幸せの温度
朝から頭が痛かった。ズキズキ、ガンガンとして、あぁまた偏頭痛だ…と眉間に皺を寄せた。
「……っ」
「?…ねぇ先生」
「…ん?」
「頭痛い?」
カルマが柴崎の顔を覗き込んで聞く。
仕事の休憩に廊下に出て1人で立っていた時だ。ズキズキと痛い頭に目を瞑るも治らない。薬を飲んだが効かない。これはもう自然に治るのを待つしかない。
烏間は今日朝から防衛省に用事があり昼から来る。もうすぐ昼だから帰ってくるだろう。ここまでバレずに居られているのは彼がここに居ないからだ。
しかし、一際頭に響く鈍痛を感じ、思わず額に片手を当ててしまったのだ。それをたまたま通り掛かったカルマが見つけ、声をかけた。
「赤羽くん…、…大丈夫だよ。ありがとう」
「でも、全然大丈夫な顔してないよ。寝不足?」
「いや…。…持病になるのかな。偏頭痛だよ」
「偏頭痛…。酷い系の人?」
「…っ…まぁね」
偏頭痛は大体が女性に多いもの。成人前は男女共にあまり変わらないが、成人患者になると約75%人が女性である。
「薬は?飲んだの?」
「飲んだよ。…っ、けど、ここまで来るともう効かないね」
話しながらも治らない痛みに顔を歪める。そんな柴崎をカルマは支える。
「ごめんね、心配かけて。…大丈夫だから」
窓から離れてカルマに顔を向け礼を言う。カルマの心配げな顔を見て申し訳なくなる。自己管理はしていた。だが、こうも突然来られると自己管理も何もないのだ。
「そろそろ、教室に…っつ」
「柴崎先生っ」
動いた事により一際痛みが酷くなり思わず窓淵に手を付き、体を支える。だが、立てずに思わずしゃがむ。カルマは咄嗟にその体を一緒になって支え、しゃがむ。
「……っはぁ…っつ…」
周りの小さな音が煩い。普段なら気にならないこの音や陽の光が耳障りで眩しい。こんなに酷いのは、何年振りだろうか。
「先生、無理しないで。あまり体は動かさない方がいいよ」
「っ、…ごめんね…」
カルマはこんなに弱った柴崎を見るのは大分前の狙撃事件以来だ。あの時は渚を守って生死の境に居た。
「カルマくん?どうしたの?」
「おや、カルマくんどうしました?…柴崎先生?カルマくん、柴崎先生は一体どうされたんです?」
「渚くん、殺せんせー…。…柴崎先生、偏頭痛なんだ。酷い方の人みたいで、今は立ってられないくらい酷い」
「えっ!?」
「それはいけません」
渚と殺せんせーはカルマと柴崎の元へと近寄る。
「偏頭痛は普段気にならない音や光でも酷く煩く眩しく感じる。酷い時は頭を少し傾ける事や体を動かすだけで激痛です」
「そんなに…っ」
「薬は飲んだのでしょうか?」
「飲んだらしいよ。…でもそれももう効かないみたい」
3人の視線は目を瞑り、額に手を当て痛みに耐える柴崎に。
「…っつ…っは」
「柴崎先生」
「……なに…」
殺せんせーはなるべく小声で柴崎に話しかけた。それを下を向いていた顔を少し上げ答えた。
「立てない、動けない以外に体に起きている状態はありますか?」
「っ、いや、…ないよ」
「…本来なら動くよりじっとしている方がいいんです。しかしここは廊下。冷えてしまう」
「どうしよう…」
「ここでずっと居るのもね…」
「っ、すぐ治(おさま)る。…大丈夫だよ…」
偏頭痛はそう長くは続かない。夕立みたいなもの。急に来て暫く降り続くと、止んで去っていく。
「あら、タコに渚にカルマも…どうしたのよ?」
「イリーナ先生…」
「あ、ビッチ先生」
「柴崎先生が酷い偏頭痛で倒れてしまいまして」
「シバサキが倒れた!?」
イリーナは少し小走りで近付いてくる。それが頭に響き、思わず声が出る。
「…っいっ」
「イリーナ先生、あまり音を立てずに。小さな音や揺れでも頭に響くのです」
「そ、そうなの?…で、シバサキは?どうなの?」
「状態は変わりません。…烏間先生が居てくれれば、良いんですがねぇ…」
「今日は朝から居ないもんね、烏間先生」
「早く帰って来てくれないかな…」
その時だった。
「どうした。そんなところで」
「カラスマ!」
「烏間先生!」
「めっちゃ良いタイミング」
「良かった。烏間先生、少し来てくれませんか」
「?」
烏間は殺せんせーに言われ、そちらに足を向ける。すると見えてきたのは額に手を当ててしゃがむ柴崎の姿。
「柴崎…!……偏頭痛か?」
「はい。やはり烏間先生はご存知でしたか」
「昔も良くなっていた。…だが、ここまで酷い状態は稀だ」
幾ら痛くても立ってられた。仕事が出来た。だが今はそれが出来ない程に痛みが強い。烏間はカルマが退いたところにしゃがみ、柴崎を見る。そしてなるべく小さな声で話しかける。
「柴崎、痛むか?」
「…っ、烏間…?」
「そうだ。…遅くなった。すまない」
「仕事、なんだから…っ、仕方ないよ」
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