は自身の手のひらに付いた赤色を見て「うわ…血飲まれてるし…」と嫌そうな声を出した。恐らく皮膚の柔らかいところを刺されたのだろう。例えば二の腕や腕の内側。柴崎は虫除けのスプレーを掛けて来なかったことを今になって後悔した。



「その突如到来した予期せぬハプニングっていうのはなんだ?」

「本当に聞いて驚くよ。構えておいてね」

「そんなにか?」

「そんなに」


何やら痒いと思い二の腕を見れば見事。赤くぷくりと腫れている。やっぱりさっきのに吸われていたと思うのと同時に刺された箇所を認識すると痒さが生まれ、柴崎はそこを手のひらで叩くようにした。



「なんと夏休みの宿題がまだ終わっていないんだってさ」


痒いなぁ…。そう思いながら叩いているとまた一匹が飛んで来る。しかもぶーんとこれこそ嫌な音を立てながら。飲むだけ飲んで腹を一杯にして満足感を得ては痒さだけを残していく蚊。最早害虫でしかない。柴崎は煩くて鬱陶しいそれを無言でまた手のひらで殺した。

彼の隣で同様に石の上に腰掛けている烏間はそんな彼の行動を目の当たりにしてはその顔を祭りへと向ける。そして少し、浅く息をついた。



「それは、確かに予期せぬハプニングだな」

「今何日か知ってる?お盆も過ぎて八月も下旬。夏祭りも多分此処が最後だよ。なのにまだ終わってないから夏祭りには行かせられませんって…。電話の向こう側で駄々捏ねてるみきのフォローすら出来なかったよ」


あー…また刺された…。話してからそう呟く柴崎は二つ目の虫刺されに嘆きの声を出す。少食で体温もそれほど高くないのだから血なんて美味くないだろうに腹と気持ちを肥やす為にこんな血まで飲むなんて…。なんてせこい蚊だ。手当たり次第過ぎる。
叩く手を摩る手に変えた柴崎はやたらと痒そうに刺された箇所に摩擦を与えていた。それを見るに耐えず可哀想だと思ったのだろう。烏間は事前に持って来ていた虫除けスプレー、ではなく。 虫刺され用のムヒを後ろポケットから取り出し彼に渡した。



「柴崎は貰ったらすぐにやるタイプだろ」

「あんなの溜め込むもんじゃないんだって。貰ったその日からしていくもんなんだよ。残ったって後々面倒なだけでしょ?」

「同意見だ。あんなものはさっさと終わらせたもの勝ちだ」

「なのにあの子は遊び呆けてしまったんだよね……企てていた計画も砕けちゃった」


会う会わないの問題ではない。会えるか会えないかの問題だった。
柴崎は烏間から差し出されたムヒに「持ってたの?すごいね」とコメントを付けながらも有り難く受け取り二の腕の刺された箇所に塗る。ちなみにそれに対する烏間の返答は「こうなるような気がして持って来ていた」と実に未来を読んだものだった。


next




.
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -