No title | ナノ


genus  




綴られれる文字の最後にピリオドを打つ。下部にサインを書けば、ペンを置いた。その時丁度部屋に響くノック音。


「どうぞ」

「失礼致します」


入って来たのは雪見時雨。グレンの従者である。



「グレン様がお呼びです」

「…了解」


腰を上げ、鬼呪装備を手に取る。それを腰にある専用ベルトに構えれば時雨の方へと足を向ける。近付いてきた彼に時雨は詳細を話す。


「生体実験施設から吸血鬼が一匹脱走。場所は第二渋谷高校です」



《第二渋谷高校》

それに一瞬だけ瞼が僅かに開かれる。だがそれに時雨が気付くことはなかった。



「そう…。なら早く向かおうか。待たせるとグレンが拗ねちゃうね」

「もう拗ねられていました」

「ははっ。全く直ぐへそ曲げるんだから」


軽口を叩き、時雨に配置に戻って構わないことを伝えれば、彼女は一礼して去っていく。それを見てから志苑も足早にその場を後にした。向かうは第二渋谷高校。









「遅い」

「人を超人か何かと勘違いしてない?幾ら何でも限度があるよ」

「ったく。…まぁ良い」


そこで僅かに離れた場所からガラスが割れる音が。それを拾い、彼処だなと2人は意識を向ける。



「…志苑、3秒で捕らえろ」

「了解。その代わり締めは頼んだよ」

「任せとけ」


そう話してから音のした場所へ向かう。走りながら志苑は鬼呪装備に手を掛け、柄を手に取る。角を曲がれば恐らく上から落ちて来たのであろう。緑の生えた花壇に押さえ付けられる人と、押え付けた吸血鬼の姿が。その光景を視界に入れれば鞭を振る。真っ直ぐとそれが向かう先は、吸血鬼の腕。



「ッッ!!」


まるで刃のような切れ味でその腕を切り落とせば、撓(しな)るそれを器用に扱い吸血鬼の体を締め上げる。起きた光景を目の当たりにした花壇の上の人間は目を開く。



「な…っ、」


ほんの数秒前まで自分の上にいた吸血鬼。優勢に立っていたそれが浮かべる表情は今、苦痛を表すよう歪められている。強く強く締め付てくる紐の様な、将又縄の様なそれにもがくも意味を成さない。

フッ、と体の上から影が消え、視線を動かせば宙に浮く吸血鬼。だがそれはほんの数秒で、すぐに視界から消えてしまった。




「3秒きっちり。…流石だな」

「ふふ、ありがとう」


声のした方へ顔を向ければ、刀を上に向ける男と、その横に立ち鞭を手に持つ男。そして上を向く刀に深々と刺さる吸血鬼の姿がそこにあった。縄はもう役目を果たしたのか、緩み使用者の手の中へと戻っていた。




「よう、呼んだか」


刀を持つ男、グレンは自身の鬼呪装備に突き刺さる吸血鬼へとそう話す。


「おのれ…っ!!」

腕と胸から流れる血。いつまで経っても回復しない傷に鬼呪のかかった武器か、と吸血鬼は気付く。


「キーキーうるせぇんだよ。ヴァンパイア」


それだけ言えば刀を振り、獲物を殺す。今やそれは煙となり、跡形もなく蒸発し消えてしまった。



「…ふぅ。しっかし相変わらずコントロールが上手いな。また上達したか?」

「どうだろう。そう変わらないと思うけどね」

「そうか。まっ、強くなるに越したことはねぇ」


二言程そう話せば、グレンは未だ花壇の上にいる人物に話し掛ける。



「……で、なんだその姿。お前アホか。抗吸血呪もかかってない一般兵器で吸血鬼狩れるわきゃねぇだろ」

「…邪魔すんじゃねぇよ。もうちょいで殺せたんだ」

「へー。こいつに助けられたとこ俺見たんだがなぁ。ありゃ幻覚か?」


こいつ、と親指を指されるのは彼の側にいた志苑。まさか巻き込まれるとは思わなかったのだろう。彼は肩を竦め息を吐いた。



「優を苛めるのはそれ位にしてくれる?俺の大切な家族なんだ」

「へーへー。……だがまぁ、今回はガキの割には良くやった。お前のお陰で犠牲が少なくて済んだ」


刀を鞘に収めながら話す。志苑も習うよう、鞭をベルトに仕舞った。



「学校の友達を守ったな」

「偉いね、優」

「…はっ、?」


《友達》

その単語に優は固まる。そして視線を志苑に向ける。それに気付いた彼は小さく笑いかけた。困惑の色を見せる優に近付けば、その頭に優しく手を乗せる。



「…優はとても良い事をしたんだよ。この学校の友達を守ったんだ」

「志苑兄さん…」


久しぶりにこうして近くで見る。変わらない、頭に乗る手の温かさ。そして向けられる優しい色に思わず言葉が詰まった。だが直ぐにそこから目をそらして口を開く。


「っ別に、…そんな、友達なんてもん俺は興味ねぇよっ」


頑なにそう言う優に志苑は少し困ったような笑みを浮かべた。そして頭から手を離すと少しだけ離れる。そのままグレンの方へ足を向けると、彼の側にいた者に現場の修理云々についての話をする。



「(…あれが…、月鬼ノ組…)」


優は顔を上げ、志苑が向かった方を見る。軍服を着、纏う風格はやはり違う。しかし視界の端に手を振るシノアの姿を見つけ、無言で舌打ちをした。そして前に立つグレンへと話し掛ける。


「ってか俺の実力見たろ?俺は吸血鬼とやり合える。いい加減俺を月鬼ノ組に入れろよ!」

「やだね。俺はチームワーク出来ない奴嫌いだし」

「はは。中佐が1番チームワーク出来てないですけどね。本当志苑さんが大変そうで、目に浮かびます」

「あ?なんか言ったか?」

「いいえ」

「はぁ、」


シノアとグレンの会話にため息をつく志苑。



「グレン、」

「悪い悪い。…まぁとにかく、シノアに伝言させた通りだ。お前はこの学校で友達作らなきゃ…」

「友達友達うっせぇんだよ!!んなもん吸血鬼殺すのにゃいらね…」


いらねぇんだよ、と恐らく続くのであっただろう言葉は言い終えられず、聞こえてきた声に止められた。



「う う うわぁ良かった!!百夜君無事だったんだ!!」

「あ?」

「死んだかと思ったああああ!!!」


声の主は走って来たのか、そのままの速度を維持し優へと突進して行った。構えも何もしていなかった彼は来た衝撃に巻き込まれ後ろに倒れ込んでいく。



「はああああ!?ちょっ…お前なんだよ!?鼻水汚ねぇ…って痛い痛い痛い痛い!!今そっちの肩脱臼して…!!うわ…意識が…」

「へ?あれ?えええええ!!?だっ、誰か救急車ぁ!!」


痛みで意識を失ったのか力無く倒れ込む優。その光景を一部始終見ていたグレン・志苑・シノア。


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