絶対幸福暗示


宮野はそこから見えた光景に酷く満足げな様子で首を縦に振った。久し振りに見たが相変わらずだ。なんにも問題はない。いや別に心配はしていなかった。変わらない愛を育んでいるんだろうと思っていた。だからこの見える光景にはなんの文句もない。元より彼等の関係性に対して文句を付ける気は更々なく、寧ろ文句を付ける者が居たなら喧嘩を買う勢いでガンをつける気の方がある。



「(うんうん。烏間も良い顔してるし、柴崎も良い顔してる。やっぱあの二人のああいう光景を見るのは良いもんだなぁ)」


あー、いっそ俺も防衛省職員に転職しようかな。なんてこと軽率にも考える宮野(30)。しかしデスクワークは性に合わないのだったと思い出せば、その思考も儚く散った。さようなら、俺の願望。もう少しデスクワークが得意ならば良かった…。風に吹かれて飛んでいくその気持ちを見送るよう、彼は遠い空を眩しげに見上げた。

それからまた、前方に見える二人に目を向ける。何を話しているんだろうか。だが烏間が穏やかな表情を見せては時折頷き、柴崎が嬉しそうに何かを彼に伝えているところを見ると、きっと良い話に違いない。



「(……しかし烏間。お前たまに周りに目を向けて牽制するのは今もなんだな)」


たまに、本当にたまに。先に見える片方の彼は隣に立つ柴崎に気付かれない視線の動きで周りを見る。その目の的確さというか、例えるなら弓道の時、矢がど真ん中を射抜くほどの正確さ。それを烏間は視線の先に送る。宮野もそれに倣ってす…とそちらを向けば、ははーん。確かに。覗き見でないが、あれは恐らくつい見惚れてしまったという感じだろう。しかし烏間に見られて何事もなかったように、少し足早で去っていく。宮野は再び彼等の方へ視線を戻す。…柴崎は気付いていない。変わらない穏やかさを持って烏間に笑いかけている。烏間もまたその目に柴崎を映している。



「(…立派なセコムだな、あれは…)」


まぁでもそうだよなと思う。そんな風に側で笑顔を浮かべられていたら、そりゃあ他の者の目にも止まってしまいそうだよな。実際止まっていたけど。それにお前の隣にいる時の柴崎、本当良い表情の上に空気がすごく柔らかいもんな。うんうん、分かる分かる。そう心の中で頷きながら手に持つ缶コーヒーを傾けて飲む。

こくん。苦いそれが喉の奥を取ったところで宮野はこうも思った。

でも大丈夫だ、烏間。柴崎は本当にお前しか見てないし、なんならお前の話をしている時ほど幸せそうで嬉しそうで恥ずかしそうなことはない。あの時の柴崎は本当に、本当にな、俺はお前にも見せてやりたいと思っているよ。と。




「(この間の、あれはいつだったか…。年明け前だから、もう数ヶ月前とかになるか…)」



偶々柴崎と出会し、久し振りだなと声を掛けたが始まり。最近はどうだ?と尋ねるとまぁまぁ、忙しいですなんて返答が返ってきた。が、俺が聞きたいのはそれもなんだがその時はそれではなかった。俺が聞きたいと思っていたことは烏間とのこと。だから踏み込んで聞いてみた。" 烏間とは "どうなんだって、心なしかの強調を少しさせて。

そうしたら、なんだ。紅潮させて、視線が泳いで…。はぁ、もうどうしてあの時のあいつを写真に収めなかったのかと今でも俺は悔やまれる。そのあと此処じゃなんだからと場所を移動して話を聞いた。……聞いた後の俺は拳を握って泣いたよ。とうとうか、とうとうなのかお前ら…っ!そうか、そうか良かったな…!気持ちとしてはそんな感じ。いや、実際口にも出していたと思う。




───「……烏間と、その……しちゃったん、ですけど…」



お前本当に28?可愛い!!そう思ったのは俺だけじゃない。絶対。知ってる人間がいたなら手を取ってる。取り合ってる。大体しちゃったんですけどって、そうかしちゃったか、そうか、そうかぁ〜って。俺はなる。俺ならなる。絶対なる。

痛くなかったか?大丈夫だったか?その後体に変わりはないか?気になるところを尋ねに尋ねるとあいつは少しきょとんとして、それから嬉しそうな、恥ずかしそうな感じで笑っていた。



───「…烏間、とても優しくしてくれたんです。だから全然、問題ありません」



あの時の柴崎の表情は今思い出してもこっちの表情まで緩めてくれる。本当に幸せそうでさ、だからこっちも心の底から祝福してしまうよ。実際してるんだけど。

そう数ヶ月前を延々と振り返る宮野は空になった缶をゴミ箱に捨てる。本当はこんな缶コーヒーより柴崎の入れたコーヒーが飲みたかったなと欲を抱きながら。そうしてから最後に一目見て帰るかと顔を向けると、なんと。



「…、」

「………」



周りの牽制最中だったのか、それともその牽制の的にされたのか。烏間の目とパチリ合ってしまった。…だがよく見れば少しきょとんとしているようにも見える。だとするとあれは牽制とかそういうのではなく、偶々向けた先に宮野が居たという…偶然の偶然と捉えることが出来た。

烏間が側にいる柴崎の肩を叩く。その後の反応からして恐らくどうしたの?と、彼は尋ねているんだろう。しかし烏間がふとある一方へ指を指したことで、柴崎もそれを追うようにそちらを振り返った。…そのそちらというのが、宮野の立っている方である。彼は宮野と目が合うと驚いたようにして、けれど直ぐに頬を綻ばして笑みを浮かべた。



「宮野さんっ」


その笑顔プライスレス。=スマイル0円。あ〜〜某ジャンクフード店は上手い言葉を作るものだと今尊敬した。ついでにその笑みを向けられた瞬間「ん"ん"っ」と変な声が出てしまい、思わず口元を手で覆った。そうこうしている内に二人はやって来て、柴崎は烏間に向ける笑みに似たものを見せてくれた。瞬間尊さがメーターオーバーを起こし彼はその眩しさあまりに目を細める。



「お久しぶりです、宮野さん。お会い出来て嬉しいです」

「あぁ、俺もだ。元気にしていたか?」

「はい」

「そうか。烏間も元気にしていたか?」

「はい、変わりありません」


平常心、平常心。俺は教官。俺は年上。よし。そんな意味の分からない暗示を心の中でしきりに唱える宮野(30)。にこにこと笑みを絶やさない柴崎がいる傍ら、烏間は何故か宮野から目を離さない。



「……ど、どうした?烏間。俺の顔に何か付いてるか?」

「…目と鼻と口が」

「ふふ、もう烏間ってば可笑しなこと言うんだから」


それは付いてて当たり前でしょ。と話す柴崎は烏間の言葉に笑っている。…しかしだ。烏間の、この向けてくる目はそういうことじゃない。そういうことじゃないんだよ。なんだかもっとこう…意味深い気がする。勘だけど。当たるかどうかも分からない勘だけど。




「……俺は、お前から取ったりしないぞ?」


なので初めに言っておくことにした。俺自身烏間のライバルになる気は更々なく、どちらかというと二人を見守り隊な立場だ。確かに柴崎には好感を持っている。だがそれは烏間に対しても同じことで、同じ思いのベクトルを二人に向けているつもりだ。

するとその時の烏間はというと、珍しい。ぽかんとしたような表情を見せた。それには心境的にあれ?という感じ。烏間の隣に立つ柴崎は先程の発言が引き金になったのかくすくすと笑っている。



「あれ…」

「ふふっ。分かりにくいかもしれませんが、これでも烏間、宮野さんに会えて喜んでいるんですよ」

「えっ」

「…柴崎」

「本当のことでしょ?何か間違ってる?」

「…………」

「えっ」


言いたいことが色々とある。まず一つ。烏間、お前案外柴崎の尻に敷かれてるな。次に一つ。烏間、お前やっぱり柴崎には抜きん出て甘いな。そして最後に一つ。……烏間、お前…



「…っ可愛いところあるじゃないか…っ」

「やめて下さい。泣かれても困ります」

「ふふ、嬉し泣きですよね」

「あぁ…っ。俺は嬉しいよ、烏間。お前からそう思われるなんて、すごく嬉しい」


かわいい後輩のこんな姿を見られて今日はなんていい日なんだろうか。感動屋で知られているだけあって涙腺も緩い。ので、目元が潤む。とても潤む。



「どうぞ」

「っ、?」


向けられたのは一枚のハンカチ。差し出して来たのは柴崎だ。



「宮野さんが涙脆いことは知っていますが、貴方に泣いている姿は似合いません。良かったら、これ使って下さい」


日頃の行いを振り返る。しかしどうしても普通通りに過ごしていたに過ぎない。なんなら昨日の夜は少し食べ過ぎた。朝まで堪えたから朝食は取らずに水だけにしたくらいだ。…なのにこの状況、この待遇。



「…柴崎、お前天使だな」

「?」


首を傾げている柴崎に頷いて、ありがたくハンカチを借りることに。目元を拭って、心は既に感無量。



「宮野さん、もう帰られるんですか?」

「まぁ、用事も終わったしな。どうかしたか?」

「もしお時間があるなら、コーヒーでもどうかなと思いまして」


二択を与えられた。それはYES or はい。答えは決まっている。



「お前達からの誘いなら勿論乗るさ」


一挙二者選択。これに限る。どっちも肯定だとかそういう野暮はなしだ。元より断る理由なんて何処にも見当たらない。



「本当ですか?じゃあ行きましょう」

「ありがとうございます、宮野さん」

「良いんだって。それよりこっちこそありがとうな。誘ってくれて」



そこで思い出したことが一つ。そういやさっき俺コーヒー飲んだな、ということ。けどま、いっか。と結論付けてルンルン気分で二人からのコーヒーを頂くこととした。いやぁ、やっぱり防衛省職員に転職しようかなぁ。などという軽率思案が頭の中を飛び交ったが、尾を引くのがデスクワーク。

うぅ、たかがデスクワーク。されどデスクワーク。デスクワークの壁が見上げても頂上が見えないくらいに高い。そう思うと、やはり宮野は諦めた。たまにこうして会うから一入なんだよ。そうだそうだ。きっとそうに違いない。そんな無理矢理な納得理由を己の心に摩り込ませて彼は話し掛けてくる二人へと相槌を交わした。


next




.
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -