神さまありがとう
特別今日が何かの日である、とか言うわけではない。それでも日々の感謝を伝えたかった。
「これは…」
「…こっちに回して、こうすれば…」
「その方が良いか…」
「こうするとそっちの比率が高くなるから…」
いつも通り変わらず仕事をする2人。出会った時から変わらない。生徒達から見て、烏間も柴崎も真面目で仕事熱心。だから彼らは時々心配になる。ちゃんと息抜きは出来ているのだろうか、と。
「?…どうしたの?」
「え、」
「何かあったか?」
視線に気付いて2人は1人の生徒・渚へと目を向けた。
「い、いえ!」
何でもないです。そう言う渚に一つ小さく笑って彼の目線に合わせてやる。
「最近困った事とかない?」
「困ったこと…?」
「そう。俺も烏間も君達の安全は第一に視野に入れてる。不都合があったり、困ってる事があるならいつだって言って良いんだよ」
渚は自分と目線を合わせて屈む柴崎と、その後ろで立つ烏間を見る。
いつだってそうだ。この人達は忙しさの合間にだって周りに目を配ってくれる。見えない優しさだったり、見える優しさだったり。でも、それはとてもこの人達らしくて、ほっとして、大好きだ。
「……大丈夫です。僕も皆も、毎日楽しく過ごしてます」
そう言えば、柴崎と烏間は顔を見合わせ小さく笑った。それに渚は首を傾げる。
「潮田くん隠すの上手いからね。でも今の顔は自然だったから本当なんだなって思って」
「君は柴崎のように隠すのが上手い。…お前、教えたのか?」
「教えるわけないだろ。ね?」
「…。…っあははっ、はい。教わってません」
「ほら」
教えてないだろ。そうみたいだな。そんな風に話す2人を見上げて、渚は心の中が温かくなった。自分達のことをこうして考えてくれる。心配してくれる。それが、とても嬉しい。
「(…仲良いなぁ)」
騒いで笑い合う仲の良さではなく、落ち着きを払った…信頼感が見える仲の良さ。
「(……お礼)」
ぼんやり浮かんだその言葉。なのに頭にも心にも強く残って、きっとこれは自分が望んでいることなんだと感じた。
「(皆に相談してみよう)」
今一度、側に立つ2人を見てそう渚は思った。
「先生達にお礼?」
「うん」
渚は早速クラスメイト達に話してみた。今日思い付いたことを。
「烏間先生も柴崎先生もいつも忙しそうで、いつも僕らのこと考えてくれてるから、お返しっていうか…ありがとうっていうのを伝えたいなって思って…」
どうかな。そう聞いてみる。すると皆は顔を綻ばせ賛成!と声を揃えた。
「凄い良い案だよ、渚っ」
「日頃の感謝伝えようぜ!」
「何したら喜んでくれるかなぁ」
「何かな…。んー…」
渚の案から皆が頭を捻り考え出す。それを見て、言ってよかった。と渚は笑った。
「……」
「……」
2人は体育を終えて校舎へ戻る最中。だが、今日1日中刺さるというか感じる視線に2人はそろそろ気になりだした。
「……烏間、何かしたの?」
「何をだ。…柴崎は身に覚えないのか?」
「えぇ…。……何もない」
お互い全く身に覚えがない。なのにこんなにも視線を感じる。理由の分からないその視線にお互い横目で見合い、悩む。
「まぁ、理由が分からないんじゃ考えても無駄か……っ」
「………どうした?」
腕を軽く掴まれる。ついでに足も止まる。
「…………なんでこの時期に蝶いるの」
「?……本当だな。……五羽か」
「………烏間、こっち側立ってくれない?」
そう言われ、そういえば苦手だったな、と思い出しながらそちら側に立ってやる。
「あれが一羽二羽ならどうする」
「それくらいなら大丈夫。でも五羽、六羽はちょっと…。あまり見たくない」
完全にそこから目を逸らしている彼に烏間は小さく笑った。他はいけても蝶は駄目。羽数にもよるが、あれくらいになると彼にとってはもう視界に入れたくないらしい。
「あんな集って飛ばなくてもいいと思うんだけどな…」
「集りたいんだろ。…事実どうだか知らないがな」
蝶の存在で生徒達からの視線云々は少しだけ意識から逸れ、2人はそのまま校舎内へと入っていった。