純真のとりこよ


次の休日。それがこんなにもそわそわと、心を落ち着かないものにさせるとは思わなかった。言ってしまった烏間も、伝えられた柴崎も、仕事をしていてもそのことが頭を過る。仕切り直そうと息を吐いても、近付いてくる互いの休日に何度カレンダーを見たか分からなかった。

あと三日。あと二日。そんな風にリミットを刻んでいき、前日になった頃には不自然な程に顔を合わせられなかった。それは周りから「なに、何かあった?」「喧嘩?嘘だろ?」と言わせるほどに。お互い、別にやましい事をするわけじゃない。特段仲違いをしたわけでもない。そうと分かっているのに、高々ベッド購入についての談義が気持ちや行動をそうさせてきた。


今はまだお互い別々のマンションに住んでいる。だから夜になれば当然一人きりだ。相手が何をしていて、何を考えていて、どんな表情をしているのか。そんなことは知る由もない。




「(…明日は、俺が行けばいいんだよね)」


「(…明日は、あいつが此処に来るのか)」



なのに烏間と柴崎は似たようなことを考えて、同じような表情を別々の場所でさせていた。第三者が何処からか見ていればなんて似た者同士だと笑うことだ。しかし当の本人達にとっては笑い事ではない。真剣そのものである。例えそれが、ベッドをシングルかダブルかそれともセミダブルか、という話であっても。











異様な静けさだ。物音も少しだってしない。あるとすれば秒針の音。だがそれも普段なら耳を澄ませなければ意識にも入らない。…それが今一番鼓膜を打っているということは、それほどまでに今この部屋は静か過ぎた。



ピンポン、と。いつもなら鳴らすことだって少ないチャイムを今日は鳴らした柴崎。それをするにだって彼はインターフォンの前で三分ほど悩んでいた。もういつも通り行こうかな。その方が良いよね。うん、そうしよう。…………いや待って無理今日は駄目。これを何度三分間の間で繰り返したかは最早数えるのが面倒臭い。そうして悩み、うんうん悩み、結局柴崎はインターフォンを鳴らしたのだ。

片や烏間はといえば、予定の時間になってもなかなか来ない柴崎を心配していた。…していたが、来なければ来ないで延期にすることが出来るなんて考えも浮かんでいた。が、そうなるとまた心落ち着かない一週間がやって来るじゃないかと気が付けば、やはり彼は柴崎の訪れを待つこととしたのだった。そうして五分ほど経ってから漸く、しかし何故かチャイムを鳴らしてきた彼に鍵を持っているのだからそれで入って来ても…と思いながら「開けてある」と伝えたがつい十分程前の話。



今。烏間と柴崎はダイニングテーブルの添え付きであるチェアに腰掛け、対面してはどちらとも無く話を展開させずに向き合っていた。




「(……次の休みに話すって言ったの、烏間だよね?)」


なのにこの沈黙はなに。シングルが嫌な理由、1.場所を取る 2.費用が嵩む 以外の何かがあるからあの時口籠ったんでしょ?なのにどうして主題がいつまで経っても始まらない?もしかして此処は俺から切り出すべきなの?でもなんて?1、2以外の理由を教えて欲しい?幾ら何でも唐突過ぎでしょ…。じゃあ…え、なに話せば良いの。今日の天気なんて、そんなのを態々間を持たす為に話し出す間柄じゃないでしょ俺達。

と、柴崎は前に座る烏間をたまにちらっと一瞥しては心の中で考え込んだ。答えが見当たらない…どうすることが一番良いんだ…。悩めば悩むほど謎は深まるばかりである。彼がそう考えている間、烏間もまた同じように考え込んでいた。




「(……来てくれた早々にあの話を振ることが正しいのか?)」


だとしてもどう切り出すんだ。突然シングルを却下した理由は…か?いや、ないな。可笑しすぎる。これじゃあ流石の柴崎も困惑するに違いない。…じゃあ始まりはなんだ。天気か?…待て、それこそ態々話題にして話すような仲でもないだろう。昔だってそんな話の切り出し方はしたことがない。……能く能く考えれば柴崎相手に話をすることをこんなに悩んだことはないな。………対処法が見当たらない。


本当に、なんて似た者同士なの貴方達。そんな声が聞こえなくもない。だが今日柴崎が烏間の部屋に訪れ、烏間が柴崎を招き入れたのは他でもない。『第一回 ベッドの種類はどうするか。シングル?ダブル?それともセミダブル?会議』を行うためである。一回があるなら二回もあるのか。そんな声が聞こえて来そうだが、それは本人達次第。決まらなければ…『第二回 ベッドの種類はどうするか。シングル?ダブル?それともセミダブル?会議』が自ずと開かれるだけである。

ちく、ちく、ちく…。沈黙が起き始めてからそろそろ十三分が経とうとしている。この二人の間では最高新記録だ。なのに全く嬉しくない。そりゃあそうだろう。だがいつまでもこうはしていられない。そう思い腹を括ったのは、




「「あの、/柴崎、」」

「「あ…、」」



どうやら両者とも同じであったようだ。タイミング良く声までもが重なってしまい、二人は気付いたように声を漏らした。そのあとお互いに視線を逸らしたが、声を掛けたことが空気を変えるきっかけとなったらしかった。その証拠に今までの沈黙の時間が嘘であったかのように、烏間の表情にも柴崎の表情にも僅かな笑みが浮かんだ。




「…なんか、変な感じだね。烏間とはこんな風になったことなかったから」

「…そうだな。俺もお前を相手にこんなにも黙り込んだのは初めてだ」



顔を見れば分かる。緊張、らしきものをしていると。お互いに。そう思うと、なんだ自分だけじゃないんだと思えて、烏間も柴崎もホッとした。つい肩に力が入って身構えていたが、硬くなってしまってはしたい話も出来ない。もう大丈夫だ。そうやって互いに心を入れ替えると、いつものように接し始めた。




「……それで、本題のベッドの件だが、」

「、…うん」


そうだ、本題はこれだ。お茶をして、のんびりとする為の時間じゃない。決めることを決めるために、こうした場を設けているんだ。




「…柴崎はどうしてシングルが良いんだ?」

「っえ、」

「前も言ったが、シングルを二つ買うというのは些か無駄なような気がする。場所も取るし、値段も嵩む。掃除の手間も増えるところを考えると…あまり利点を感じられない」



正論が飛んで来てぐうの音も出ず。確かにその通り過ぎると柴崎は心の中で頷いた。烏間の言う通り、シングル二つを買うよりダブル、もしくはセミダブル辺りを買う方が色々と都合が良い。…分かっている。頭の中では、ちゃんと。




「…じゃあ、烏間はどうして嫌なの?」

「…、」

「前、口籠ってたよね?場所を取るのと、値段以外に何かあるの?って聞いたら」



今日はベッドの話をしに来た。だが一番は、その理由を知るためにでもある。あの日宮野が居た場では伝えられなかった烏間の想い。それを知りたくて、柴崎は今ここに居る。




「……それ、今日教えてくれるんだよね?」



あの時、烏間は確かに言った。次の休み。その時に話す、と。だからずっと待っていた。柴崎は彼からのその話を。待ち遠しいような、けど何処か逃げ出したいような…そんな時間を過ごしながら、ずっと。

前に座る烏間は柴崎からの視線に少し目線をずらす。何かを考え込むようにして、何かを言い悩むようにして。そんな彼の姿を見た柴崎は、もしかしたら、と。あることを思う。





「…ね、烏間」

「、ん?」

「なんでも言って」

「、」

「烏間が何を言っても、俺は逃げたりしないし無闇矢鱈に拒否も否定もしたりしないから」



だから大丈夫。無理にとは言わないけど、悩んでいるくらいなら話してみて。そう、笑って話す彼に、烏間は意表を突かれたような様子を見せた。けれど途端に肩の力が抜けて、やはり柴崎には敵わないなと思ってしまう。悩んでいるこの心を読み取って、背中を押すも無理強いだけは決してしないのだから。

こんな思い、子供染みたものだと分かっていたから言い辛かった。柄にもないと知っていたから、口にも出しにくかった。しかしたったそれだけの言葉でその気持ちも薄れていくのだから、まるで魔法のようだと感じられた。





「…場所を取る。値段が嵩む。勿論それも理由だ」

「うん」

「……だが一番は、お前と一緒に住むならシングルは必要ないと思った」

「…う、ん」



それは、つまり…。




「……烏間は、その…俺と一緒に…」

「……お前が構わないなら、俺はそう思っている」



共に暮らすのなら同じ寝床で寝起きをしたいと、そういうことを彼は言っているのだ。柴崎は意味を知ってしまえばかぁ…と体が熱くなってくる。体というより、頬が。



「……そんな理由、入ってないと思ってた」

「……場所や値段はついでだ」

「…っ」



勿論一理としては含まれていた。だが最もというわけでない。一番は彼と共に、柴崎共に同じ場所で眠ること。だからシングルは却下。ダブル、もしくはセミダブルかで購入をしたい。それが烏間の意見だった。



「これが俺の言い分だ。お前はどうなんだ?強制はさせたくない。思うことがあるなら言ってくれ」



そう言われて、柴崎は烏間からの言葉にきゅ、と膝の上に置いていた手を握り締める。

思うこと…。それは、沢山ある。でも別に否定したいからこその思いではなく、なんというのだろうか…。口にするには言葉が見付からなくて、思いにするには色んなことが混ざり過ぎて、混乱してくる。

本当は、ほんの少しだけツキンとした。あの時烏間がシングルを否定した理由に。場所と値段が嵩むから、だから選ばない。…それを聞いたとき、不意にそれだけなの?と。そんな感情を抱いてしまった。瞬間あまりの自分の女々しさに嫌気がさして、バレたくないからと咄嗟に胸の奥へ仕舞い込んだ。以前まではこんな気持ち、持つこともなかった。なのに自然といつの間にか抱いてしまっていて、知ってしまった自分の欲どしさを途端に手放したくなった。



「お前がシングルが良いと思う理由を、俺は聞きたい」


…けれどそれも、今は少しだけ薄れてしまった。酷く現金なものだと笑ってしまう。烏間の本当の理由を知って、この心は喜んでいる。なんだ、そっか。そんな風に思ってくれていたんだと。馬鹿みたいに、単純に。これではまるで子どもみたいだ。

柴崎は自分自身の心に窃笑すると、一度だけ息を吐く。そうして今度は自分の番だと、いつもより早い胸の鼓動を聞きながら膝の上にある自身の手を見下ろした。



「……良いとか、悪いとか、そういうのじゃないんだ」

「…?」

「………ただ、恥ずかしくって」

「、」

「一緒に暮らすって、それだけでも未だに緊張しちゃってて…。だから一緒に寝るってなったら…そんなの耐えられないって…」



一番安心出来る人なのに、胸がドキドキと煩くなって、寝たい寝られるの問題ではなくなってしまって…。

勿論一緒に居たいと思う。共に暮らせるなんて夢みたいだと思う。嬉しい、提案をして、考えてくれていてありがとうと…本当に心から思っている。なのにその反面、欲しくない恥ずかしさが顔を出してきて、要らないから何処かへ行ってと願っても、延々と胸の中に居座り続ける。




「(嬉しいのに恥ずかしいなんて、優柔不断にも程がある…)」



けれどあの時はつい、恥ずかしいが勝ってしまった。だからシングルを駄目だと言われて、柄にもなく焦った。どうしよう、じゃあ同じベッドで寝るの…?そんなの身が持たないと。あの瞬間ばかりはそれだけが頭の中を占めていた。

だが時間が経ち、考えてみると恥ずかしい反面嬉しさだってあることに漸く気付き、また悩んだ。同時にそんな自分が面倒臭くて、実に女々しくて、此処に来るまで何度ウンウン悩んだか分からない。同じベッドは…嬉しいけど、恥ずかしいし…安眠が、でも…ん〜〜…っ、…と。本当に良く一人で悩んでいた。この数日間は特に。なんなら前日である昨日なんて夜遅くまで明日どうしよう…とベッドに凭れていた。だから今日、ほんの少しだけ柴崎は寝不足気味である。


next




.
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -