高嶺の花にチェックメイト



最近、嫌に感じる。なにを感じるのかというと、それは視線である。けれど発信元が分からず、感じた時に振り返ったりして周りを見ても見付けられない。だから毎回諦めてまた前を向いている。



「(…この感覚に慣れるって本当嫌だな)」


始まりは…始まりはいつだっただろうか。結構昔だったような気がする。それこそ小学生とかその辺り。あの頃は当たり前だがまだランドセルを背負っていて、確か帰りに母と待ち合わせをしていた。何処かへ行く約束をしていたとか、そんな理由だったはずだ。まだかな、まだかな、と母が来るのを待っていて、その時に全く知らない、今思えば中年だなと認識出来る男性に声を掛けられたんだった。あの頃は今よりももっと無知で、だから話し掛けられると普通に返していた気がする。

そのあとやって来た母が途中血相を変えて駆けて来るものだから驚いた。あの当時はどうしてそんな足早に去って行くのか、どうして声を掛けられても無視をするのよと再三言われたのか分からず、ただただ「分かった」と頷いていただけだと思う。勿論今なら分かる。同時にあの頃は幼いこともあって本当に無知であったことも。母にはそういう面で随分心配をかけたと思う。父もその頃は元気であったため、母の話を聞いた父は「何処のどいつだうちの可愛い息子を誑かすのは」と中々に温厚さを殺して怒っていた…気がする。記憶が少し曖昧だ。なにぶんもう何年も前の話なのであやふやであっても仕方がない。




「(…てことは、それから考えると…)」


あれが起きたのが小学…1年あたり。なので6歳、7歳頃の出来事だ。今柴崎は29歳。そこからその年を引くと…大凡23.4年も前からそういうことがスタートしたと言える。考えついて柴崎はぞっとした。なんだって自分が今に至っても尚そんな目に遭うのか。



「(でもなぁ…今回のこれも確証がないし…)」


ただ視線を感じる。それ以上もそれ以下もない。となれば平穏といえば平穏だ。しかし気になるといえば気になるし、無くなってくれるなら万々歳。元が分かればなんとか対処も出来るものの、こうして分からなければどうにもならない。いっそ気のせいなのではと思う方が楽だとも思う。



「?どうした、柴崎」

「…ううん、なんにもない」


前を歩いていた烏間が柴崎を振り返る。どうしたのかと問う彼に、柴崎は視線の元から意識を離して烏間の隣に歩み寄った。そうしながら参ったなぁ…と。彼は心とは裏腹に晴れている、青い青い空を見上げた。














「…いやいやいや」


事の始まりは恐らく一週間、いやよく考えると二週間も前になる。初めは視線だけだった。根元も分からないために有耶無耶にしていた節もある。しかし途中でそれが消えたので、あぁなんだやっぱり気のせいだったともう忘れていた。のに、柴崎は今手に持つ封筒の中身を知って呆れを通り越して開いた口が塞がらなかった。



「(待って、これはない)」


誰宛なのかが書かれておらず、送り主の名前も住所も無し。その時点で変だなとは思っていた。しかしこの部屋宛になる郵便受けに入っていた為に、こうして手に取り柴崎は持って上がって来た。
部屋に着いて荷物を添え付きのチェアの座に置き、ダイニングテーブルの側に立っては彼は封筒に触れる。烏間宛かな?それとも俺宛かな?不思議に思いながら柴崎は裏、表と返して封筒を見た。手紙にしては少し分厚い気がする。そのために少し重く感じるし、書類ならばこんなに小さなところには入らないだろう。何より誰宛も書かずに投函などあり得ない。

柴崎は扱いようのないそれを手に悩み、けれど少し中を確認する為に覗くくらいなら構わないだろうと、彼は近くの鋏で封を切ってみることにした。チョキチョキチョキ…。端から端まで一気に刃を通す。切れ端が机の上に落ちて、開けられたことが分かれば鋏を置く。ちらり、中身を見れば柴崎からは「ん…?」という訝しげな反応が見られた。少し封筒を傾ける。するとそれだけで中の物は流れ出るように封筒の外へ飛び出した。咄嗟のことに直ぐ手で受け止め切ることも出来ないまま、中身は散らばりダイニングテーブルの上に広がる。


そうして第一声が先程のものだ。




「…嘘でしょ」


嫌悪に満ちるとはまさにこのこと。此処まで来ると最早気持ち悪い。その証拠に分かりやすい程柴崎の眉間には皺が刻まれていた。彼は散らばるそれに恐る恐る手を伸ばして、一枚、また一枚と拾い上げる。滑り出て来たのは数十枚の写真。それが景色やら風景なら問題はなかった。いや、ないことはないのだがマシであることは確かであった。

実際その写真に写し出されているのは柴崎本人の姿ばかり。此処で一つ断りを入れておくが、決して自撮りではない。そもそも彼に自撮りの技術はないし、どうやったら出来るの?な範疇である。なので無理。ではじゃあ誰が撮るのか?となるが…大方の目星はついている。




「えぇ…やめてよね、本当…」


どうせあの一度消えた視線の犯人だ。あぁ全くなんて面倒臭い。写真なんて、こんなの盗撮じゃないか。一体何処からどう見てどうやって撮っているのか。こんな技術を持っているならもっと他で使えと柴崎は思う。

嫌だがとりあえず一枚一枚に目を落としていく。見ていけば場所は様々で、しかしその多くが外での光景であることが分かった。あるものは出勤途中の姿。あるものは誰かに電話をしている外での姿。そしてあるものは烏間と共に歩いている姿…。しかし最後のものは綺麗に烏間の部分だけは撮られておらず、あくまで主体は柴崎だ。彼のみにピントが当てられている。それがまた彼の嫌悪感を増幅させた。



「って、これ何枚あるの」


見るのも飽きてきて柴崎は数を数え始める。一枚、二枚、三枚、四枚…。数えられたそれらは机の上へ順に置かれていく。



「……15枚」


いやいや、金の無駄遣い過ぎる。それがまず第一に柴崎の頭の中に浮かんだ。プリント代だって馬鹿にならないんじゃないの?と本気の本気で呆れかかっているのだ。しかし本当の心境としてはあぁもうどうしよう…といったもの。こんな事になるだなんて思わなかった。視線が消えたからホッとしていたが束の間。大きな爆弾をマンション郵便受けに投げ入れられた。次いでそれは必然的にその者には自分の住所が知られているということで…。

柴崎は写真を前に思い悩む。こういう類は、やはり警察だろうか。一応証拠の写真もあるし、視線を感じていたとも話せば少しくらいは取り合ってくれるかもしれない。よし、そうと決まれば早速…!と思うが、それも一瞬。柴崎にはもっと懸念しなければならない、大きな存在があった。



「(…まずい…)」



もしもこのことを彼に知られたなら、それはとんでもない事になる。怒るだけならまだ可愛い。まだ救える。しかしだ、こうして郵便受けに写真を入れられていました。なんてことが分かれば、



「…っ…寒気がした…」


柴崎は震えた体を少し腕で押さえ込み、そしてそこを軽く手で摩った。

懸念すべき彼。それは柴崎の恋人でもあり此処で共に暮らしている烏間のこと。実は烏間が怒るというのはあまりない。彼も基本沸点は高く、とはいえ柴崎よりは低い。それでも大きく差があるわけでもなく至って僅差。無駄な争いは避けたいタイプだし、何よりそういうものを面倒とする。話し合いで解決するならそちらを優先するし、食い違いが生じるのなら自分の意見と相手の意見とをきちんと頭に入れてから妥当な意見を下す質だ。なので余程道理の通らない、自分勝手さを全面に出すなどがない限りは基本聞き手に回る。

普段柴崎が烏間から掛けられるあれやこれやというのは、結局は心配と心配と心配と…つまり心配からくる愛ある叱りだ。なのであれを怒るという枠内には入らない。それを柴崎も知っているし理解している。
元来烏間は根が優しい人間であるし、厳しいから怒りっぽいのでは?と思われがちだがとんでもない。彼本人「怒る必要がないのにどうして怒らなければならない。そんなものは無駄な体力だ」と言うくらいなのだから、基本平和主義なのである。



が、それが平和主義でなくなる時がある。それというのが烏間にとって、一等大切な柴崎に要らぬ虫やら輩やらが引っ付き、剰えそれが彼自身に害を為す場合だ。例えそれが未遂であろうとなかろうと、そういった影があるなら問答無用。コツンと小突くだけなんて可愛過ぎる。ガツンとど突くくらいでもまだ生易しい。それを知っているから柴崎はこの件を彼に話すのが怖いし、自分の身よりも犯人の身を心配してしまっている。



「ど、どうしようどうしよう…」


まずはこの写真を隠して…っ、あぁでももしこれが見付かったらその時の方が怖い!それなら正直に話す方が良いのでは!?…いやいや、もし今からダッシュで、なんなら車を飛ばして警察に行き早めの対策・対処をしてもらえば、烏間の耳には何一つ入らないうちに事は全てまぁるく収まる可能性も無きにしも非ず…!ならそうと決まればやることは一つ…っ。



「(まずは警察っ。すぐに警察っ!)」


ちんたらしていれば色々と危ない。本当に、色々と。だから悩んでいる暇なんて1ミリもない。柴崎は直ぐさま写真を整え封筒に入れ直す。それを手に持ち、そうだ車のキー…!と思い出せば先程置いた場所へ向かう為に彼は後ろを振り返った。瞬間、



「随分慌てているがどうし…」

「ひっ!」

「な、なんだ…どうしたんだ柴崎」


ガタン、柴崎の腰がダイニングテーブルの縁に当たる。これが結構痛い。が、現状そんなところではない。



「?……これは…」

「あぁ待って烏間ストップ!」


驚いた拍子に柴崎の手から封筒が落ちてしまい、その中身が床に散らばったのだ。それに自然と視線をやった烏間。柴崎は慌てて彼の視線の元を隠すように先程チェアの上に置いた鞄を引ったくり、その上へ投げて隠す。勿論先を読んで退かされないよう鞄を手で押さえ、しゃがんでまでして隠蔽に努める。

…が、柴崎は降りかかってくる視線に心底いや、これもうムリだ…と嘆いた。何故なら視線が鋭い。ものすごく鋭い。射抜かれるほどに真っ直ぐ突き刺さってくる。彼自身被害者な筈がなのにとんでもなく分が悪い感じになっている。



「柴崎」

「いや、あの…」


誤魔化す言い訳を考えるも全く思い付かない。次いで顔を上げるにも上げられず、途方に暮れていたその時。柴崎は視界の側に隠し切れていない一枚の写真を発見した。いや、発見してしまった。それには当然柴崎から目を逸らさず、ずっと見ている烏間にも気付かれるわけで。ではそれにどちらの手が先に辿り着くかといえば…。



「あ…!」

「………………これは?」

「えっ、と…」


しゃがんで写真を隠す柴崎よりも自由に動ける体勢である烏間の方が有利に決まっている。なので、柴崎の伸ばした手は床をタッチし、烏間の伸ばした手は見事(?)残された例の写真一枚を拾い上げた。win 烏間、lose 柴崎。

彼に向けられる烏間の威圧はすごい。責めているとかそういうのではなく、これは一体なんなんだ?という所謂問い質しの圧だ。烏間だって分かっている。柴崎がされたくてこんなことをされているわけではない事くらい。しかしだ。だからこそ微微たる情報一つだって知らなければならない。だが片や柴崎といえば耐えられない、この空気。耐えられない、この視線。と、もう逃げ出したいという逃亡感に非常に強く駆られていた。



「…柴崎」

「っ、」


近くにしゃがまれて、手が伸びてくる。それには反射的に柴崎の目は詰むられる。

怒られるかもしれない。隠そうとして、自分だけでなんとかしようとしたから。黙って、なんの事情も話そうとしないから。烏間は優しいけれど、これとそれとは話が別だ。きっと怒っている。彼が自分を大事にしてくれていると分かっているから、尚の事。

柴崎は小さくても大きくても、来るであろう衝撃に耐えるよう肩を竦めて身を縮める。けれど感じたものはまるで違っていて、瞼を持ち上げ烏間を見れば、その彼は仕方ないなとでも言うかのような表情を柴崎に向けていた。



「一人で処理をしようとするな」

「…烏間…」

「お前は俺にとって大切な存在なんだぞ。それなのに何も知らされない事の方が辛い」


頭に置かれていた烏間の手が、撫でるように柴崎の頬へ滑る。そのまま優しく包み込み、まるで壊れ物に触れるかのように柔く触れた。

柴崎は烏間の言葉を聞いて、ハッとしたように目を見開く。それからすぐに烏間の手に触れて、その目を真っ直ぐと見つめた。



「っ、ごめんね、烏間。烏間のことを傷付けるつもりなんてなかったんだけど…っ」


それでも隠そうとしたことは事実。だから柴崎は再度ごめんね、と小さく烏間に向けて謝った。そんな彼を見下ろして、烏間は僅かに表情を緩める。頬に触れていた手を後ろへ回し、髪に手を紛れ込ませると優しくその頭を抱き寄せた。



「何も柴崎を責めようとは思っていない。一番混乱しているのは他の誰でも無い、お前自身だ。そのことはちゃんと理解しているつもりだし、何より柴崎は他を差し置いても守りたいと思う存在だ。…だから一人で解決しようとするな。何かあれば直ぐに頼れと、いつも言っているだろう」


背負い込む癖は相変わらずだな。そう言って優しく髪をポンポンとされると、不思議に肩の力が抜けていく。烏間の胸に顔を埋めてもう一度、柴崎は彼に向けて小さくごめんと呟く。けれどそのあとはちゃんと、



「…ありがとう、烏間」


彼からの優しさを受け取って、気持ちや想いを受け取って、感謝の言葉を送った。それは曲がることなく真っ直ぐ烏間にも伝わったのか、彼は小さく口元に笑みを浮かべると緩く柴崎の髪を撫でた。



「それで、分かっていると思うが」

「へ、?」


烏間は柴崎の肩を掴み体を離す。そうして視線を逸らさせないよう真っ直ぐと彼の目を見遣った。柴崎は物の見事にがっちり固められているために身動き一切不可能である。ぐっと一度距離を詰められる。すると本当に、目と鼻の先で視線がぶつかった。




「この主犯は見付け次第討つ」

「いや待って!?討つって何!?」

「当然だ。こんな写真を送り付けてくるということは喧嘩を売られているも同然。柴崎が関わっているなら尚更買う」

「か、買わなくて良いからね!?」


嬉しいけどそんな物騒なこと言わないで!そう伝えるも悲しきかな。全く以って伝わっておらず、既に烏間の中では主犯撲滅という目的が迷うことなく作られていた。













まさか此処にお世話になる日が来ようとは。柴崎は大変肩身の狭い気持ちを持ちながら烏間と共に目の前の階段を登った。



「あれ、烏間さん!柴崎さん!どうされたんですかっ?」


事務所の掃除をしていた彼女、毛利蘭は思い掛けない訪問者にその目を丸くさせた。一旦掃除の手を止めると、彼女は二人の元へ歩み寄る。



「突然で申し訳ない。毛利さんは在宅されているか?」

「お父さんですか?えぇ、居ますよ。呼んできましょうか?」

「あぁ、頼む」


烏間のその言葉に対して、じゃあ少し掛けて待っていて下さいと一言伝えれば、蘭は自宅の方へ上がっていく。その姿を見送って、烏間は柴崎の手を引くと見えるソファへ足を向けた。互いにそこへ腰を落ち着かせ、すると柴崎は隣に座る彼にこそっと耳打ちをする。



「…ねぇ、どうして此処なの?」


もっと他にも適した場所があるだろうに。例えば警察署とか。けれど烏間にも何やら思うことがあるのか、柴崎からの問いかけに彼は此処へ訪れた理由を柴崎に話した。



「此処にはあの頭のよく切れる彼が居るだろ」

「頭のよく切れるって…まさかコナンくん?」

「僕がどうしたの?」

「「っ、!」」


会話をしていた最中、突然聞こえてきた少しトーンの高い少年の声に二人は僅かに肩を上げる。それから声のした方へ顔を向けると、そこにはお馴染みあの小さな名探偵、江戸川コナンが立っていた。



「珍しいね。二人が此処に来るなんて」

「…まぁ、事が事なんでな」

「?事が事?」


それってどういう意味?と彼は烏間を見るも、理由は話されない。なので今度はその隣にいる柴崎を見ると、そちらからはあはは…という苦笑を向けられた。コナンから見ても今日の烏間は何処かいつもと違う。では何が違うのかと言われると、一言で言うなら空気だ。こう…なんというか、そう。固い。いつもより固いのだ。だからコナンは少しだけ柴崎の側に近寄ると小さく彼に話し掛けた。



「…ねぇ、烏間さんどうしたの?」

「あー…ちょっとね…」

「…ちょっと?」

「…いや…、…結構かな」


ちょっとと言うにはお粗末だ。なので頻度で表すと結構が適切だろう。言葉を濁す柴崎にコナンはんん?と首を横に傾げる。そうしていると後ろから、あの眠りの小五郎と言われる毛利小五郎がやって来た。



「おぉ、烏間さんと柴崎さんじゃありませんか!どうされました?」

「約束も無しに伺ってしまい申し訳ありません。しかし少々事が事ですので、こちらへ寄せさせて頂きました」

「事が事…?…はっ、まさか何か事件でもっ?」

はたはた迷惑な事が一つ」


事件の香り。それを嗅ぎつけた小五郎は分かりました、まずは話を聞きましょうと烏間、柴崎が座る前のソファに腰を落とした。


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