ここ、防衛大学校には多くの生徒が在学している。その中でも彼等は特に有名であった。
成績、技術、実力、才能、人柄…。けれど彼等は決して天才型ではない。どちらも非常に努力型で、いつだって慢心せず常に向上心を持っているのだ。
「10弾命中!」
響めいたのは入隊してまだ少ししか経たない2年生達。
「かーっ、またやりやがった」
「相変わらずの命中率で…」
「はー…さっすがー!」
「全部真ん中じゃんっ。スゲェなぁ!」
慣れたような光景なのか、それでも感嘆の声を上げる3、4年生達。
「ふぅ…」
スコープから顔を離し、ライフルを降ろす。的を見て軽く首を捻った。
「…4つ目ちょっと右かな…」
「十分許容範囲内だろう」
「そうかな…」
「納得行かなそうだな。俺からすれば十分な結果だが」
ライフルを片手に持つ柴崎の側で烏間はそう話せば、先程彼が撃った的を見遣る。柴崎は少し右に…と言ったが、烏間が見た限りあれは真ん中を撃ち抜いており結果は十二分であろう。
「欲を言うなら後1回したいとこだけど…」
「駄目だ」
「…って言うと思った。次烏間とナイフ訓練だもんね」
一つ小さく笑ってそう言えば、諦め革手袋を取る柴崎。ライフルを元あった場所へ戻し、軽く肩を回した。
「前は引き分け?」
「だったと思う。俺も柴崎が相手なだけあって手は抜かないからな…」
「勝敗がなかなか決まらないね」
笑ってそう話し去って行く二人。他の団員達はその姿をぽけー…と見ていた。
「…あの的見ろよ」
「全弾命中だぞ…」
「柴崎さんすげぇ…」
驚嘆、羨望。それらを含む声や眼差し。新しく入った団員達は間近で見た技術の高さにそんなものを漏らし抱いた。
「あいつはこの第一空挺団きってのスナイパーだ」
「あ、団長…!」
彼等の後ろから歩いてきたのは黒川。彼の隣には川島や冴島もいる。
「見かけだけで甘く見ると痛い目を見る。…あいつは中々のやり手だぞ」
黒川から発せられたその言葉。団長直々の評価に再度感嘆の息が漏れた。
「柴崎の隣にいた烏間も中々だ」
「烏間さんですか?」
「あぁ。なんなら見に行ってみるといい。今頃あいつらはー……あー、どこだ?」
「ははっ、ナイフ訓練に行きましたよ」
「だそうだ!良かったら行ってこい」
隣の川島に聞けば彼は笑ってそう答えた。
『ナイフ訓練』
2年生たちは少しばかりそわそわとした。
「っ、」
ピッ、と頬に掠るプラスチックナイフの刃。
「…あーぁ、当たっちゃった」
「漸く当たったか」
「良く言うよ。初めから当てる気満々だったくせに」
対面し、話す二人。両者ともにナイフを手に持っていた。掠めさせたのは烏間。掠めたのは柴崎の方。
「ナイフじゃやっぱり烏間には敵わないな」
「それを言うなら俺は体術と射撃・狙撃は柴崎に敵わない」
「ふふ。お互い埋めれる部分があって良かった。安心できるよ」
いざという時、欠ける部分を相手が担ってくれる。それは大きく、とても心強いのだ。特に前線となれば尚更だ。
彼等らしく笑って話すその姿を見るのは、やはりここでも2年生達。彼等は黒川の言葉通り、少々小走りで見学に来ていたのだ。
「…烏間さんのナイフ捌きすげぇな…」
「手首が柔らかいんだな…」
「あの柴崎さんを掠めたぞ…」
こちらもまた、間近で見た烏間のナイフ術に惚けたような声を漏らした。
「ん?なんだ、お前ら見学か?」
「宮野さん!」
「こんにちはっ、お疲れ様です」
「あぁ。お疲れ様」
そして視線を変えて前を見る。
「…勉強になるだろ、あいつらの技術は」
「はい…、とても」
何を取っても無駄がない。必要な動作のみで行われるそれら全てはどんな参考書よりも学ぶものが多い。
「あいつらは他の誰よりも努力家の実力者だ。その上あぁ見えて結構負けず嫌いでな。納得がいかなかったらとことん訓練に励む奴らだ」
宮野が笑ってそう言えば、周りの2年生たちは意外そうに今も話す2人を見やった。
「今度は烏間を掠めてやりたいなぁ」
「なら次を楽しみにしておくか」
冷静沈着で落ち着いている彼等が持つ内に秘める想いは、どうやら思っていたよりも熱いようだ。
「? あ、」
「ん?どうした?」
「あれ、烏間さんと柴崎さんだ…」
彼らの視線の先に見えたのは軍内2TOPの2人。
「…っ、」
「ぅ、わ…」
しかし瞳に映った光景にやや頬が赤くなった。
「…また付いてるぞ」
「ん?…あ、…ふふ、本当だ」
ふわりと落ちた桜の花びらが柴崎の元に降り立った。それを烏間は取って、彼に見せた。淡いピンクを滲めさすその花びらは烏間の手から柴崎の元へと移っていった。
「好かれてるのかな、桜に」
「何にでも好かれるな、お前は」
「そんな事ないよ。…やっぱり1番だって思うものに好かれたいしね」
指先でそれに触れて、すると窓から吹いた柔らかな風がその花びらを掬って行った。去っていくそれをつい目で追ってしまった柴崎。けれどまた顔を元に戻す。
「……どうやら春には勝てそうだ」
「え?」
先程の風で少し乱れた彼の髪を直すために手を伸ばし、直してやる。その際に触れる手のひらと頬。
「…夏はどうだろうな」
「……、……夏は、俺が苦手だから」
「ふっ、…そうか。なら夏も大丈夫だな」
「ふふ、ねぇ、何が?何が大丈夫?」
「ん?…内緒だ」
「そこまで言っておいて?…気になるなぁ」
すると先程より少し強めに吹く春の風。それがふわりとカーテンを舞い上げた。残り僅かとなった遅桜の弁がまるで仲間に入れて欲しいとばかりにやって来た。
「っ、」
「…っ、」
一種閉ざした瞼。それを開ければ床は花弁だらけ。瞳に移したその光景にしばしば呆気に取られるも、互いに顔を見合わせ小さく笑った。
「ははっ、これ掃除大変だよ」
「窓なんて開けていたからだな」
お陰で軽い花絨毯。
「箒とってくる?」
「踏まれてそこら中が汚れる前にな」
「確かにね」
掃除をする為に離れていく2人。その光景をずっと遠くから見ていた2年生達。彼等はどこか恍惚としていた。
「………俺、」
「…………おう…」
「………今すげぇ、心臓ドキドキしてんだけど、さ…」
「……俺も、なんだけ…ど、」
「「………」」
互いに顔を見合い、同時にしゃがみ込む。
「(柴崎さんめっちゃ綺麗だった…!俺男の人であんな綺麗な人初めて見たんだけど…っ!)」
「(俺もだよ…!それにあんなに柔らかい烏間さん見んのも俺初めてだ…っ)」
「(……どうしよう…。変な扉開きそうだ…)」
「(…本当やべぇよ…。…俺あの2人ならそういう風になってくれても別に……)」
「(ああああっ、これからどうやってあの2人を見りゃいいんだ…!俺らの勝手な想像で勝手にフィルター掛かけちゃったよ!)」
「(いっそそのフィルターのようになってくれたら俺らも困んねぇんだけどな!)」
「(…なんねぇかな?なってくれても俺全然応援する)」
「(俺だって全然応援するわ。寧ろ推奨するわ)」
何やら純粋な彼らは何も知らないあの2人の光景に新たな扉を開いたようだった。
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