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「自分の血、あんまり好きじゃないからさ。だからあぁやって言われると、なんか気が立っちゃって。駄目だね、こんなんじゃ」


苦笑いを浮かべる彼に優は唇を噛むと一歩ズイッと近寄った。それに一歩後ずさる志苑。



「志苑兄さんは志苑兄さんだ!」

「、」

「だから!だから、その…っ、…俺が兄さんを守る!」

「え、」

「強くなって…、今よりもっともっと強くなって、兄さんがんなこと思わねぇように俺がしてやる!だから大丈夫だ!!」


ふんっ、と鼻を鳴らすと満足したのか志苑から離れる優。言われた彼はぽかんとして、それからくすくすと可笑しそうに笑う。


「っふふ、そっか。ありがとう、優」

「おうっ。なんなら小舟に乗った気持ちでいてくれよ」

「くく…っ、小舟…っ。大船じゃなくてっ?」

「え?あ!大船!小舟じゃ沈むから駄目だ!」

「あははっ、もう本当に優は可愛いね…っ」

「あー!もう何処がだよ!」


笑う志苑と照れて怒る優。ここが戦地であることを忘れてさせてしまうような、優しい笑みを浮かべる志苑。そして年相応の子供らしい表情を浮かべる優の姿がそこにはあった。



「…っはぁ、ごめんね、笑って。…さてと」


辺りを見渡し、確認する。味方は無傷。敵は恐らくもう居ない。つまりここの人間を解放できる。予定通りだ。



「問題はなし、と。君達も大きな怪我はないね。三葉、首は大丈夫?異常はない?」

「大丈夫ですっ!」

「なら良いんだ。じゃあ地上へ出よう」

「「「「はい/あぁ」」」」




地下に居た人々を地上へ連れて行く。そして最後に自分達が出る。すると外にはあの時の少女が見えた。彼女はその瞳に涙を浮かべ、そしてこちらへと走って来た。


「ご…ごめんなさい…わ…私、私…っ」


言葉を詰まらせ、しかし込み上げる謝りを伝えるのに必死。その様子に優は小さな笑みを浮かべた。


「お前は自分の家族を守ろうとした。それだけだ」

「でっ、でも…っ」

「正しい事をしたんだ。だから謝るな」


そう言葉をかける中、それを割くような声が響く。



「てめぇらなんてことしてくれたんだ!!」


そう叫ぶのは1人の人間。…家畜だった者だ。彼は優を除く他の5人に訴える。


「なんで吸血鬼を殺した!?あいつらが居なくなったら俺らは…っ、子供達はどうなる!?」

「はぁ?あいつ何言って…」

「お、お父さん…」


自分の傍らでそう呟いた少女に優は目を開く。そして先にいる人物に目をやった。彼はまだ叫び言葉を投げている。



「お前ら日本帝鬼軍は人口調整とかいって俺らを渋谷ゆ新宿の都市に入れてくれないじゃないか!!なら外で暮らす俺らはどうなる!?そこらを歩き回るバケモノから誰が守ってくれる!?城壁に守られた温室で暮らす特権階級どもがヒーロー気取りで偉そうに…」



一瞬影が出来た目元。誰にも悟られないような僅か変化。それを優は目に入れた。発せられた言葉に落とされた視線。ほんの一瞬のそれに気付き、知らぬ間に口から言葉が出た。



「俺は」


その場の視線が優へと向かう。


「…俺は子供のころ…ずっと吸血鬼の都市にいた。残飯食わされて毎日毎日血を抜かれて、それでも自分は家畜じゃないと言い続けて生きてきた。支えてくれ、凭れさせてくれる兄がずっと側に居てくれたから、俺は思い続けられた」

「(優…)」


志苑は優の話と言葉に僅かにその瞳を開く。



「そしてある日、脱出を企てた。そのせいで仲間は皆死んだ。大切な兄には2度目の死を見させてしまった。……いや、」


死んだ。違う。見捨てたんだ。自分が生きる為に、生きて…最後の家族である兄・志苑を守る為に…見捨てたんだ。最期の最期に守ってくれと言われ、その約束を守る為に、あの時全てを見捨てた…。



「今はそれを後悔してる。俺もあの日一緒に死ねばよかったって、そう思うこともある。だけどそれでも…、まだ俺には守る人が居て、その人が苦しみの中でもがきながらも前を向いて生きてる」


強さや優しさの裏に隠された辛さや悲しさや苦しさ。それを兄は今も尚抱え込み、それでも生きている。…生きてと最期に願ったミカの為に、残る家族である俺の為に、崩れそうな体を起こして生きてるんだ。



「……どんなにあの時の事を後悔して一緒に死ねばよかったと思っても、それでも俺は…、あの日家畜をやめようと決めたのを後悔したことは一度もない」


話す優の姿が、志苑には大きく見えて、込み上げそうな思いを押し留めて静かに呼吸をした。




「……だからなんだよ…。くそが…っ。俺だって……っ、俺だって……っ、子供達の血を好きで吸わせてなわけじゃ……っ」


涙を流し、拳を震わせる。そんな彼の服を握る少女と、傍に立つ恐らく彼の妻。支えるように立つ2人に彼は言葉を飲む。3人のその姿に、優はどこか言い知れぬ思いを抱いた。それは羨望か、なにか。正確には分からない。



「……文句言って悪かった。娘を助けてくれたことには感謝してる」


彼はそう優に伝えた。未だどこか遠い目をする優。そんな彼の傍に志苑は立ち、背中に手を当てる。


「…兄さん…」


顔だけを振り向かせた優に志苑は目元を緩め、その口元に薄く弧を描かせ優しく笑いかけた。そして解放された彼等の方を向く。



「今、渋谷は日々発展しています。今日くらいの人数なら渋谷で受け入れが可能な筈です。…もう貴方方は大切な家族を差し出す必要も、嘘をつかせる必要もありません。渋谷の地で、我々が貴方方を保護します」

「なっ、本当か!!?」

「はい。では急ぎで申し訳ありませんが、ここに居る皆さんが準備出来次第、直ぐにでも渋谷への移動をしたいと思います。別の者に案内を任せますので、安心して付いて行ってください」

「貴方方は…」

「我々にはまだすべき任務があります。お送りしたいのは山々なのですが、申し訳ありません」

「いやっ、良いんだ!…本当にありがとうっ」

「いえ」


原宿の人々にそう話し、そして駆け付けた同じ軍人に状況の次第を話せば案内を頼む。


「俺達はこれから新宿に向かう。だから付いては行けないけど、頼めるね?」

「はっ。お任せ下さい、志苑中佐。我々がその任務を引き受けます」

「ありがとう。…では彼らに案内を頼みますので、お互いに確認が取れ次第移動をお願いします」


後はよろしく、と声を掛ければ軍人は志苑に敬礼をした。それを見てから彼はその場から離れる。



「ん?三葉どうしたの?」

「な、なんでもありません!」

「? そう」


走り去る彼女を見て首を傾げてからまた顔を前に向ける。


「ここから新宿は…少し距離あるね。車があると便利なんだけどなぁ…」

「でも車なんてありますか?」

「んー…」


与一の言葉にそれもそうなんだよな、と志苑は考える。


「なら何処かで拾いましょう」

「でも拾えたとしても動かないだろ?」


シノアの言葉に志苑がそう返せば話を聞いていた君月が2人に近寄った。


「なら俺が直します」

「へぇ、君月くん直せるの?ならお願いしても良いかな?」

「はい。あ、修理に少し時間貰っても…」

「大丈夫だよ。休憩も入れようと思ってたから。…疲れてるのに悪いね、ありがとう」

「いえ」


去って行く君月の代わりに優が来、志苑の服の裾をチョンチョンと引く。


「ん?なに?」

「兄さんやっぱ中佐なんだな」

「へ?」

「いや、さっき志苑中佐って言われてたから、志苑兄さんやっぱ中佐なんだーって」

「ははっ、まぁね。一応これでも中佐なんだ。少佐から上がる時は色々とグレンが煩かったんだけどね」

「え、そうなのか?」

「うん。…っと、この話はまた今度ね。今は体を休めてあげよう」


ほら行くよ、と優の背中を押し、近くに居たシノア達にも声を掛け一時ではあるが体を休めさせたのだった。


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