熱いシャワーを頭から被る。暫くして蛇口を捻り、止める。髪から伝うのは滴。それがポタリ、ポタリと落ちてはタイルに水溜りを作った。
「…ありがとう。君も疲れただろうし、もう寝ても良いよ」
君月が少女にそう話せば、1つ頭を下げてパタパタ…と彼女はその場を後にした。それを見届け、今聞いた内容を思い出す。
「…吸血鬼の数は、7人か、」
「こちら側より1人多いね」
「! 志苑さん…」
「聞いてくれてありがとう。助かったよ」
「いえ」
タオルで髪を拭きながら志苑は優・君月・与一・シノアの居る場所へ行く。周りがラフなように、彼も今はラフだ。
「あの女の子の証言を元に、とりあえず明日は動こうか。君月くん、後でシノアに女の子から聞いた話をもう一度話してあげてくれる?シノアはそれを簡単にまとめて明日の朝皆に報告を。頼めるかな?」
「はい」
「任せて下さい」
「ありがとう」
明日についての話は明日することとし、ここで一旦切り上げる。志苑は首に掛けてタオルでまだ乾いていない髪を拭き、水気を取る。
「……志苑兄さん」
「んー?」
「……、」
「っ、…え、何?」
ガシ!と志苑の腰を両手で掴む優。それにビクッと肩を上げて彼は拭く手を止めた。
「…食ってる?」
「食べてる、けど…」
「…細くね?」
「…そうかな」
「細ぇよ!いやっ、昔から兄さん細身だったけどあの頃から殆ど変わってねぇじゃん!なんで!?グレンなんも食わしてねぇの!?」
「いや、だから食べてるよ」
細い!細い!と騒ぐ優に誘われてか、他の3人も2人に近付く。
「確かに、志苑さん細いですね…」
「制服着てると分かりませんけど、こうして見ると…」
「志苑さんったら女の敵ですねぇ」
「えぇ…、」
「あと!」
「まだ何かあるの…?」
優が志苑の腰から手を離して彼を見上げる。志苑に至ってはまだ濡れている髪を拭き切れていないのに、その手に持つタオルは肩に掛けられている。
「髪濡れたままの、しかもそんな薄着のラフな姿で歩いちゃ駄目だろ!!襲われる!!」
「何に?吸血鬼に?」
「なんか、とにかく色々!色んなもんに兄さん絶対襲われる!だから本当に気を付けてって!!」
「……。大丈夫だよ」
「なんでっ!」
「だって大抵紅朱雀持ってるし、気さえ抜いてなければ来たって返り討ちにするから平気平気」
「〜〜〜っ違うんだって!あーもう!やっぱ兄さん自覚足んねぇよ!!」
「あはは。志苑さん、優さんに言われちゃおしまいですねぇ。ちなみに私もそう思います」
ねぇ?とシノアが君月と与一に聞けば2人も静かに頷く。
「2人まで…」
「志苑さんってほら、雰囲気が穏やかっていうか、実際優しいですし…」
「それに顔も良いんでこいつの言う通り、一応気をつけておいて損はないと思いますよ」
「「「「…………」」」」
黙る4人。そこから笑う者が1人、食って掛かる者が1人、それを止めに入る者が1人、ただ立つ者が1人と分かれた。
「おいコラてめぇ兄さんをんな目で見てんのか?あ?」
「はっ!?」
「あわわっ、優くん待って待って!」
「あははははっ!ね?中佐や他の方がよく気を付けろって言ってた意味、分かりましたか?」
「………、」
シノアからの言葉に、そう言えばグレンや深夜にも「自覚を持て」って言われたっけ…、と思い出す。
「志苑さんって、外見や人柄や雰囲気で周りの方を知らない間に虜にしちゃうんです。んー、でも虜というより、…惹かれてしまうんですかねぇ」
「…惹かれるね…」
でもそれって血のせいなんじゃないの?
「血じゃありませんよ」
「、」
「ふふふ。…今、血のせいだからって思いませんでした?」
「……」
笑うシノアを志苑は見る。
「…血じゃありません。皆さん貴方自身に惹かれるんです。…今ここに居ないみっちゃんも、グレン中佐も、他の皆さんも。そして優さん、君月さん、与一さんも」
勿論私も。
シノアは側にいる志苑を見上げる。
「志苑さんはご自分で思う以上に、とても魅力的な方なんですよ」
「シノア…」
「だから本当、気を付けてくださいね」
それだけ言うと騒ぐ彼らを置いてシノアはその場を去って行く。
「(……血じゃない、か……)」
「周りは血がどうだとか、それで虜になるだとか言うだろうが、んな事言う奴らに俺を混ぜんな。良いか志苑。澄血ってのが鬼も人も吸血鬼も虜にしてしまう毒みたいなもんだとしても、俺はお前自身を見てる。たかが血、されど血だろうよ。でもな、元々がお前じゃなきゃ意味ねぇよ。分かったか?」
「馬鹿だなぁ、志苑ったら。僕に言ってくれたじゃん。『『深夜』は『深夜』。『柊深夜』だからこうして話してるんじゃない』って。忘れた?…同じ事だよ。僕は『澄血を持つ志苑』だから惹かれたんじゃない。『志苑』だから惹かれたんだよ。もー、忘れないでよね?」
「私は鬼。貴方の血に初めは誘われましたわ。そして虜になったのも事実。…けれどもう違うのです。私は主だから従って、主だからお守りしたいの。今や人や鬼や吸血鬼を惑わせてしまう澄血なんてどうでもよくってよ。…貴方様自身に私は虜ですの。その事をどうかお忘れなきよう、我が主」
「俺は志苑兄さんだから好きなん……っ、っいや、嘘じゃねぇけど、でも、…〜〜っとにかく血なんか興味ねぇ!!俺が好きなのは志苑兄さん!!兄さん自身!!血とか、えっとーなんだっけ?澄、血?とかそんなの知らねぇ!!大体んなもんで俺らがここまでくっ付いてるの思うのかよ!俺もミカも他の家族も皆兄さんが好きで、兄さんに惹かれてんだ!忘れんなよ!」
「僕は志苑兄さんの血で惹かれたんじゃない。優ちゃんも、他の皆もそうだよ。…兄さんって存在が根底にあるから僕らは皆惹かれるんだ。大体そんな血だけでこんなに懐くわけないじゃん!全くもう、馬鹿だなぁ志苑兄さんってば。こんなに好きなのにー。血のせいだと思ってたの?僕ショックだなぁ。あははっ、なんてね!」
グレン…、深夜…、紅朱雀…、…優、………ミカ…。
「ごめん、忘れてた…」
…ごめんね。
そう小さく呟くと、志苑は1度目を閉じた。瞼の向こうには、呆れた顔のグレン。笑う深夜。…そして遠い昔、共に暮らした家族の優とミカの幼い頃の笑顔が映った。ゆっくりと瞼を開け、そして今もまだ言い合う優達の元へ足を運ぶ。
「だーから俺はそんな目で志苑さんを見てねぇつってんだろうが!!馬鹿優!!」
「誰が馬鹿だ誰が!!大体お前が誤解生むような言い方するからだろうがよ!!」
「もうやめようよ2人とも…!」
あわあわとする与一。そんな彼の肩に置かれる手。
「志苑さん…!」
「ごめんね、与一くん。困らせちゃって」
それだけ言うと志苑は2人の首根っこを掴んで離す。
「はいはい、もう終わりにしようね。俺も気を付けるから。今ある体力は明日のために使う事。良いね?」
「…はい」
「…はーい」
「ふふ、良い子良い子」
「(やっぱり2人は志苑さんに素直だー…)」
2人を落ち着かせた志苑に、与一はどこか尊敬の目を見せたのだった。
朝。東京・表参道駅地下入口前。
「えー。優さんが救出した少女によると、どうやら吸血鬼達は原宿から1キロの表参道地下鉄跡地に潜んで、人間を飼っていることが分かりました。吸血鬼の数は7人。我々より多いですね。なので吸血鬼が眠りについてる早朝から昼にかけて奇襲攻撃を行います」
そこで君月が挙手をする。
「はい、君月くん」
「捕らえられてる民間人はどうする?人質に取られたりしないのか?」
「人質は無視だ。敵の方が数が多い。誰かの心配が出来るほど、あたし達に余裕はない」
迷う事なく言った三葉。そんな彼女を優は見る。
「なんだその顔は。不服なら渋谷に帰って良いぞ」
「誰が不服っつった?俺は吸血鬼が殺せんならそれで…」
「あと」
シノアが話の間に口を挟み、説明内容の付け足しを話す。
「吸血鬼7人全員武装した状態で起きていた場合は、絶対に勝てませんのでやはり逃げます。志苑さんが居るとは言え、彼ばかりに頼っていてはいけません。志苑さんはあくまでも私達のサポート。主体は私達です。なので、その場合は逃げます」
「あ?」
「正直黒鬼シリーズを使える貴方方は強いので何とかなる可能性もありますが…どうせやるなら無傷で敵を皆殺しにしたい」
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