擬態する星座をコラージュして



上司から直々に呼び出され、周りからは遂に監察本部から異動か!?異動なのか!?おい柴崎断れよ!!?蹴るんだぞ!!?などの声を背中に受けながら、柴崎は一応はメインで動いている監察本部の部署を後にする。
それは一分でも、一秒でも早く耳をつんざくような声から逃げるためというものもあったが、一番はこのままでは他部署の迷惑になり兼ねないという懸念から来るものだった。

だというのに扉から顔を出し、剰え部署から出て、そこから追っかけて来ることはないが「断るんだぞ柴崎ー!!!」なんてことを大声で言われてしまっては、本当どうにもならない。
あんなにお馬鹿な人達の集まりであっただろうかと疑問中の疑問を胸に抱くも、未だ聞こえてくる声を耳に受ければそれにYESと答えを付けずにはいられない。

柴崎は一旦歩みを止めると、後ろを軽く振り返る。なんだか聞こえてきていた声以上に部署の外、通路に出ている職員の数が多いように思う。
仕事もせずに何してるんだろう。
それが率直な意見であり、感想とも言えた。
だってパソコンの前から一々立ち上がり、わざわざあぁして通路にまで立って、それ大事な書類なんじゃないの?と言えそうな紙の束を丸めてメガホンにする姿を見ると…………あれこんなお馬鹿な集団だった?と再度思わずには、いらないのが現実だ。


「……あの、」

「戻ってくるんだぞ柴崎!!」

「お前が活躍できる部署は此処だろ!?」

「そうですよ柴崎さん!!だから行かないで!!」


お馬鹿なのかもしれない。
あぁいや違う。馬鹿だ。
そう確信した柴崎は、未だ呼び止めて(?)来るような先輩後輩の姿に深めのため息をついた。
彼自身まだ今回の話を何も聞いていない。だから判断のしようもなければ、返事のしようもない。
けれども彼等がこうも必死の形相(のように見える)顔で止めてくるのは、偏に上司から彼がこう言われたからだ。

『情報部本部長から十時に部屋の前へ来てくれとのことだ』

文面としては特別なことはない。用があれば、他部署からもそのように呼ばれることもある。
だが問題は言い方や文面ではなかった。
『情報部本部長』
それがどうにも先輩後輩の耳をピクリとさせたらしい。

柴崎がその半身を情報部に置き、兼任していることは周知の事実だ。
けれどもあの月の一件が関係した任務終了以来、情報部からの勧誘は止まらないし、烏間は早く来いと言うし、上からも本格的に視野に入れてはどうだと話も来ている。
しかし一応メインとしている部署仲間からは、行くなやめろ断ってしまえ!!の嵐であり、正直柴崎もだんだん面倒臭くなって来ている。

とはいえ、まだ教育し終えていない後輩もいるし、部下もいる。そう思うとまだ此処を離れるにはなぁ……なんて気もしないでもない。
けれどこの話を以前烏間にすれば、
「そうやって考えている間に次の教育対象が現れる。すると空いたかと思った席に再び誰かが座る。つまり、お前は意図的なループのど真ん中に居るわけだ」
とまぁ非常に分かりやすいコメントをくれたために否とも言えず仕舞い。
あぁ、そうかもね。なんていう同意の言葉しか出てこなかった。


「(成るように成る)」


こうなったら流れに身を任せよう。辞令なら辞令で受け止めれば良いし、そうでないならそれもまたその場の状況に合わせて対処すればいい。
難しい話じゃない。よし。
柴崎は後ろから聞こえてくる声に、油売ってないでさっさと席に戻って仕事してくださいねと一声かけた後、まるで今生の別れのような悲鳴をあげる部署仲間の声やら嘆きやらのBGMをことごとくスルーし、情報部本部長室へと向かった。



成るように成ると思ったのは確かに柴崎であり、またその場の状況に合わせて対処対応すればいいだろうと判断したのも彼だ。
しかし三度のノックと入室後約十分も経たぬうちに命じられた話を聞いた途端、柴崎は心底面倒臭そうな矢が見事に当たったと肩を落としそうになった。
渡される資料と書類の分厚いこと。これを全部読むのには……速読をしてもまぁまぁ5分はかかる。
彼は一度パラパラパラ…と冊子のようになっているそれに目を走らせ、流れるような情報を頭へ入れていく。


「国外のテロリストが国内に侵入ですか……。成田からとありますが、保安の検査で引っかからなかったんですか?」

「あぁ。現時点での報告によると、国内にすでに内通者がいたらしい」

「内通者…」


つまり、外と中とを繋ぐ人間か組織かが、すでに日本へ入っていたことを意味する。
後から入って来てこうして報告に上がったテロリストが成田の保安検査で待ったをかけられなかったということは、武器の所持はなかったと言える。
貴金属等はすぐに反応を示すし、近年では外国人観光客が増えたことから検査のラインも厳しくなっている。あそこもプロの集まりだ。そうそう見落とすこともありはしないだろう。

銃刀関係の所持無くして国内への侵入。しかもテロリストが。
優雅にも観光で日本を訪れていたなら可愛い話だが、そうでないからこんな風に書面に上がっているわけだ。
そもそも、テロを起こそうとする人間が身一つで入国するということは、肌に身につける必要性がなかったことを意味する。理由としては、報告通り国内にすでに内通者がいたから。
そしてその内通者が、武器等の所持をもう既に行っていたからだ。
ならその内通者はどうやって武器等を所持できたのかになってくるが、答えを得られる範囲は狭くなってくる。


「密輸か、それを伴う暴力団関係者ですか」

「ターゲットはその辺りが妥当だ。だが密輸となれば、海自の監視がある。近年の事件数も踏まえて、警備体制も厳しい。加えて暴力団関係者等なら、我々防衛省は管轄外となり動くこともない」

「その言い方だと、海自に紛れ込んだスパイがいるように聞こえます」

「流石だな、柴崎」

「、……本当ですか?」


半分冗談で言ったつもりが、どうやらその線が濃いと上は動きを進めているらしい。
だがそうなると、事は大ごとだ。防衛省の、その一つの自衛隊内に敵の内通者が紛れ込んでいる。
そんなことが世の中に広まれば、国民の信用度はガタ落ちもいいところだ。
国家を防衛し、国民を守り、財政を維持する。それらは現場の力があってこその成果に繋がる。
その現場の一つに、スパイが紛れ込んでいるなんてことは公にもできない大事件だ。


「愚問を承知でお聞きしますが、」


手渡された書類と資料の束を本部長のデスクの上へ置く。一通り目は通してインプットしたサインだ。
多分この資料等は厳重に保管されるか、もしくは処分されるかのどちらかだ。
漏出は以ての外であるし、だったら極端な選択にもなるが、その二択にするのが一番手っ取り早く安全に近い。まぁ十中八九保管は無しで焼くだろうなというのが、柴崎の見解だが。


「この内通者と今回のテロリストを捕獲して来いというのが上からの命令ですか?」

「話が早くて助かる。だがもちろんお前一人に行かせる気もない。希望があるなら、もう一人だけ付けよう」


希望があるなら、なんて言い方は分かりきった範囲内の答えを聞いているも同然だ。
こんな任務を与えられて、人選の枠に嵌る人間なんて一人しか居ないだろう。


「そんなこと言って、本部長もう話は通してあるんじゃないんですか?この部屋の前に、よく知る人の気配を感じます」

「あの任務から一年が経つが、勘は鈍っていないな。やはりお前を当てて正解だ。察しの通り、あの扉の向こうには烏間が待機している。彼には話をもう通してあるし、お前が国を防衛するためなら命令を拒否しないことも、認識済みだ。烏間、入って来い」


それを合図に、失礼しますの声のあと開かれる扉の向こうには朝も顔を合わせた烏間の姿があった。
彼はそのまま歩みを進め、柴崎の隣に立てば先程話を通されたばかりの彼に目をやり、そうして少し笑う。
それには柴崎も思わず窃笑が零れ、あぁやっぱりこうなるんだなぁと約二年前の三月頃を思い出した。
本部長は改めて揃った烏間、柴崎の二名を前に、その手を組むと机に置く。


「烏間惟臣、柴崎志貴。君達二人に特別任務を言い渡す。国内に入り込んだテロリスト、及びその仲間と思わしきスパイを確保しろ。拳銃の所持は許可する。これ以上の国内への侵入、並びに侵略を許すな」


これはまた荷が重い仕事だと、思ったのは恐らくお互いに自分だけではないだろうと感じながら、了解の意を示し二人は部屋を後にした。

まずは情報の整理だと空いている小さな部屋へ入ると、二人は椅子に腰を落とす。
こんなこともあろうかと互いにいつも持ち歩いている小さなメモをポケットから取り出せば、胸ポケットにしまっているペンで箇条書きに出していく。


「海自が関係しているとなると、コンタクトを取るには海上幕僚長か……」

「でも海自へ紛れ込む理由としては、いずれ入国してくる自分の仲間が、身一つで入って来られるためでしょ?現状としては、既にテロリストは日本国内に入り込んでる。それは先にスパイとして紛れ込んでいた自分の仲間が、武器等の所持を完了させたからだと考えるのが妥当でしょ?だとすると、仲間のスパイがいつまでも海自に居ると思う?」

「…ないな。その線は薄い。となると、そのスパイは幹部関係者でもなさそうだな……。席が空けば、すぐにその後釜が必要になる。だがお前も見ただろう資料の中身の記載には、その幹部等の動きは見られなかった」

「つまり、階級としては下。なんなら入りたてか、新米に近い位置にいた人間になってくるね」


だいぶスパイに関しては範囲が絞られてきた。
現段階での下級に位置する海上自衛官のリストから、脱隊の印が付いている者が今のところのマークされる人物になる。
此処は面倒だが、誤認をしないためにも目視で確認していくしかない。
そこで目星い人物が挙げられたら、脱隊の日からの行動を調査するしかない。これについては地理部や分析部の手を借りて行くほうが早い。
大体の動きの計画が立てられたところで、二人は書いたメモを細かく破いた。それをしながら柴崎はあることを思う。


「……これさぁ、」

「ん?」

「この省庁だけが動いてると思う?」


本格始動する前の空白時間で、柴崎と同様に紙を破いていた烏間の手が止まる。
その彼の目が破られる紙から、隣に座る柴崎へと向けられた。
だがそこに座る彼は依然とビリ、ビリと紙を破いており、烏間の方を向く気配はない。それを知ったからか、彼もまた紙に向き直り、ビリ、と一度縦へ割く。


「情報が早いのは防衛省だが、動くのが倍早いのは警察庁だ」

「まぁ動いてるよね、そりゃ……」

「寧ろあそこがこの案件で動かない方が可笑しい。恐らく上は海自のスパイをまず俺たちに確保させ、その後その事実を隠蔽し、テロリストの捕獲へ走らせる算段だ」

「これじゃ隠蔽の協力者みたい」

「似たようなもんだろ。組織は隠蔽が大好物だからな」

「はは、酷い言われよう」


まぁでも間違っちゃいない。あの一年前の出来事だって、一人の科学者が起こした事実を国は明らかにせずに隠蔽した。
ただ国を破壊しようとした存在は確かに居て、だが大きな事態にはならずに済んだと、最後は綺麗にまとめておしまいだ。
マスコミもマスコミだが、上も上で、色んなものを隠蔽することで、現状を保ってる。


「警察庁かぁ……じゃあ指揮は降谷さんかな」

「降……あぁ、警察庁のゼロか」

「うん。この手で内密に動くのは公安だし、その公安を統一させて、指示を出しているのは公安のトップの組織だからね」


テロリスト関係であちらが先に動いてくれているのなら、こちら側がすることはとりあえずスパイの絞り込みとそこからの確定だ。
どの道最終的には公安と合流をして、捕獲者を渡せば良い。送検云々の関係は警察関係の仕事で、防衛省の範囲内ではないから対応できない。


「じゃあまずはリストアップしよう」

「そうだな。行くか」


多分今日は徹夜だな。という烏間の言葉に、心底嫌だというような顔をした柴崎は、ワンテンポ送らせて席を立つ。それから細かくなった先程のメモだったものを手のひらに集め、近くに置いてあったゴミ箱へと始末した。







十人や二十人ならまだ楽だったのかもしれない。
だがドサリと机に置かれる分厚いファイル×4はどう考えてもそんな数字で終えられるような範囲じゃない。
目を逸らしたくても逸らせないそれらに、烏間と柴崎は逸らさない代わりに深くため息をついた。


「……デジタル化が進んでいてのこのアナログ作業。俄かに信じ難いな」

「ため息しか出ないなー……」


何人分あるのこれ。そう思いとりあえず一冊手に取るも、重いのでずらすようにして移動させてはファイルの表紙を開く。
そこにはずらりと並ぶ人人人、人の名前。目が迷子になりそうだ。


「この欄に脱の字がある人物を探せば良いんだよね」

「あぁ。……よし、やるか。目標三時間」

「OK。アラーム掛けとこう」


椅子に座り互いがファイルを広げ始める。
そうして、そこからというものまるでその部屋には誰も居ないのではないかと思うほどに静かで、微かにフィルムの捲られる音が聞こえる程度。
二人の間に会話はなく、烏間も柴崎も半々で二冊分を担当し、ただ黙々とある一つの欄へ指先と、その目を走らせた。

開始から二時間が経過した頃だ。柴崎が二冊目の六割ほどに到達したとき、ある一字を見つけた。


「……あった」

「、何処だ」

「此処」


ファイルを中央に寄せ、柴崎が一箇所を指差す。そこには確かに「脱」が印字されており、横へ辿らせた先の部分には、漢字でこう書かれていた。
『河西晃平』
戸籍部分の欄を見る限り、日本人だ。


「河西晃平…か」

「本名かはまだ分からないけど、ひとまず一人は見つかった。複数人居る可能性がないとは言い切れないし、とりあえず全部見てみよう。それで居なかったら、これが候補者No. 1」

「そうだな。念のため全て見るか。俺は後四割ほどだ。柴崎も、似たようなもんか」

「うん。今まで通りのペースでいけば、一時間で終わるよ」

「よし。ならこのページには付箋を貼るか。見失うと手間になる」


手元に置いてあった付箋から一枚取り出すと、それを見開きの左上部分に貼り付ける。
スパイがこれ以上居る居ないをこれから確認するわけであるが、本音を言えば『河西晃平』以外の脱隊自衛官の存在はないものにして欲しいところだ。
一人入り込んでいただけでも重大な話。それが二人、最悪それ以上ともなれば、この国の防衛観念の薄さが浮き彫りになってしまう。
居るか居ないか。半分の確率だが、彼等は居ない方に願いがけをして、足して残り八割のリストに再び意識を戻した。



会議室を後にして、二人は通信室へと足を向かわせる。
結論から言うと、紛れ込んだスパイ候補は『河西晃平』ただ一人だった。なんのための侵入かは未だ不明だが、国の機密情報を得るためを理由にしても、脱隊するには時期が早過ぎる。
というのも、組織というものは大体上の席についてやっと情報の細かいところまで知り得る権利を得られる。だが新米の下っ端では、上からの指示や命令に従い動くことが関の山だ。
国を揺るがすほどの情報を彼が手に入れることを目的としていないのなら、濃い線はやはり武器等の所持が目的となる。
だが用途を密輸船だと仮定しても、レーザーポストに反応して計画は破綻する確率が極めて高い。
となると、恐らくは。
そう一瞬思考の中に浮かんだ一つの可能性は、本当なら当たって欲しくない可能性だった。



「横山。海自の経理に繋いでくれ」

「海自の経理に?またなんで」

「理由は後で話す」

「まぁ、別にいいけど。…ほら、繋いだぞ」


渡されるイヤホンマイクを掛けたあと、烏間はマイクをオンにする。それからイヤホンだけが付けられている物の片方を、彼は隣に立つ柴崎に渡した。受け取った彼はそれを左耳に差し込む。
幾ばくの緊張感が通信室に広がった。ただの通信が目当てにしても、人選があまりに大層だ。たとえ何かの確認をするにしても、そんなことにわざわざ彼等が動くともないだろう。
だというのにそれでも彼等が今こうして此処にいる理由には、何かしらの意図があるからだ。それこそ先程後回しにされた、烏間か、もしくはそれより上の者からいずれ語られるだろう理由が。


『こちら海上自衛隊経理室、橘花です』

「防衛省情報本部の烏間だ」

『烏間さん?どうされました?』

「悪いが早急に武器等の在庫確認をしてもらいたい。項目は今そっちのPCにデータとして送った。宛名は柴崎になっている」

『パソコンに?ちょっと待ってくださいね。…………はい、確かに。柴崎さんからメールが届いています。この添付ファイルに記載されている項目の在庫を確認すれば良いんですか?』

「そうだ。……ちなみに聞くが、最後の在庫点検はいつだ」

『えっとー…あ、丁度四日前です』


確か最近在庫の確認をしたなぁと今思い出しました、というイヤホンの向こうから聞こえて来る橘花の言葉に、烏間と柴崎は当たっていた予想に互いが一瞥を交わした。

定期的な在庫点検は、何かあった時に迅速に動くためには必要なことだ。物資や武器等が規定の数に足りていなければ、作戦や動きに支障を来す。それこそ場合によれば、国民の命すら危険に晒すことにもなり得てしまう。
彼等が在庫に目を付けたのは、それが最も手っ取り早く且つ、確実に武器が手に入るからだ。密輸船ともなれば、海域への侵入にそれなりのリスクが伴う。
そんなリスクを少しでも少なくするために、テロリストはわざわざ海自に仲間を忍び込ませた。
海自の経理室がいつ点検を行い、納品し、受注を行うかを知っていれば、実行の可能性はゼロではない。

つまり河西晃平は、その定期点検がいつ、何時に行われていたかを把握していた。
加えて空自を選ばなかったのは、彼らは空で機動することがメインだからだ。そして陸自に忍び込まなかったのは、海上と航空よりも銃器の数が比較的多く整備されているから。
彼が海自を選んだにはちゃんとした理由がある。
その中間地点として程よく銃器が存在し、だがメインは速射弾や誘導弾といった大掛かりなミサイルを使用すること。それが彼が海自へスパイとして入り込んだ大きな理由と考えられる。

そこから推測される、数の減った武器とは、手軽な拳銃であろうというのが、柴崎の見解だった。


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