高嶺の花にチェックメイト 2



話すこと数十分。毛利探偵事務所内には三つの大きな声が響き渡った。



「「「ストーカー被害に遭っている!!?!?」」」



嘘でしょ…!?そんな顔を浮かべて三人は大きく目を見開く。それに再度間違いがないよう烏間はあることを繰り返した。



「先程もお話ししましたが俺ではなく、柴崎がです」

「柴崎さん…、ス、ストーカー被害に遭われてるんですか…!?」

「本当なの!?柴崎さん!」

「……えぇ、まぁ…」


するとまたえぇ…っ、という反応を見せられ、心中柴崎はそうだよね、そうなるよねと肩を落とした。しかし彼の思いとは裏腹に、話を聞かされた三人はしげしげと柴崎を見遣る。



「(…いや、でも分からなくもないかも…)」

「(なにぶん彼は中身も容姿も雰囲気も良いからなぁ…)」

「(そりゃあストーカーの一人や二人出来たって不思議じゃねぇな…)」


各々が心の中で似たような事を思うと、驚きは段々消えていき寧ろ不憫さが奥から滲み出てきた。しかしそんな彼を守るためにも隣には烏間が居て、するとやはり彼はとても頼りになる人だと彼等三人は再度認識をした。



「それで、さっきお話しされていた中にあった写真というのは…」

「あぁ、それなら…」


烏間は隣に座る柴崎に目をやる。それに一度分かっていると頷けば、彼は持ってきていた鞄の中からあの封筒を取り出した。それを小五郎の前に差し出すためにテーブルの上へ置く。



「これです」

「中は見ても?」

「…どうぞ」


本当はあまり見られて気分の良いものではない。しかしそうも言っていられないので、柴崎は小五郎から尋ねられるそれに浅く首を縦に振った。封を開けられ、中身を取り出される。あの時は嫌悪感が全面に出ていたが、今思えばこんなにも写真を撮られていたというのは些か気味が悪い。

烏間は視線を下にやった柴崎に気付くと、前に座る彼等に気付かれないようそっとその手を握った。僅かに肩が揺れて、ゆっくり頭が上げられる。そうして彼との目が合えば烏間は大丈夫だと伝えるように、握る手に力を込めた。するとほっとしたような表情を柴崎が見せる。幾分か気持ちが落ち着いたようだ。



「…見たところ全て外での盗撮のようですね」

「家の家具とか、窓とかも見られないし、何より写ってる柴崎さんはみんなスーツを着てるしね」


その後も幾つかの確認を取られる。これはいつ頃のものか覚えているかや、此処に少し写っているのは誰だか分かるか、など。それに一つ一つきちんと答えていき、最後にあることを問われる。



「ではこの写真を送り付けられた以外に、何か感じたことなどはありませんか?」

「感じたこと、ですか…」


そう聞かれて一番に頭の中に浮かんだのはあの視線のことだった。これはまだ烏間にも話していないことで、自分の中に留まっていた話。柴崎は一度隣に座る烏間を見る。するとその視線に彼も気付いたのか、どうした?と尋ねるかのようにその瞳を見返した。けれどそれに何か言うこともなく、柴崎は少し浅く息を吸ってゆっくりとその口を開いた。



「…これは烏間にもまだ話していないことなんですが」

「…なんでしょう」

「…視線を、感じていました」

「視線?」


一体いつ頃からだと問うてくる烏間に、彼は二週間くらい前…と言葉を返す。それには流石の烏間も驚いたのか、喫驚した面持ちで柴崎の顔を見返した。



「けど、それは初めの一週間くらいで…二週間目に入る頃には感じなかったんです」

「全く?」

「全く。なので何事もなく終わったのかなと安心していたんです。…そうしたら、こんなものが…」

「郵便受けに届けられていた、と」


うーーーんなるほど〜…と腕を組む小五郎。コナンはそんな彼を一度ちらりと見遣ると、再びその目を彼等に向けた。



「それって、烏間さんが側にいた時も感じたの?」

「んー…、烏間が側にいる時はあまり感じなかったかな。比較的一人で居たり、あとは烏間以外の職員と歩いている時に感じたくらいだと思う」


とすると、その主犯者とも言える人間は烏間のことを警戒していたとも捉えることが出来る。というのも、もしもその犯人が柴崎のあれやこれやを知りたいと、見たいと思うのならそれこそ彼が烏間の隣にいる時こそ良く見られるというもの。けれどそれを敢えて避けて、柴崎が一人の時、もしくは烏間以外の誰かといる時のみに柴崎へ視線を送っていたということは…予防線を張りつつ己の欲を満たそうとしている気があるのだ。



「てことは、とりあえず柴崎さんは烏間さんと一緒に居れば一先ずの安全圏には居られるってことだね」

「あとはこのストーカーの主犯者ですが、こちらの方でも幾つか伝がありますので、そちらを介して調査をさせて頂きます」

「ありがとうございます。急なお話だというのに助かります」

「いえいえ!こんな純粋そのものな柴崎さんを襲うだなんていう輩はこの名探偵毛利小五郎が成敗してやります!すぐにでも貴方から不安の種を取り除いて見せましょう!」

「ふふ、心強いお言葉です。本当にありがとうございます」


ね、ちょっと安心したね。と笑って隣に座る烏間に話し掛ける柴崎。その表情からして大分気持ちが楽になったのだろう。垣間見えていた不安の色が薄くなっている。それを知って、烏間も少し安堵をした。彼に暗い表情は似合わない。それに先程もコナンから自身が側に付いているときは一先ず柴崎は安全だと聞かされた。だったらその言葉通り、彼の側に居てこの身を守ってやらなければ。



「まだ少しは不安が続くだろうが、大丈夫だ。俺が側に居て守ってやる」

「…ふふ、ありがとう。烏間が居てくれたら安心出来る」


ふわり、柔らかな笑みを浮かべる柴崎。そこから感じられるに告げられた烏間からの言葉が嬉しかったのだろう。少し心に詰まっていたもやもやとした気持ちがふ…と何処かへ消えていくような心地を彼は抱いた。

事にして結構な事態。それでも目の前で見せられる柔らかい雰囲気に小五郎も蘭もコナンも何故か途端に「守らなければ、この空気」などという謎の使命感と決断力が芽生えた瞬間だった。






数日後、街で出会った佐藤と高木に(特に佐藤から)柴崎は詰め寄られていた。



「もう!柴崎さんったら水臭いです!ストーカーに遭っているなら我々にも協力願いを出して頂ければ直ぐにでも対処をしたというのに!」

「え、?あ、す、すみません…?」

「ちょ、ちょちょちょ佐藤さん!佐藤さん詰め寄り過ぎです!柴崎さん困ってますよ!」


女性の勢いというのはげに素早い。ので、彼女は視界の端に烏間と歩く柴崎を見付けると駆けて近寄って行ったのだ。聞けば詳細は小五郎から聞いたとかで、忙しいだろうが少し協力をして欲しいと頼まれたらしい。まさかこんなところにまで話が行くとは思わず、烏間も柴崎も互いに顔を見合わせ一驚した様子を見せた。



「それで、その後は大丈夫ですか?以前にも柴崎さんはあんな目に遭っているので、私心配で…」

「ご心配をお掛けしてしまいすみません。けど今のところは大丈夫です。ありがとうございます、気にかけて頂いて」

「そんな!我々捜査一課は民間の安全を守るためにも存在しますっ。それに隣にはこうして烏間さんがいらっしゃいますし、柴崎さんとしても少し安心されているんじゃないですか?」

「え?…っふふ、そう見えますか?」

「えぇ、何処と無く。…今はまだ不安もあるでしょうけど、必ず我々が貴方を守ります。なので何かあれば遠慮なく仰って下さいね」


約束ですよ。と佐藤は彼の手を取りぎゅっと握る。そんな彼女の言動に少し瞬きをして驚くも、やはり気持ちとしては嬉しく思ったのか、柴崎はありがとうございますと笑って彼女に礼を言った。その様子を隣で見ていた高木と烏間はといえば…。



「烏間さんも色々と神経を使われるかと思いますが、どうぞご協力よろしくお願いしますっ」

「いえ。こちらこそ捜査一課の方々にまで出向いて頂けるとなると心持ちが違います。柴崎もお陰で安心していますし、助かります」

「そ、そんなそんな!これが僕達の仕事でもあり役目でもあるんですから気にしないで下さい!」


烏間からの言葉に照れたようにして手を横に振るう高木。そのあと彼もまたちらりと佐藤と話す柴崎を見ると、確かに。表情的にも落ち着いている。それに目に見える不安さも小さく感じられた。初めて見た時から思っていたが、彼の纏う空気は自然と他の者にまで影響させる不思議な何かを感じる。それは全く嫌なものではなくて、寧ろ心地よく、心が落ち着いていく感覚を覚える。きっと柴崎という人となりや心根がそうさせているだろう。それを思うと、このまま彼が安心して過ごせるよう頑張らなくてはと高木も拳をぎゅっと握った。











毛利探偵事務所を訪ねて早一週間。捜査一課の面々に会い声を掛けられてからは…凡そ四日程が経った。あれ以来写真の類は送られて来ず、視線も全く感じない。烏間と共に動いていることが理由なのか、それとも諦めて去ってしまったのか。確かなことは分からないが柴崎自身、心穏やかに過ごせていることは事実であった。

このまま何事も無く終わり、何事もなくいつも通りの日々が戻ってくる。これは烏間も柴崎も願っても無いこと。正直なところあれだけのことをしてきた主犯者がこれで終わるとも思えないが、もしも終わるのならば万々歳。見えない不安に気を取られるよりもずっとまし。だからこの先も変わらずに、この日々が続けばいい。そう願わずにはいられなかった。





「(予定より遅くなっちゃったな…っ)」


外での仕事が舞い込んで来て、今柴崎はそちらからの帰りの途中であった。予め烏間に伝えておいた時間よりももう既に30分は過ぎている。先程一報入れておいたから心配はしていないだろうが、これ以上待たせてしまうのは申し訳ない。なるべく早く戻らなくては。そう思い彼は足早に防衛省までの道中を走っていた。車で行くには遠回りであり、しかし電車ならばまだ短縮が出来る。そんな場所へ赴いていたために今の柴崎は車を使用していない。だからこうして走っている。けれどこれを思うとやっぱり車の方が便利だったかなと今更ながらの後悔をした。

そのとき。曲がり道、と言っては些か丁寧過ぎる路地裏より人影が見えた。まさか人が出てくるとは思わず、彼はその人を避けるようにして少し体を左に傾けた。けれどトン、と軽く腕が当たってしまい、するとその人は軽くふらりと蹌踉めいてしまった。咄嗟に柴崎は腕を伸ばし、傾く体を受け止める。



「すみませんっ、お怪我はありませんか?」

「あぁ、平気です、すみません」

「いえ、こちらこそ危うく巻き込んでしまうところでした。…腕は大丈夫ですか?」

「えぇ、ありがとうございます。お優しいんですね」


それでも尚何処かフラつくその人は体を支えようと柴崎の腕を掴む。それを見受けて、柴崎は何処か体調でも悪いのだろうかという印象を抱いた。顔色的にはそう悪くはなかったので、熱はないと思うのだが…。それでもやはり心配になり、彼は大丈夫ですか?とその顔を覗くように見遣った。



「…少し、目眩がします」

「目眩…、あ、それなら彼処に病院があります。もしかしたら寝不足や疲労なども考えられますが、念の為にも一度受診されてみてはどうですか?」

「……あぁ、いや、段々クラクラして来て…」


強くスーツを掴まれる。それを見て柴崎はどうしようと考えを巡らした。俯かれる為にちゃんとした様子を見られないし、見ようとすれば何故か顔を背けられる。もしや見られるのが嫌なのだろうか?と思うも、それにしては偉く強く服を握られる。目の前のこの人のことも気になるが、柴崎には待たせている烏間のことも気になる。もう一度連絡を入れて、事の次第だけでも伝えてしまおうか。烏間には悪いが、まだあまり彼のそばを離れない方が良いとも思う。あれからそう時間が経ったわけでもないし、きっとそれが無難だろう。



「あの、すみません。少し連絡したいところがあるので良いですか?それを終えたらあそこにある病院までお連れします」

「連絡…?」

「はい。少し人を待たせているもので」


すぐに終わるので、この腕は持っていて下さっても構いません。そう伝えて柴崎はポケットから携帯を取り出した。連絡先から烏間の名前を探して、見付かったところで発信のマークをタップしようと指を向かわせる。すると突然携帯を持つ手を掴まれて、柴崎は驚いたように後ろを振り返る。そこには先程までフラつくだのクラクラするだのと言っていた人、いや、男性が彼の携帯を取り上げようと手を伸ばして来ていた。



「っ、ちょ…っ、」



それを避けるよう足を後ろへ引くも掴んでくる腕が思っていた以上に強い。通りへ出ようと踏ん張るものの、この男。昔何かをやっていたのかと思うほどに力がある。腕を一度二度と強く引かれると足が前へと向かってしまった。

柴崎は現状を把握し理解すると、もしかしてという勘が働く。まさかこの男、例のあの主犯者なのでは。それを察すると脳内には途端に危険信号がけたたましく鳴り響く。もしそうならばこんなところで時間を食うわけにはいかない。すぐにでも烏間の元へ走らなければ。

しかし運が良いのか、先程手を掴まれた際に柴崎は発信のマークをタップしてしまっていたらしい。だからこの携帯は烏間へと繋がっている。暫くすると受話口からは烏間の声が聞こえて来た。それを耳にして、柴崎はハッとしてその携帯に顔を向けた。




「っ烏間!そこからすぐ近くの病院まで走っ…っ、何するんですか!」

「相手は誰だ…!」

「貴方に関係ありませんっ、手を離して下さい…っ!」


電話の向こうからは頻りに名前を呼んでくる烏間の声が聞こえる。その間に「近くの病院へ行けば良いんだなっ?」という声が聞こえてき、それには反射的にそうだと返事をした。きっとこれで彼はやって来てくれる。一人より二人の方が捕まえられる確率は高い。



「あの男だな…っ!いつも君の隣にいるあの!」


あの男。恐らくそれは烏間のことを指すのだろう。彼は途端に激情し、荒々しいまでに柴崎の持つ携帯を殴る勢いで手から離させる。その殴りどころが悪かったのか、柴崎は走る痛みに顔を歪め、惜しくも携帯を手から滑り落としてしまう。それに一瞬あ、と気を取られる。だから目の前に迫って来ていた白い何かに、柴崎はすぐ気付けなかった。

鼻先から香る独特の匂い。それが「笑気ガス」だと気付くに遅くはなかった。顔を背け、少し吸ってしまったせいでフラつく体を支えながら、柴崎は携帯を落とし空いている方の手で掴んでくる手首に掌底を打とうとする。しかし目敏くもそれに気付かれてしまい、男はその手と掴んでいた方諸共を纏め上げ路地裏の壁へ押さえ付けた。



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