「…………」
「…………」
「…………」
「……分からん」
発せられたその言葉に烏間は文字通りガクッとした。先程からずっとしている物理講座。今回の試験範囲、全く理解が出来ない花岡に烏間は付きっきりで教えていたがそれでも分からないらしい。その様子をほんの少し離れた場所で見ていた柴崎と赤井。
「…烏間も参ったな」
「あそこまで教えて分からないと…、少し心折れそうになるかな……」
漢文を赤井に教えていた柴崎は今丁度ため息をついた烏間を見て苦笑いを浮かべた。
「少し休ませようか」
「あー、の方がいいかもな。烏間も疲れただろうし、花岡も時間置いた方が出来るかもしんねぇし」
なら早速、と立ち上がる。
「烏間、少し休んでおいでよ」
「…柴崎、」
「少し時間置いて、それからまたしたら花岡もスッキリして出来るかもしれないし。ね?」
そう言われ、考えてから首肯した。
「…そうだな。時間を置いた方が良いかもしれないな」
「ごめんなー、烏間ー」
「良い。人間得意不得意はある」
「(花岡は不得意科目さん色々とあるけどな)」
「花岡も少し休憩しな。頭疲れたんじゃない?」
烏間の隣に座る彼にもそう声をかければ猫のようにのべー…っと机に倒れた。
「物理頭いてぇよー…」
「烏間の方が痛そうだぞ」
「十分承知の助でございます」
おろろろろ…と嘆く花岡に赤井は笑った。
「部屋で休んでくる?」
「…あぁ、そうする」
「そう、分かった。ゆっくり休んで」
「ありがとう」
談話室から出て行く後ろ姿を見送る。
「…さてと、赤井はもう少しするよ」
「えっ!俺も休憩じゃ……!!」
「寝言は寝て言って。…はい、座る」
「ええええええ……」
「……赤て…「します!!どこやろう何やろう古典かな!!」
「(2人相手は疲れるな…流石に)」
自分も休憩を挟み、自販機に行くかと自習室を出た。だが財布を持っていなかったと気付き、一度自室へ向かおうとしているのだ。
カチャ……
なるべく音を立てず、ゆっくりと開ける。
「……横になって寝たら良いのに」
ベッドを背凭れにして眠る烏間に小さく苦笑いを浮かべた。
「(何か掛けるものあるかな…)」
たまたま見つけた薄手の物を手に取り静かに近付く。
「(……そう言えば烏間って人前であまり寝ないよね。目瞑ってても人が近付くと起きるし…)」
烏間の側に膝を突いて掛けてやる。眠る彼をぼんやりと見た。
こんなに近くに居ても、目は覚めない。静かに、眠っている。その姿に小さく笑みを浮かべた。
ねぇ、烏間。もうすぐ2年になるね。その間本当に色々あって、俺は助けられてばかりだった。支えてもらってばかりで、俺は同じようにお前にしてあげられている?
気持ちがスッキリしなくて、はっきりと答えを出せない。烏間の手は安心して、隣に居ると落ち着く。何気ない気遣いや、言葉は嬉しいと思うし、先の事を考えて喜べない自分が居たりもした。…それに、……あの夜の事も…未だに忘れられないんだ。
「(……なんであの時、頬に触れたの…?)」
なんであんなに優しい手をしていて、どうしてあんなに真っ直ぐ見てきたんだろう。忘れられないそれが、頭の中を過る。
宮野さんには、恋だと言われた。その時言われた事に思い当たる節が多くて、戸惑った。なぜなら、それなら自分は烏間を好きだという事になるからだ。…男同士、なのに。
「……馬鹿だな」
もし本当に、今までの自分の一喜一憂が恋ならば、こんなの叶わない。叶いそうなんてないじゃないか。
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