No title | ナノ


genus 2  




「何あれ?」

「一応友達みたいですよ」

「へぇ…。…だってさ、グレン。どうするわけ?」


そう隣に立つ彼に志苑が忍び笑いで尋ねる。


「噂じゃ友達が出来たら謹慎終了っていう約束だとかで。見た所条件は満たしてるようだし、」


横から少し覗いてグレンを見る。



「…これは約束を守ってあげないと優が可哀想だね。ほら、どうするのかな、グレン中佐」

「〜〜っ、お前も中佐だろうが!」

「そうだけど、この約束の最終決定権はお前が持ってるんだよ。俺に任せられても困るなぁ」


ね?とシノアに聞けば、彼女ははい、と笑った。



「志苑さんの言う通りですよ、中佐」

「えー嘘だろー…?」


マジかよ、という顔で呟き志苑を見る。それに ん?と彼は首を傾げた。




「……お前はこれからあれの付き添いか?」

「あれ?…あぁ、優?まぁあんな状態じゃね。心配だし、付き添おうかなとは思ってるよ」

「………」

「なに?なんか不満そうな顔してるけど」

「別に」


プイ、とそっぽを向かれる。それに何?と再度聞くが返答は来ない。その様子を見ていたシノアはなるほど〜と合点。



「あは。志苑さん、中佐ってば百夜さんに嫉妬してるみたいです」

「は?」

「バッカ!そんなんじゃねぇ!」

「えー?私には志苑さんが自分より百夜さんを取ったって事が気に入らない様に見えましたけど違いましたかねぇ?」

「シノア!」

「あははは!」


ゴラァ!待て!と言うグレンに笑い逃げるシノア。残された志苑は一度肩を竦め、倒れ込む優の元へ向かう。そこには未だ心配の声で彼の名前を呼ぶ男子生徒の姿が。




「大丈夫だよ」

「えっ?」

「肩を脱臼して、その痛みで意識を失っただけだから」


側にしゃがみ、隣に居る彼に小さな笑みを向けそう言った。



「病院までこの子を運ぶんだけど、良かったら一緒に来る?」

「はっ、はい!」

「ならおいで」


意識のない優を抱き上げ、立ち上がる。そして幾分か下にいる彼へと目を向けた。



「君の名前、聞いてもいいかな」

「あっ、さ、早乙女与一と言います!」

「早乙女くん…。…長いし、与一くんでもいい?」

「はい!」

「じゃあ与一くん、優の友達になってくれてありがとう」

「へ、?」


キョトンとする与一。それに志苑は小さく笑う。



「少し頑固だけど、根はとても優しい子なんだ。だから君が良ければ、これからも仲良くしてあげて欲しい」



目元を緩め、優しくそう言われる。この世界にそぐわない、纏われる空気の柔らかさ。現実とは全く相対する雰囲気なのに、弾かれることなく存在している。…何故だろう。とても落ち着く。与一は向けられる言葉と目と空気に、そんなことを考えた。



「駄目かな?」

「へ?あっ、い、いえ!僕なんかで良ければ!」

「……、ふふっ。そんなに自分を卑下しないで。……君はとても綺麗な涙を流す」


優を片手に抱くと、空いた方の指でそっと、まだ残っていた涙の雫を拭う。


「ぁ…」

「誰かの為に、こんなにも綺麗な涙を流せる与一くんはとても心の優しい子だよ。…だからその優しさを、出来ることならもう少し自分自身にも分けてあげてね」


そう話して、腕の中の彼を今度は両腕で優しく抱き直す。見上げて来る与一に一つ優しく笑い、そして後ろに居た少女に振り返り声を掛ける。



「病院への連絡は取れたかな」

「はい。ベッドの用意をしてもらいました」

「そう。ありがとう、シノア。任せてごめんね」

「いえいえ、構いません。では行きましょうか」


シノアを先頭に病院へ向かう。途中目の合ったグレンにまた後で、と口パクで伝えれば、どこかパッとしない顔で頷かれる。それに苦笑いを浮かべては彼から目を逸らした。












「となると私達、貴方の大嫌いな”仲間”
ですねぇ」

聞こえてきた声に足を止める。少し覗けば手を差し出すシノアが。どうやら優の目は覚めた様だ。


「ようこそ、月鬼ノ組へ」


差し出されるそこへ1人の手が乗る。与一だ。


「ねね、百夜くんも…」

「………んだよ、それ……」


布団を一度握る。仲間なんて…、そんなもの、要らないのに。また失うかもしれないくらいなら、そんなもの最初からなければ良い。なのに…、なのに……。



「クソ…」

強くなろう。大切なものを、大事なものを守れるくらい、強く。もう誰にも奪わせないために。



「…………よろしく」


恥ずかしそうに手を差し出た優。悪態を最後まで吐きながらも、彼は”友達”という”仲間”を手に入れた。その光景を見て、志苑はくすりと音もなく静かに笑った。そしてノックをし、病室へ足を踏み入れる。



「お邪魔してもいいかな」

「あ!志苑さん!」

「おかえりなさい、志苑さん」

「ただいま。…目が覚めたみたいで良かった。もう肩は痛くない?」


ベッドに近付き優の側に立つ。そんな彼を優は見上げた。



「…痛くねぇ」

「なら良いんだ」

「志苑さんね、ずっと百夜くんの事見てくれてたんだよっ」

「え、」

「そうですよ〜。大切な家族だから目が覚めるまでは戻らないでここに居るって言って、さっき一度席を外すまでずっと百夜さんの側に居てくれたんですよ」


与一とシノアの言葉を聞き、優は志苑を見上げた。本当に?という風な目で見てくる為、彼はそうだよ、と返す様笑いかけた。



「家族が目を覚まさないと、俺も心配で仕事に手が付かないんだ。たかが脱臼、されど脱臼。…理由はなんであれ、無事で安心した」


本当良かった、と頭に手をやり撫でる。拒否も否定も何にもせずそれを受け入れる優。その様子におよ?とシノアと与一は顔を見合わせた。そして前者はニヤッと、後者はふわっと笑う。


「ほーほー。百夜さんも志苑さんの前では純粋で甘えたな男の子なんですねぇ」

「志苑さんって優しいから甘えたくもなるよね!」

「〜〜っうるせぇッ!別にいいだろ!ってか何で与一はそんなに志苑兄さんと仲良くなってんだよ!」

「優が寝てる間に少しお話をしてたんだよ。ね、与一くん」

「はいっ」

「与一くん!?」

「おやおや?百夜さんは与一さんに嫉妬ですかー?もうっ、志苑さんったら罪な人!」

「シノア」

「はーい」


そろそろお口はチャックね、と言葉なしに人差し指を口元に翳せば、舌を出してシノアはそう返した。



「……、」

「ほら、そんな顔しないで」

「あわわっ、ごめんね!百夜くん!」

「…別に」

「良いそうなので与一さん、ここは遠慮せずにいきましょう」

「シノア」

「あは、ごめんなさーい」


拗ねる優。慌てる与一。煽るシノア。嗜める志苑。病院の一室には、外の世界とは裏腹の空気が漂っていた。


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