指折り数えた幾度めかの夜に 2



「、…ふふ、」

「へ、?」

「…ねぇ、そっちが本当の君?」

「え、…あっ」


知らぬ間に出てしまっていた、ほんの少しの素の自分。咄嗟に口を噤むも、それは既に遅かった。彼等はそんな彼の姿に、音もなく小さな笑いを一つ零す。



「俺はそっちの方が好ましいがな。年相応らしくて」

「俺もそう思うな。素敵だよ、そっちの方が」

「っ」


優しげな笑みと言葉と共に向けられるそれは、じんわりと伝わって…。本当に不思議だと思う。何があったわけじゃない。何をしてもらったわけじゃない。何をしたわけでもない。…なのに、絆されそうになる。




「…っ、あ、の…」

「ん?」

「どうした」

「…っ、…名前、お聞きしても良いですか…?」



それにあぁ、となれば2人は小さく笑った。



「そういえば言ってなかったね。俺は柴崎だよ」

「俺は烏間だ」

「柴崎さん、烏間さん…」



一度復唱して、また心の中で復唱した。するとほわ…とした温かな何かが広まって、その感覚に首を傾げた。これは何だろうか?…安心感?それとも、名前を知れたという嬉しさ…?




「君は、何て呼べば良いんだろう…」

「え?…あ、えっと俺は…」

「あれ、一人称俺なんだ」

「ヘ?…あぁっ!」

「くく…っ、柴崎、あまり茶化してやるな」

「えッ?」

「ふふ、ごめんね。反応が可愛いからつい」

「な、かわ…!?」

「…ほら、困惑してるぞ」

「…んー、なんか俺の弟みたい」

「…あぁ、言われてみれば確かにな」



一つ一つの反応。それが自身の弟と似ていたのか、柴崎は彼のアワアワとした様を微笑ましく見ていた。




「えっと、…じゃあ、その…」



本当なら、本名を告げたい。けれどそれは、今はまだしてはいけない事だろう。それでも…もしかしたら本当の自分として、この人達と何処かで出会うかもしれない。そうなったら、きっとこの二人は自分の表と裏の顔を一つの人間に当てはめてしまうんだろう。…何故かそう、自分の第六感が告げていた。……ならせめて、せめてその時までは…。




「…世間ではキッドと呼ばれているので、それで…」



だがいつかそんな日が来てしまったなら、その時は…この人達に本当の名前を告げたい。そして呼んでもらいたい。…『黒羽快斗』という名を。




「…分かった」

「…そう。教えてくれてありがとう」

「いえ…」


いつか、そんな日が来れば、必ず。




「ね、お腹空いてる?」

「え?…あ、…確かに、お腹減ってるかも…」


なんせ学校が終わり、日が暮れるのを待って、夕食なんて二の次にこうしてやって来たのだ。年にして17歳。育ち盛りには、腹の音がそろそろ鳴きそうだ。



「じゃあ何か食べていく?」

「えっ、!…い、良いんですか?」

「君が良ければね」


部屋の中へと踵を返していく柴崎。その背中を見て、それから近くにいる烏間を見る。すると彼も構わないという風に軽く首肯し、部屋の中へ向かっていった。



「…じゃあ、お言葉に甘えて…」

「ふふ、どうぞ。靴は脱いでね」

「はいっ」


部屋に一歩入れば、シルクハットを取り、モノクルをポケットの中へと入れた。軽装にし、身に纏っていたマントも申し訳ないが置かせてもらうことに。



「(…落ち着いた感じだな…)」


中はこの2人に似合う、落ち着いた部屋。物もそう多くなく、必要なものだけがあるといった感じだ。



「何が良い?」

「…あ、えっと、何でも良いんですか?」

「良いと思うよ。ね?」

「…まぁ、作れるものならな」

「え、…烏間さんが料理を?」



柴崎さんじゃなくて?と、言葉にせずとも伝わってくるそれに2人はくすくすと、笑う。



「俺料理が苦手で。烏間の方がよっぽど上手なんだよ。それに美味しいし」

「(意外だ…)」

「別に苦手と言う程ではないんだがな。だがいかんせん、柴崎は料理に関して苦手意識があるらしい」

「だって烏間ってば不味いはずなのに不味いって言わないから。言ってくれたら安心して作れるけど…」

「だからいつも言ってるだろう。お前の作ったものは不味くないと」

「もう、嘘ばっかり…」

「嘘じゃないさ」

「(…なんか、ずっと見ていたい恋仲だな、この人ら)」



キッチンに立つ烏間と、その近くのテーブルの椅子に腰掛ける柴崎。彼は立っているキッドに気付けばおいで、と手招きをした。



「で、何が食べたい?」

「……じゃあ、」



そして口から出てきたのは、



「…チャーハンで」

「「…………」」


まさかまさかなそのチョイス。それに烏間も柴崎も零れそうな笑いを何とか殺した。



「…っ、チャーハンな」

「っ、本当に、それで良いの?」

「は、はいっ」

「ふふ、だってさ、烏間」

「なら15分待て。すぐに作る」



そう言っては作業に移る烏間。それを見てから、キッドはふと隣にいる柴崎を見た。



「ぁ…」



その横顔、その目、その雰囲気。……キッドの目に映ったそれらは、彼が街で見たあの時の柴崎と…とても、とても、似ていた。




「……柴崎さんは、烏間さんの事が本当に好きなんですね」



だから口から出たこの言葉は、酷く、酷く、無意識なものだった。少しして振り向かれたその頬に、ほんの少しの紅が見えて、ぼんやりと「あぁ…綺麗な人だな…」なんてことを考えてしまう程には、色んなものが無意識的だった。




「っえッ?」

「え?あ、い、いや!その!深い意味はなくて!えっと、横顔とか目が凄くっ、その…っ優しげだったんで…っ!本当に好きなんだなって思って、だから、えっと…!」


ワタワタと手を横に振ってまるで弁解するように話す彼に柴崎は暫し黙る。それから少し目を伏せ、視線を逸らしてはそう尋ねた。



「……、……そんな風に、見えた?」

「……は、い…」

「……そう、」


それから、ちらりと料理をする烏間に柴崎は目をやった。そして見えた背中に、少しばかりか…彼は目元を緩める。




「…好きだよ」

「、!」

「…でも内緒にしてて」

「え、…どうしてですか?」

「…、」


それに少し口籠れば、烏間に気付かれぬよう、彼はそっとキッドに告げた。




「……面と向かっては、恥ずかしくて」

「………」

「…だから、烏間には今のことは内緒」

「………なんか、分かる気がします」

「え?」

「いえ…」


硬派そうな、いや絶対に硬派な烏間さんが柴崎さんに惚れた理由が。…とは口に出さず、キッドはそっとその言葉を胸に仕舞った。



「ほら、出来たぞ」

「あ、ありがとう」

「ありがとうございます。…うわー、美味そう…!」


良い香りのするそれは更に食欲を増幅させてくる。年相応な顔を見せたキッドに、烏間も柴崎も小さな笑みを口元に浮かべた。



「…食べても良いですか?」

「あぁ。構わない」

「どうぞ」

「! いただきますっ」


蓮華で掬い、一口。



「っ、うま…!」

「ね。烏間って料理上手なんだ」

「煽てても何も出ないぞ」

「そんなつもりじゃないけど、…って、俺の多くない?」

「それくらいは食べろ。まだ少ないくらいだ」

「……、」

「…そんな顔しても駄目だぞ」

「……後4口分」

「………………仕方ないな」

「ふふ、ありがとう」

「(…いや、これは烏間さんも相当柴崎さんが好きだな。対応が甘い)」


また一口、パクリとチャーハンを食べながらキッドはそんな事を考えた。


title:雖も様


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