絶対幸福暗示 2


話を聞けば二人は会議の後だったようで、暫しの休憩をしていたそうだ。しかしそこで宮野を見付け、慕う先輩であるからか折角だからとこうして彼をコーヒーブレイクに誘ったと言う。この時間が終わればまた彼等も仕事に戻るのだそうだ。

経緯の話を頭の中で整理して、宮野は柴崎の入れたコーヒーに舌鼓をする。そうして深く息を吐いた。あ〜〜…美味いなぁ、と。心からの気持ちを表すように。すると同じく今烏間にカップを渡した柴崎がそんな彼を見ては穏やかな笑みを浮かべた。



「お口に合いましたか?」

「合うも何も最高さ。やっぱりお前の入れるコーヒーは一番だな」


高々インスタントがどうしてこんなにもキンキンした味にならないのか。それが不思議でならない。だからいっそ思い切って尋ねてみた。



「んー。美味しくなって欲しいなって思うと、その気持ちが伝わるんじゃないでしょうか」


ほら、料理も愛情を込めると美味しくなると聞きますし。…と笑って、話して…。それがもう本当、本当、



「烏間、柴崎って今本当に29か?」

「疑う程の純真っぷりでしょう。気持ちは分かります」

「正真正銘の29歳ですっ」


二人して酷いと膨れる柴崎は本当にかわいい。烏間には良くこいつを落としてものにしたなと褒めてやりたい。次いでその膨れる彼の隣に立つ烏間を見てみると、



「(…べた惚れって感じだな、あの目は)」


まぁセコムしてるくらいなんだからべた惚れていても可笑しくないかと思う。それにあの目を見たからって今更驚きやしない。学生の頃から柴崎を見る烏間の目は優しくて、温かい。冷たさを感じたことは一度だってなくて、あるとすれば…。



「(言い方悪いけど害虫駆除の時だろうな)」


分かりやすい例を挙げるなら、さっきみたいなあれだ。とはいえ烏間自身いつ何時というわけではないだろう。駆除範囲に当てはまる該当者は十中八九柴崎に対して好意を持つ者。その好意がlikeなら許容。しかしloveとなると駄目。寧ろ圏外。だが気持ちは分かる。宮野自身見守り隊隊長であるがゆえにそこのところは物凄く共感出来ると、最早拳を握る勢いだ。




「(柴崎はなぁ、)」


そこでちらりと前を見る。自分で入れたコーヒーが思いの外熱かったのか、ふー…ふー…と息を吹きかけ冷ましている。それを見て思う。何度でも思う。…なぁ本当に実年齢詐欺なんじゃないか?と。現在29歳、防衛省職員。エリート集団である空挺部隊元所属であって体術ピカイチの敏腕狙撃者。今は情報部、監察本部の異例兼任配属としてこれまた優秀な働きっぷりを見せている。という話を聞くそんなお前が、なぁそんなにギャップあって…おい烏間胃腸大丈夫か?恋人がギャップ王?ギャップ姫?で大変じゃないのか?それともそれも苦じゃないのか?それなら愛のなせる技だと俺は思うぞ!



「熱いのか?」

「うん。さっき飲んだら舌火傷しちゃって」

「火傷?…大丈夫か?口の中だからすぐに治るとはいえ痛いだろう」

「ちょっとだけ。でも大丈夫だよ。ありがとう」


次は気を付けて飲まないとね。そう言ってまたふー…と冷まして、恐る恐るとカップの縁に唇を付けている。するとそろそろ飲める頃合いだったのだろう。烏間に向かってもう一度大丈夫と伝えるように笑みを向けていた。




「(…凄くしっかりしていて頼りになるんだが時たま物凄くおっとりした様子で天然をかますんだよな…)」


仕事に関しても優秀で、噂に違わぬ結果を残す。だから信用や信頼は厚い。性格も悪くないから年下年上どちらとも受けがいい。これもまた学生時代から。あとあの頃から柴崎はストーカーというか、なんというか、つまりその手のことに悩んでいたと聞く。だがいつだって烏間という所謂(その時はまだ違うのに)彼氏的なヒーローが居たから事なきを得ていたと話していた。

しかし柴崎だって、幾ら穏やかだなんだと言われていても度重なるそういう事にはもううんざりらしい。それにはま、そりゃあそうだろうなと頷いてしまう。過去には一人しつこ過ぎる人が居て、その時は堪らず投げ倒したとか言っていた。そういう最終手段を迷わず取るところが柴崎の良いところだと俺は思う。贔屓じゃないぞ。




「ところで、最近はどうだ?二人共」


最後に会ったのは年明け前。烏間とは柴崎よりも前から会っていなかった。いや、会えなかったが正しいか。バタバタと動き回っていたようだし、多忙を極めていたと見て取れた。



「進展らしき進展はあったか?」


烏間も柴崎も、もう29歳。少し先を考えるには適した時期でもある。それにこうして休憩を取れる時間を持てているということは、それなりに仕事の方も落ち着いて来ているんだろう。でなければ仕事に真面目で引っ張りだこなこの二人がこうものんびり過ごすなど、早々出来やしない。けれど余裕を持っているように見えるあたり、少しくらい期待してしまう。例えば私生活で何か変化があったー、とか。例えば俺の知らない間に両家へ顔を見せに行ったー、とか。

想像なら幾らでも出来る。だが実際のところはどうなのかという部分が、やはり気になった。だから興味あり気に尋ねてみたところ、見せてくれた反応は物凄く分かりやすいものだった。なんならえっ、お前らそんなに分かりやすい風だった?と聞きたくなるくらいには。まず烏間に至っては飲んでいたコーヒーのカップを今少し強く握ったし、柴崎に至っては明からさまに肩を上げた。本当にめちゃくちゃ分かりやすいな。絶対何かあっただろう。




「柴崎」

「っぇ…ッ」


こういう時、俺はどちらに聞くが良いかを知っている。狡いかも知れないが烏間が絡む話となると、烏間本人に聞くよりも柴崎に聞いた方が答えを得やすい。別に彼の口が軽いだとかそういうのではなく、単に烏間の事が絡むと柴崎は素直に顔に出てしまうタイプなんだ。聞き手が気の置けない相手なら特に。仕事関連ならまずそういう事は無いというのに烏間のことなら起こり得る…。その事実が酷く美味しいと俺は思った。

その点烏間は普段からそれほど表情を変えないことが功を成しているのか、ちょっとやそっとじゃ崩れない。柴崎の事が関わったなら特に、彼を守ろうという意識が働くのか梃子でも動かない。



「何かあったんだな?それは俺にも言えないことか?」

「ぅっ、」


一つ、自慢したいことがある。それは俺自身、結構柴崎から好かれているということだ。好かれているというと幅が広いが、要は知人として好感を持たれて慕われているという意味合いでの好いだ。過去こいつからあのことを告白されてから早…早何年だ。もう結構経つな。まぁその振り返るのも大変だなと思うくらい前に烏間への恋慕を告白された。それ以後も何度か相談も受け、悩みも聞いて…。自分でも柴崎の恋においては上位に食い込む理解者なのではと…ぶっちゃけ自負してしまっている面が無きにしも非ずだ。

それらを全て含めて…、尋ねれば教えてくれるのではないかという気持ちがある。というか俺が聞きたい。知りたい。悪いな、柴崎。欲に塗れていて。本当に申し訳ない。でも知りたい。此処だけは譲れないんだ。



「…えっと…進展、というか…」


ちら。柴崎が烏間を見る。その視線に気付いた彼は、一度宮野を見てから…頷いた。つまりこれはOKサイン。宮野は心の中で礼を言う。ありがとう烏間。ありがとう。と。

頷きを得た柴崎は少し口を噤んで、前に居る宮野を見る。それから少し悩むと、彼は宮野の側に寄った。そうして耳打ちをするように彼はこそ、とある事を伝える。




「…実は、近々同棲をすることになりました」



意識がぶっ飛ぶとはこういうこと。一瞬伝えられた言葉をなんにも理解出来なかった。次いで思考と共に身も一緒に地球圏外へ飛ばされたのではと思うくらいに、冗談抜きで色んなものが吹っ飛んだ。そのせいか戻ってくるにも時間がいって、理解をするにもまず自分を落ち着かせることから始めた。…始めたのだが。



「あ、あの、宮野さん…?」

「…っ、胸が、胸が痛い…っ」

「えっ、大丈夫ですかっ?」

「息も苦しい…っ、なんて破壊力なんだ…っ」

「烏間どうしよう、宮野さんしんどいって…っ」

「…俺の目からすると恐らく後数分で戻りそうだがな」

「すごい…なんで分かるの?」

「分かる。だがお前は分からなくていい」

「?」


同性?動静?同姓?動勢?なんだ、なんなんだ。どの文字が正しいんだ?もしかして同棲か?同じところに棲むと書いて、同棲?それなのか?本当に?夢じゃないのか?



「…柴崎、一度俺の頬を叩いてくれ」

「そ、そんなこと出来ませんっ。理由もなく手を上げるなんて…!」

「いや、もうペチとかでも良いから…」

「…〜…っ、……失礼します…っ」


そうして送られる、物凄く柔く優しいペチ。と同時に現実世界へ帰ってくる俺。よく戻ってきた。いや寧ろよく戻ってこられた。目の前にいる柴崎の申し訳ない顔とプラスして心配そうな顔が視界に映る。



「大丈夫ですか?頬すみません…」

「…いや、お前のお陰だ。ありがとう」


…しかしそうか、同棲か。同棲、同棲するのか、お前ら。



「…ついに、ここまで…っ」

「(俺泣かせるようなこと言ったかな…?)」

「(…いや、多分色々と感極まっているだけだと思うぞ)」


うぅ…っ、溢れ出る涙が止まらない。嬉しい、嬉しいぞこの事実は。あんな風だったお前らがついに同棲…っ。これに感動以外の感情を付けられようか、いや付けられない(反語)

涙を拭って一度息を吸う。…よし、落ち着いてきたぞ。大丈夫だ。



「いつだ?いつ決行するんだ?」

「(決行…)」

「(垣間見える教官病だな…)」


なんだか若干生温かいような、仕方ないな、みたいな目で見られている気がする。



「まだ日時は決まっていないんです。物件も、まだ途中で…」

「目星はそれなりに付けていますが、決定ではありません」

「そうかそうか。折角二人で暮らすんだもんな。それならちゃんと考えて選ぶべきだ。部屋を借りるにしても借りてから後悔はしたくないしな」


となると、色々準備も要り用もあるだろう。引越しというのはそう容易いことではないし、片付けなども一日仕事になる確率は十分にある。



「もし手が必要な時は言ってくれ。いつでも駆け付けよう」

「ありがとうございます」

「ありがとうございます。助かります」

「気にするな。引越しの前後は片付けがある。手は多い方がいい」


それに二人の新居を見られるなんてこんな良いことはない。…別にそれがあるから手伝うとかそういう下心があるわけじゃない。ちゃんと、誠心誠意からこの二人の手助けをしたいという純粋な気持ちだ。うん。きっと。

そこでポン、と。頭の中に浮かんだあること。




「そうなると、お前達ベッドはどうするんだ?」


何気なく聞いた。それだけなのに思う以上、その遥か上を超えて前に立つ二人が固まった。……いやいや。まさか。え?視野に入ってなかったとかそういう訳ではあるまい。だって同棲とはつまり寝起きを共にすることだ。寝起き。それには必ずしも寝床が必要になる。となると、今時布団を敷いて…という手間を省いたベッド選択になるだろう。



「………柴崎」

「、……なに?」


修羅場…?いや、いやいやいや、それこそない。修羅場なんてこの二人には縁程遠過ぎて手も届かない。そんじょそこらの若者カップルとは偉い違いなんだぞ此処は。



「…先に言っておくが、」

「……」


烏間が体全体を柴崎の方へ向ける。



「シングル2つという選択は無しだ」

「えっ!なんでっ?」

「なんでもなにもない。当たり前だ」

「当たり前なことないよっ。どうしてシングルが駄目なんだよ」

「シングル2つを買うなんて勿体無い。プラスして場所を食う。だから却下だ」

「うっ…」


確かに。確かに確かにそりゃそうだ。シングル2つ買うならダブルを1つ買う。そうすると掃除も楽だしシーツとか諸々も1組で済む。だがシングル2つとなると2倍になって、つまり面倒臭い。



「………そんなに、シングルは嫌?」

「、」


それとももっと他に理由があるの?と。尋ねる柴崎に俺は心の中で天を仰ぐ。そこ聞いちゃうんだ。でもそこを聞くのが柴崎らしいと思う。と同時に烏間にファイトとエールを送った。

烏間、柴崎は知りたがっているぞ。お前がシングルを拒否する深い理由を。口を噤んだから余計にだな。値段や場所を食う以外に理由があるなら知りたいと。俺はなんとなくだが烏間がシングルを駄目だと言う理由を察せられている。それでもしもこれが当たっていたなら、良しと拳を握りたい。


結局烏間は俺の存在が気になってその理由をその場では言えなかった。ただこれだけは言っていた。

「次の休み。その時に話す」

なるほどその日なら赤裸々に自分の想いを柴崎に伝えられるという訳だな。なるほど。良いぞ。良いと思うぞ。欲を言うなら俺もその休みの日にベッドに関する会議?議題?討論?みたいなものに参加したかった。


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