擬態する星座をコラージュして 2



大きなものは逆に身を動かすのに不利になる。
丁度良い軽量と、運びやすさから考えても、河西晃平が選択した武器はその一つに絞られていったのだ。

時間にして凡そ20分が経過した頃。再度イヤホンから接続音が聞こえ、経理室と繋がった。


「どうだった」

『…数に変化はありませんでした。二度ほど確認はしたんですが……』


在庫に変化はなし。その報告を聞いた烏間は顎に手を添え思案する。
柴崎の予想では確かに二、三丁分の空間はあるはずなのだ。だがそれがないとなると、現状から僅か後戻りをすることになる。
さてどうしたものか……。そう考えていると、烏間が掛けて付けていたイヤホンマイクが不意に抜き取られる。それに気付いた彼がその顔を上げると、隣に立っていた柴崎が、代わりにそれを掛けマイクを口元に合わせていた。


「橘花、もう一度拳銃が管理されているところを見て欲しい。場所はH&K USPの保管場所だけで構わない」

「だけって……」

『しかしそこも、』

「君の確認に不備があったと言いたいわけじゃないんだ。でももし紛れているとするなら、そこくらいしかない」

『紛れる……?』

「もう随分昔に退役になったからまさかとは思ったけど、君が探して無いのなら可能性としてゼロじゃない。11.4mm拳銃。愛称だとガバメントかな」


11.4mm拳銃。正しくはM1911A1という、アメリカのコスト・ファイヤーアームズ社と他多数が共同で作り上げたという軍用自動拳銃だ。
当時の日本でもこの拳銃は使用されていたが、45口径と少々重く、反動が大きいことからの扱い辛さが原因で前線から遠ざけられた代物でもあった。
だがこの型の拳銃の製造が完全に終わったわけでもなく、現状のコルト社ではそれらを基盤とした新たな拳銃が作り続けられている。
そんな拳銃が、H&K USPとすり替えられている可能性があると、柴崎は示唆した。
形が少々似ている点から考えても、絶対にあり得ないとは言い切れない。

通信の向こうにいる橘花は柴崎からの指示にまさか……という反応を示すも、確かに可能性としてはないともいえないと判断したのか、少し待って欲しいと言葉を告げたあと、彼もまた通信を切り再び確認へと向かってくれたようだった。


「…すり替えか」

「海自に紛れ込んで、必要なものさえ取れば出て行くくらいには神経図太いんだから、すり替えるくらいはするんじゃないかと思って」


それでも柴崎だって、退役となった拳銃がもしかしての確率でも代替えとして使われている可能性は、初めは低いと考えていた。
そう簡単に手に入るものではないし、すり替えるにしたってリスクも高い。
しかしそのリスクをやってのけての、この所業だ。あり得にくいことすらも、あり得るものだと考えて動かなければ見つけるには至難の技になる。

掛けていたマイクから再度接続音が聞こえてくる。確認の作業は終えられたようだ。
報告に耳を傾けていれば、その向こうから聞こえてきた彼の声は、信じられないと言い表すような声色を見せていた。



『……三丁分です。まさかこんな、ガバメントがあの中に紛れていたなんて、』


あり得ないと考えられていた可能性が的を射るように現実になった瞬間だ。烏間は隣に居る柴崎を見れば、殆感服すると表すように軽く首を横へ振るった。
現役を退いて早数年が経ち、あの任務から大凡一年が経っても尚、彼のその鋭い観察眼と拳銃に対する豊富な知識、そしてあらゆる可能性を弾き出してくる思考力は衰えを知らない。
味方となれば本当に力強く、頼りになると思うと、人選にすら首を縦に振る以外の動作は見当たらなかった。


『すみません、現場にいる自分のミスです。初歩的な管理すら、満足にも出来ず……』

「慣れた作業をこなしていれば、H&K USPとガバメントの見分けにミスをする場合もあるよ。けど身に馴染んでくるからこそ、気持ちに余裕が出て隙間が生まれる。次からは、見落としがないようにね」

『はい、申し訳ありません……自分だけでなく、他のメンバーにも通達を、』

「いや、それは少し後にして欲しい。他への通達は俺と烏間から再度指示を出すから、その時にしてもらえるかな」


それで良いよねと目で烏間へと意見を乞うと、問題ないと答えるよう彼は首を縦に振った。

事が事なだけに、公に話を広げるわけもいかない。そのためにも上は機密の任務として烏間と柴崎を呼び、早急に事態の収拾しろとの命令を出した。
そうでなければ、今頃防衛省全部署に情報が伝わり、海自は特に警戒と警備を強化することだ。勿論そうすることで手は増え対策も多く立てられはするが、その選択を取れば、自ずと他省庁や国民にも情報が漏れてしまう場合がある。
信用の損失。非難と怒声の嵐。管理不足を責められ、防衛省自体が立つ瀬無い状況となることは目に見えている。
だからこの任務を、当省庁としての立場からたった二人で上は遂行させろと指示を出した。


『柴崎さんが、そう仰るなら……分かりました。では、その時まで自分の中に留めておきます』

「ありがとう。頼むよ」

『はい。では、通信を切ります』


音の聞こえなくなったそれを、烏間も柴崎も頭や耳から離せば、当然だが動揺を隠せていない横山の目が彼ら二人へと向いていた。


「今の、どういう意味なんだ……?ガバメントがどうして、」

「事が落ち着けば俺や柴崎よりも、上から直接の報告がある。だから今回のこの一件に関しては、それまで口外を禁じてもらいたい」

「……お前らが動いてるから、大体の規模感は分かるよ。口外はしない。今ここに居る仲間もだ。俺はお前達を信じるし、必ずそれを遂行することも、信じてる」

「ありがとう、横山。全部終わったら改めて報告に来るよ。それまでは信じて待ってて」

「ははっ、あぁ、約束だ。……責任とやらがまた伸し掛かって居るんだろうが、負けるなよ」

「あぁ、必ず任務は成し遂げる」


手間を取らせたことに礼を伝え、二人は通信室を後にする。
獲物の把握は完了した。河西晃平が取り替え持ち去ったのは、H&K USP三丁分。自分の分を含んでの三丁なのか、含まずしての三丁なのかはまだ不明だが、テロリストの数は三〜四まで絞ることができた。
次に彼の足取りだが、脱退した隊員のその後までは、プライバシーのこともありどの部署も把握はしきれていない。



「……テロを起こすなら、首都か」

「まぁ、妥当だね……。狙うなら東京都になる」

「だがその東京都のどこを狙いにしているかが問題だ。……警視庁の連中ほど、俺たちは民間に対してその手のやり方で動くことはできない。守るものが国や国民であっても、俺たち防衛省は陸・空・海の防衛力を用いて守るのがそもそものやり方だ」

「それに本省勤めだと尚動きにくいんだよね……。まぁだから実行犯になりそうなテロリストには警視庁が動いて、その足になってそうなスパイを俺たちが担当して、捕まえ次第情報を吐かせるっていう二段構えなんだろうけど…」


しかしここまで来て河西晃平の行方の部分で手詰まりを起こしている。
スパイが分かり、盗んだ武器等も分かり、あとは足取りが分かれば行動に移しやすい。だが現実そうも上手くは行かないのだ。
現状情報が足り無さすぎるのが正直なところになる。となると……こうなれば連携を取るしか無い。


「どこかに掛けるのか?」

「いっそ合同で動いてしまった方が早いんじゃないかと思って。こっちの番号しか知らないから、今出てくれるかどうかは分からないけど……」

「、おい、いつの間に連絡先を交換したんだ」

「え?結構前だよ。あの時は自分は私立探偵だから、なにかあれば連絡を下さいって教えてくれてさ。まぁまさかこんなことに使うとは思わなかったんだけどね」


けど残しててよかったよかった〜。と笑って携帯から『安室』の文字を探す柴崎に、烏間は自分の知り得ぬところで根が張られている事態に現状ではどう取れば良いのか複雑な心境であった。
連絡先が知れているから、掛けて繋がり、上手くいけば連携が取れる。だが、連絡先を知っているということは相手もこれを機に柴崎の連絡先を知ってしまうことになる。

烏間からすれば、良いような悪いような、判断しかねる現状だった。
そうこうしている内に、電話帳から彼の名前を見つけられたのか、柴崎は早速と電話を掛けては受話口に耳を当てていた。


『はい、安室です』

「あ、こんにちは、柴崎です」

『、えっ!?あっ柴崎さんですか…!?あの、どうされたんです?電話なんて今まで……』

「実は今少し、頼みたいことがありまして……」

『今、ですか……。……すみません、お力になりたい気持ちは』

「警視庁も、今回の成田から侵入したテロリストに関する案件にはもう動かれていますよね?」


電話先で微かだがピンと糸が張るような緊張感が生まれた。
恐らく次に会話をするときには、彼は『安室透』ではなく『降谷零』になっているはずだ。


『………たとえ電話とは言えども、誤魔化したところで貴方にはいとも簡単に見破られてしまいそうだ。ええ、そうです。我々も今回の件については動き始めています』

「テロリストの足取りは掴めましたか?」

『大体の目星は、といったところでしょうか……。そちらはもしや、紛れ込んだスパイとやらをご担当に?』

「、ははっ、驚きました。そんな情報までもうそちらに流れているんですか?」

『まだまだですが、一応僕の部下もそれなりに優秀なもので』

「それはそれは、御見逸れしました。ではそんな"降谷"さんが率いていらっしゃる公安と、貴方自身にご相談があります」


軋轢があるのは言っても上同士の話。現場の人間は対して防衛省と警視庁の関係性にどうのと思うことはない。
互いに、やり方は違えど守るものは国と、そして国民だ。彼らが笑い、安心して過ごせる国を維持するためなら尽力は惜しまない。それが使命でもあり、仕事でもあると、それぞれが皆胸に抱いて毎日動いている。

そう、信じているから、柴崎は降谷にこう伝えた。



「手を組みませんか?」

『……それは随分と大きなご相談ですね』

「それを承知でこうしてお伝えしています」

『最悪手柄は貴方方防衛省にはないかもしれない』


手柄。その言葉が耳に馴染むと、柴崎は音もなく口の両端を僅かに持ち上げた。


「俺も烏間も、手柄が欲しいがために動いているわけではありません。この国と、この国に住まう国民を守るために動くだけです」


もちろん、降谷の言い分も分かる。
組織に属していれば自ずと結果は付き物であるし、それを自分よりも上の上司へ通達する必要性もある。
手柄が横へ流れればそれなりの信用度や、信頼度などは落ちるかもしれない。
だが烏間も柴崎も、その信用や信頼を保ち、手柄を欲するがためにこの任務を引き受けたわけではない。

街を歩けば手を繋ぐ親子がいる。
長年寄り添い生きてきたのだろう老夫婦が笑い合っている。
公園では元気に子ども同士が遊んでいて、どこか恥じらいを生みながらも手を繋いで歩く恋人たちも、この国には生きている。
そんな人たちの生活を守るために、安全な日々を届けるために、この任務を引き受けた。



『………ふ、貴方なら、いえ。貴方方は、そういう人たちでしたね。分かりました。合同任務を受け入れましょう。やり方が違っても、この国を守る者同士です。それに烏間さんも柴崎さんも、非常に頭の切れる方々なので、こちらとしても心強い』

「それはこちらの台詞です。…無理を言って申し訳ありません。でも、ありがとうございます」

『いいえ。貴方方お二人の信念は届きました。だからですよ』


降谷自身もまた、この国を守るためにいつだって力戦奮闘している。
どうすればこの国の安全を保てるか。
どうすればもっと国民にとって安心な世の中にできるか。
彼も言ったように、警視庁や警察庁と防衛省は国や国民を守るとはいえやり方が違う。だが違うからこそ、この国を色んな角度から守ることができる。時には援助や派遣で。時には捕獲や逮捕という形で。
志は同じだ。今を生きる人たちを守りたい。ただそれだけだった。


『それでは落ち合い場所を決めましょう。今我々は東京駅に居ます』

「東京駅……?」


何故駅に、と。そう思うもその単語を聞いていた烏間と、そして柴崎はハッとしたように顔を持ち上げ互いを見た。
駅はどこもある一つの空間となって点々と存在している。首都圏では特に東京駅は一つの空間、つまり一箇所の規模感が大きい。
大きいということは、それだけ在来線、新幹線も含め利用者の数が多く、人が行き交う回数も他より倍であることを示していた。

それだけの人を、あの空間に例えば閉じ込められ、人質として捉えられたら。
そして解放を条件に、要求を出されたら。
防衛省も警視庁、警察庁も、例え身代金を要求されたところで、上が人質の命が確保されている状態だと分かれば金は出さない。
例えどんなに、現場の人間が出動をしたくてもだ。



『テロは、断言はしたくありませんから遠回しに言いますが、起こる可能性があります。勿論此処以外にも成田、ベルツリータワーやその他人が多く集まりそうな場所に部下を配置させ観察を試みましたが、成田に関しては今回の侵入経路のこともあり相手も警戒しているのでしょう。めぼしい人間の姿は確認されませんでした。ベルツリータワーに関しては、いざという時の逃げ場がない。下には日本の警察が待機している状態になりますからね。だから候補から外しました。条件としては人が集まり、自分たちのいざという時の逃げ場も設けられる規模感のある場所。そうなると、我々は東京駅が最も適した場所なのではないかと判断しました』

「………そこまで絞られているのなら、こちらからも今持ち得るだけの情報をお渡しします」


恐らくこの位置から東京駅に着くまでに、伝えた情報を使って再度彼等なら警戒をさらに強化してくれるはずだ。だったら直接会う時にと出し惜しみをせず、今此処で、移動をしながらでも話す方が早い。
互いに頷き合うと、彼等はその場から動き出す。向かう場所は駐車場。そして目的地は、東京駅だ。



「テロリストの数は三〜四名、武器等の所持は有りで、獲物はH&K USP拳銃です。成田での保安検査に彼等が引っかからなかったということは、金属類の武器はそれくらいかと思われます。あとは入国してからでも手に入れることのできる小型のナイフくらいでしょう」

『H&K USP拳銃に小型ナイフ……分かりました。拳銃に関しては何丁までかは分かりますか?』

「三丁です。こちらの海自の倉庫からそれだけの分がガバメントとすり替えられていました。管理不足で申し訳ありません」

『いいえ、こういうことは予期せぬ場所で、また予期せぬ状態を以って起き得るものです。寧ろそれだけの情報を頂けた分警戒態勢をさらに強化出来る。情報提供をありがとうございます。他にも何か知り得ているものはありますか?』

「今回の案件に関係しているスパイですが、名前は河西晃平。幸いにも本省の登録データベースにはまだ彼の顔が残っていたので、後ほどそちらにも送らせてもらいたいと思うのですが、使用可能なアドレス等はありますか?」


駐車場まで辿り着くと、一台の車─烏間のものだ─の扉を開けると、彼等はそこへ乗り込み腰を落ち着かせた。
エンジンをかけ始める烏間を隣に、柴崎は後ろに手を伸ばすと、座席に置いておいたノートパソコンを取る。電源を付けたあと、パスワードを入力しホーム画面を立ち上げた。
スーツのポケットに仕舞っていた一つのUSBメモリ─紙媒体のものをpdf化させデータ保存をさせているもの─を取り出すと、それを差し込みファイルを開いた。


『でしたら今から伝えるアドレスにそのデータを送って頂けますか?』

「分かりました」


受話口より聞こえてくる英数字の並びを、開いたHotmailのアドレス部分に打ち込んでいく。そうしている間に車は既に東京駅を目的地として発進し始めていた。


「ではこちらにデータを添付して送らせていただきます。件名に名前を入力しているので、すぐに分かると思います」

『ありがとうございます。それと落ち合い場所ですが、東京駅では範囲が広過ぎますので、八重洲口に部下を一人待機させておきます』

「分かりました。ありがとうございます。ではまた後ほど」


落ち合い場所を決め、持ち得る情報交換をしたところで一旦降谷との電話を切る。
此処から車でスムーズに行けば、大凡十六分ほどで東京駅まで着く。今であそこを出てから既に五分は経過しているから、恐らくあと十分程だ。


「……東京駅とは大胆だな。もしそこが本当に実行場所なら、大方東京駅の利用者を人質にして、一角占拠でもするつもりだろう。構内は広い上、出口は十三箇所もある。店や階段、入り組んだ通路を利用すれば、最悪の場合は逃げ切られる可能性も捨て切れない」

「それをさせないための配置も、あの人ならしてるんじゃないかな。抜け目なさそうだもん、降谷さん」

「珍しいな……買ってるのか?」

「勘だけどあの人、国を守るためなら手段とか選ばなさそうだから」


例えば守るためなら誰かの犠牲や、悲しみも、仕方がないと考えてしまったり。
本当か嘘かは勿論定かではない。憶測だけの話だ。ただなんとなく、そんな気がした。それだけだ。

車から見える景色に、次第に東京駅の姿を映し出す。もう間も無くの到着だ。
落ち合い場所は八重洲口としていたので、近くのタイムズへ烏間は車を動かした。どのくらいの時間此処に車を置いておくかは不明だが、どの道領収書さえ取っておけば後々経費で落とせるため、結果的には負担はない。
車を空いていた車庫に止め、外へ出ると入庫の手続きを機械で行う。そのあと出てきた駐車券を引き抜けば、烏間はそれを失くさないよう財布の中へと仕舞った。



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