「……悪いが、その手を離してもらえるか?」
「…それは少し、難しい頼み事だな」
「……;;」
…あぁ嫌だ。帰りたい。とにかく帰りたい。帰れないのならせめて逃げたい。
「大体、いつもいつも何処から湧いて出て来るんだかな… 」
「そう言わんでくれよ。これでも普通に歩いている中、君達に会ったんだ」
「(いや、やっぱり帰りたい)」
睨み合うは烏間と赤井。その間には、それはもう不本意にも挟まってしまった柴崎の姿が。彼は叶うなら直ぐにでもここから脱したいと切に願った。
「君こそ、休日に彼と一緒に居るなんて…まるでデートでもしているようだ」
「な…っ」
「…そう見えるならそうなんじゃないか?」
「えっ、!?」
当たらずと雖も遠からずな赤井の発言にギョッとするが、それよりもまるで隠す気ゼロな烏間の発言にもっとギョッとする。
「ほぉ…。それはそれは、些か妬けるな」
「妬くだけ無駄だと思うが」
「(…駄目だ、頭が痛い)」
ちょっと待ってくれ。一体何処からどうなってこうなったんだ…、と。柴崎は痛む頭を抱えながら考えた。
事は彼と出会う前の話し…。
「…これで終わりか?」
「んー…、…うん、これで終わり。ありがとう、手伝ってくれて」
「構わない。それも持つか?」
「良いよ。それじゃあ烏間両手塞がっちゃうだろ?だからこれは俺が持つよ」
ありがとうと言って、互いに手に荷物を持てば歩き出す。
久々の休日。さぁ休もう!さぁゆっくりしよう!…なんてことはまだ出来ず、まずは日頃使う消耗品で足りないものを買い足さねば。と、2人は休みにも関わらずこうして街へと足を運んでいるのである。
「あれからは何ともないか」
「ん? あぁ…、うん、お陰様で」
「なら良いが、もしまた何かあれば言えよ」
「ふふ、はいはい」
あれ、とはついこの間のあの事件。事件というと大事かもしれないが、まぁまぁリアクション的には大声を上げてしまうかもしれない事柄である。
「…でもここのコレ、」
「?…あぁ、そこのソレな」
トン、と指で自身の項辺りを打つ彼に烏間は軽く笑う。そんな彼に柴崎は笑い事じゃないよと言った。
「周りから見えるんじゃないかと思って冷や冷やしたんだから」
「それは結構なことだな。元より見せる事が目的だ」
「〜〜…っ、(当人じゃないからって…)」
まぁでも彼が心配し、周りから牽制をする為にしてくれた事(しかしまさかあんなにされるとは思わなかった)
お陰であれから電車に乗っても痴漢には遭わず、無事目的地へと向かえたことも事実。感謝は、すべきなんだろう。多分。
「まだ残ってるだろう」
「……うっっすらね」
「……。なんなら付け直すか?」
「良いっ。大丈夫!」
「っくく…ッ、そこまで首を横に振らなくても良いだろ」
「だって…」
可笑しそうにくつくつと笑う彼はそんな言葉を漏らす柴崎を見遣っては少しその首筋に目をやる。
「…ま、少々目には毒だな」
「毒?」
「あぁ」
淡く、それは薄っすらと。白く綺麗なそこに存在を示す紅色の印は、まるで何かを触発してしまいそう。
「……全く、困った奴だ」
なのに、そう思うのに…。呆れて、もう懲り懲りだと離れて、その手を離す事をしたいとも、況してやしようとも思えない。
「烏間?」
「ん?」
「どうかした?」
「…いや、何にもない」
それどころか、浮かんでしまうのは小さな笑み。そして、自分ももう随分前から触発された人間の1人か、という思い。…けれども違(たが)う点があると言うのなら、それは…
「そっか、なら良いや」
優しく笑う、この彼の身も心も、手に入れられた事であろう。
「(…まぁここ最近は減ったと思った要らぬ虫が何故か増えたがな)」
本当に、本当に、払うのに苦労する。それがlikeであろうとなかろうと。
「っ、ぇ…!」
「…?」
その時ふと、隣から…。…いや、ほんの僅か後ろから声が聞こえ、足を止めて振り返った。そして視界に入ったある人物に、烏間は無意識に眉を顰めた。
「やぁ、奇遇だな。こんなところで会えるとは」
「…ぅ、わ…」
「…柴崎くん、流石にその反応は如何かと思うが」
「…あ、いや、…その…すみません、つい…」
本音が…とは口にせず、柴崎は喉の奥へとそれを飲み込んだ。…掴まれた腕。それをしてきた人物は、かの有名な連邦捜査局所属の凄腕スナイパー、赤井であった。
そんな彼は柴崎の近くに居るもう1人に目をやり声を掛ける。
「烏間くんも。君とは久しいな」
「…あぁ、その節は。………それよりも…」
───「悪いが、その手を離してもらえるか?」
と、まぁ…この様に冒頭へ至るのであった。
「(この2人、会ってまだ二回…いや、正確には三回目だけど三回目でこんな険悪なことってある?)」
あるんです。なんて、何処からか声が聞こえてきそうで柴崎は首を横に振った。
「コナンくんから君たちの話は会うとたまに聞くことがあってね。それに依ると、随分付き合いが長いそうじゃないか」
「それを知ったところで、何かあんたに利でもあるのか」
「利か…。そうだな…、……非常に興味深い彼の事を知れるという点では利はあるか」
「それは残念だったな。俺は本人から許可を得ない限り、こいつの事はペラペラと話さない」
「ほぉ…確かにそれは残念だ。ならここは本人に聞こうか。なぁ、柴崎くん」
「……はい?」
「…、…烏間くん、彼のこの反応の答えは教えてくれるか?」
「………9割がた話を聞いていなかった時の反応だ」
両サイドからの目。それに柴崎はそういえば途中から何にも話聞いてなかったな…と、今にして思う。
「…ごめん、なんだっけ」
「いや、良い。取るに足らないことだからな」
「へ、?」
「おいおい、なかった事にしないでくれよ」
軽く苦笑を浮かべた彼、赤井は烏間にそう話せば未だ腕を掴まれている柴崎に顔を向けた。
「柴崎くん」
「?」
「俺に君のことを教えてくれないか」
「は?」
物凄く怪訝な目と顔で赤井を見遣る。そしてその顔はこう語っていた。