指折り数えた幾度めかの夜に




あの夜…。



「……分かったら、早くここから立ち去るべきだ。いつまでも俺は君を匿えないよ」


「君は可笑しな事を聞くね」


「どうして俺が君を捕まえないといけないのかな」


「俺は警察でも刑事でも何でもない」





信号が赤になる。足を止めて、視線を前に向けた。過ぎて行く車に風は煽られて、髪を揺らしていく。





「ただのしがない、一般人さ」






青に変わった。また歩みを進めた。



「(…あの時、あの人は俺を逃した)」



ただの一般人に君を捕まえる理由はないと、そう言って。




「……名前、なんつーんだろうな…」



聞き忘れた、という思いと。聞き忘れたのならまた聞きに行けばいいという思いと。二つが今交錯した。



「(…そういや、彼処にはあの人以外も居たんだっけ)」



微かな物音がして、自分達以外の人がここには居るとあの時察した。しかしそれが誰だかを知る術もないまま、彼処を飛び出たんだ。




「…恋人、とか」


ふと、そんな言葉が浮かんだ。しかしあの人なら居そうだ。たった数分であったが、纏われる空気は不思議と居心地が良かった。




「(あれ、)」



たまたま目を向けた先。そこには、今丁度考えていた人が居た。



「(あの人…この間の…!)」



思わず止まってしまった足。それを動かして、少し遠目から見つめた。




「(スーツ…、…って当たり前か。今日平日だし、仕事してるよな)」



しかしそれは遠目で分かる程、細身な彼には似合っていて…暫し見惚れた。同時に年上男性への憧れに似た感情もじわりとやって来た。




「……、」


誰かを、待っているのだろうか。仕事のものであろう資料を読み、たまに捲りながらそこに立っている姿を彼、黒羽快斗は飽きもせず見続けた。ただ立っているのもあれだと思い、近くの自販機でジュースを買って、それを片手に。



「…あ、」



するとそこに一台の車がやって来た。しかしそれに彼は気付いていないのか、仕事の物に集中している。

実際クラクションを鳴らす、という術も勿論あったはず。だがそれをすれば周りの目が向けられる。故にそれを避ける為か、車の主はそこから一度出ては立つ彼の元へ歩いていく。




「……っ、」



きっと名前を呼ばれたんだろう。顔を上げてその人を目に映した時、ふわり…としたあまりに優しい笑みが浮かべられていた。一言二言話して、くすくすと小さく笑って、それから手を引かれるようにして彼はその人の車の中へと消えていった。




「………」


もう、いくらそこを見てもあの人はいない。そんな事は分かっている。…分かっているのに、足が動かなかった。




「……あんなの、」



…あんなのはまるで…、…愛しい人へ向ける、もののようで…。故にまさかなんて仮定が浮かび上がった。

偏見などない。そんなものは個人の自由だ。だから咎める理由も、責める理由も、況してや軽蔑する理由もない。




「………、」




…そんな感情を抱く前に、気になった。あの人の名前を、あの人の手を引いた人を、彼等はどんな人達なのか、本当はどういう関係なのか…。…あぁ、これではまるであの名探偵のようだ。


快斗は空になったジュースの缶をゴミ箱へ捨てた。そして踵を返すようにして、足を動かす。



「…決行は、今日だな」



思い立ったら即行動。さぁ、会いに行こう。光り輝く月夜の下で。


















かたり、と音が聞こえた気がした。



「…?」

「烏間?どうしかした?」

「…いや、音が聞こえた気がしたんだが…」

「音?」

「あぁ…」


何処から?と問えば、彼はベランダに目を向けた。柴崎は立ち上がるとそちらへ向かう。そして躊躇いもなく、カーテンを引いた。





「…ぁ、」


目に入ったその影と白。夜風に吹かれて舞い上がるそれは酷くこの漆黒の夜では浮いていた。

ベランダの引き戸を開け、するとふわりと風が入ってきた。




「…また羽休め?」

「…いえ。今日は貴方に逢いに来ました」

「へぇ、君がわざわざ…。それはご苦労様」



でも、と言葉を濁せば彼は白の彼・怪盗キッドに今日は駄目と言った。




「? 何故ですか?」

「なんでも。ほら、早く帰りなさい」

「…、」


むすり、と。折角来たのに、と。拗ねたようにする彼に、柴崎は小さく苦笑した。こうすると、月下の奇術師というのも立派に子どもだなと思うのだ。




「…柴崎?」

「、!」


聞こえてきた声。それに不味いと思えば彼はキッドにほら早く、と手でジェスチャーを送った。しかしそれよりも早くその声の主は姿を現す。



「どうした。やはり何か居…」

「…あ…、」

「…………」

「……;;」



何か居たのか。そう恐らく彼、烏間は柴崎に尋ねるつもりであったのであろう。しかしそれは目に映った白によって、何処かへと消えてしまった。



「……まさかまた来ていたとはな」

「…え、…また?」

「…前もここに来ただろう。まぁ俺とは面と向かって会ってはいないが、こいつとは会ったはずだ」


こいつ、とはやはり柴崎を指すようで、キッドは段々あの仮説が現実味を帯びる感覚を覚えた。




「あの…貴方は、此処に住んで…?」

「……そうだと言ったら?」

「っ、烏間…!」

「別に隠す必要もない。…どうやら薄々気付いているようだからな」

「…っ」


嗜めるように烏間の名前を呼ぶ柴崎。だが彼の言う通り、キッドの目を見ればそれは分かる事。…彼は薄々気付いている、この関係に。…しかしそれでも、…羞恥というものは生まれるものなのだ。




「っ、…それでも、もう少し躊躇いがあったって…」

「彼は此処でお前と会って、すると此処をお前の自宅と思う。なのにそこには俺が居て、況してや一緒に住んでいると言う。……ここまで来て、弁解出来るか?」

「……っ…はぁ、…出来ない、か…」

「なら、此処は潔くなるべきだ」


彼の言い分は尤も。逆に言い訳などすればそれこそ怪しい。



「あ、いや…!誰にも言いませんよ!」

「え?」

「そのっ、別に偏見もないし、同性だからって区切る必要もないし、好きで想い合ってるならそれで全然…!」



だから大丈夫だ、と。気にしないで欲しい、と。貴方達に対するマイナスな要素なんてありはしないから、と。言葉に出来ない沢山の思いを言葉足らずに告げていく。


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