防衛省の方に顔を出し、書類を受け取った。学校に着き、降りて歩きながら書類に目を通す。経過報告だったり、今後の予定についてだ。柴崎が教員室に行けば、パソコンに向かう烏間。雑誌を読みながら紅茶を飲むイリーナ。如何わしい本を堂々と読み耽る殺せんせーの姿。柴崎に気付いたのか、パソコンから顔を上げる烏間。
「柴崎、帰ったのか」
「今ね」
「朝から行ってるのに、帰って来るの遅かったわね」
「なかなか離してくれないんだよ」
「人気者なんですねぇ、柴崎先生は」
「どうだかなぁ」
机に鞄を置き、残りの書類も出す。パソコンを起動させ、その間にコーヒーを淹れる。一口飲み、息を吐く。
「はぁ…」
「なんか疲れてるわね。どうかしたの?」
「ん?んー…そろそろ実家に顔出さなきゃなって」
「実家に?」
「昨日は忙しくて携帯見れなかったけど、朝に母親から電話きてたみたいで。今日辺り、掛け直さなきゃとは思うけど…」
「思うけど…どうかされたんですか?」
「…大概なんかあった時に掛けてくるから、なかなか…」
「そういえば、この任務に就く前にもそんなことが何度かあったな」
「そうなの?」
「まぁね」
思い返せばどれもどうでも良く、くだらないものばかりで、それに毎回巻き込まれる自分は一体なんなのかと。出張中に掛けてこられた時は流石に無理だと断ったが、それ以外は大体休日を使って駆り出される。
「ただ実家に顔を出せ、だけなら良いけど」
授業が終わり、下校時間だ。それぞれ帰宅しようと教室を出て外に出る。
「あれ、あの人誰だろ…」
渚は違う制服を着た男の人を見つける。他の生徒もその人物に気づく。その人は校舎を見たり、後ろを振り返ったりとしている。誰かの兄弟か知り合いだろうか?
「誰か探してるのかなぁ?」
「分からないけど、一応声掛けてみようか」
「そだね!」
近付いていき、未だキョロキョロとしているその人に声を掛ける。
「あの、」
「え?あ…」
「誰か探しているんですか?」
「あー、まぁ…。前聞いた話じゃここにいるって聞いてさ。あっちに見える校舎の人に聞いたらこっちだって言うから来たんだけど…」
振り返ったその人の顔と声を聞いて渚と茅野はあれ?と首を傾げる。なんだろう。誰かに似ているような…。声も、少し似ている。でも誰だっけ…。
「その人の名前は?」
カルマが聞けば自分たちの良く知る名前が出てきた。
「柴崎志貴って言うんだけどさ」
「へ?」
「柴崎、志貴って…」
「柴崎先生の、こと?」
「防衛省で働いててさ、なんか今はこっちでやることあるからしてるって前に聞いたんだけど…」
「「「「(やっぱり柴崎先生だ!!)」」」」
ということは、もしかして…
「あの、柴崎先生とはどういう…」
「ん?あぁ、俺弟なんだよ。柴崎雄貴ってんだ」
「「「「お、弟ぉぉぉお!!?」」」」
渚、カルマ、茅野、杉野の声に下校しようとしていた他の生徒もなんだなんだと寄ってくる。
「どうしたんだ?」
「あ、磯貝くん…!実は、この人…」
「うお、その制服名門校の西宮高校の制服じゃん!」
「え!?そうなの!?」
「で、その人がどしたんだ?」
「それが、この人、柴崎先生の弟さんらしくって…」
「「「「………弟ぉぉぉお!!?」」」」
しかし、前原・磯貝はハッとする。そういえば前に聞いたことがある。高校三年の弟がいると。
「兄貴のこと知ってんの?」
「知ってるも何も、柴崎先生私たちの体育と数学の先生なんです」
「マジか…。あ、じゃあさ、悪ィんだけど兄貴呼んでもらっていい?何処にいるのか分かんなくてさ…」
「あ、じゃあ俺呼んできますね!」
「私も行くわ!」
代表して磯貝・片岡が走り出す。二人はきっと柴崎は教員室にいると踏み、目指す。ノックをすれば案の定中から声が聞こえる。
「失礼します」
「柴崎先生いますか?」
磯貝・片岡が声を掛けると、コーヒーを飲みながらパソコンを見ていた柴崎がそちらを向く。
「磯貝くん、片岡さん。どうした?」
「えっと、その、柴崎先生に会いたいって人がいて…」
「俺に?誰だろ…」
「それが、弟さん…みたいで…」
「…え?」
磯貝、片岡に連れられて校庭に出ると何やら人集りが。そこに頭一つ分飛び抜けて出ているのが1人。それが誰だかは柴崎にはすぐに分かった。
「雄貴!」
柴崎の声に気付いたのか、雄貴はそちらに目を向けると探してた自分の兄を見つける。
「兄貴!」
囲まれていた中を掻き分け柴崎の前まで走ってくる。
「どうした、こんなところまで…。なにか用事でも…「兄貴!今日泊めてくれ!!」…は?」
両手を合わせ、頭を下げる雄貴。そんな弟の姿に柴崎は言葉が出ない。
「……急にどうしたの」
「…実は……」
「母さんと喧嘩した?」
「(コクリ)」
校庭から校舎に続く階段に座り話を聞く。本来なら教員室に連れて行けばいいのだがいかんせんあれがいる。連れてはいけない。生達には暗くなる前に帰るようにと促した。
「それで家出してきて、そんな大荷物持ってるわけ?」
「(コクリ)」
「……何で喧嘩したの」
「…進路のことで、」
雄貴は高校三年。この時期になれば学校では二者面談があり、成績を照らし合わせ行けそうな大学、目標の大学はどこか。短大に進むのか専門学校に進むのか決めていく時期だ。
「進路ね…。大学進学志望?」
「…ちげェ」
「?じゃあ専門学校?」
「…それもちげェ」
「?」
大学でも専門学校でもない。ならなんだろうか。まさか進学しないのか。雄貴ほどの成績があるなら行けるところは多いだろうに。柴崎は分からなくなり頭を捻る。暫く会話がなく、雄貴が話すのを待っていると、ぽつりと小さく呟いた。
「……兄貴と、同じ道行きたくて」
「俺と同じ道って、自衛隊に入りたいのか?」
「(コクン)」
なるほど、それで母さんは反対したわけだ。母さんからすれば、雄貴を普通の大学なり専門学校に行かせてやりたかったのだが、本人はそっちの道ではなく自衛隊の道へ行こうとしている。意見の食い違いで、口喧嘩になったんだろう。
「俺さ、兄貴は良くてなんで俺は駄目なんだって聞いたんだよ」
「母さんはなんて?」
「…兄貴は、親父の代わりに強くなるために行くって決めたから反対しなかったって」
「……」
高校に上がる前。過去の柴崎ももちろん進路という壁にぶち当たった。だが、当時父親は末期ガンに体を蝕まれていた。父親も自分の残りの命の短さを悟ったのか、長男である柴崎に家族を代わりに守って欲しいと頼んだのだ。その言葉に後押しされ、柴崎は自衛隊の道を選んだ。強くなって、家族を守れるように。
「俺だって、半端な気持ちで決めたわけじゃない。俺も柴崎家の1人だ。兄貴より強くなれなくても、母さん守れるくらいには強くなりてェんだよ…」
なんだ。ちゃんとした理由があるんじゃないか。ただ闇雲になりたいのかと思えばそうじゃない。
「兄貴に任せっきりってのもさ、なんか、申し訳ねェっつうか…。兄貴は多忙だし、なかなか実家にも顔出せねェし…。仕事しながら家族守んのもさ、兄貴にばっか負担掛かんじゃねェかなって思って…」
「…っく、ははっ」
「っ何笑ってんだよ!!俺は真剣にだな…っ!」
「いや、悪い悪い。ふっ…はははっ」
「っ、なんなんだよ…兄貴の馬鹿野郎…」
自分は真剣に悩んでいるのに兄である柴崎は笑っており、雄貴は不貞腐れてしまう。一頻り笑い、収まったのか柴崎は足の膝に腕を置く。
「…子供だ子供だと思ってたら、いつの間にか立派に成長してて驚いた。この間実家に顔出した時は反抗期真っ盛りだったのにどうした。心境の変化か、何か?」
「反抗期はもう終わったっつーの!俺が言いたいのは、俺だって強くなって母さんを支えたいってことで!」
「それ、母さんに言ったの?」
「へ?」
キョトンとする雄貴。やっぱりなという顔の柴崎。
「どっか抜けてるからなぁ、雄貴は。人間口にしなきゃ伝わらない事って多いんだからちゃんと気持ち伝えないと。母さんが反対したのは雄貴を心配してだ」
「俺を、心配して?」
「自衛隊って言えば、訓練は厳しい上に上下関係や礼儀なんかもきっちりしてる。体力だってないと続かない。お前の体が保つかどうかとか、体を壊さないかとか、母さんは母さんなりに心配してるんだよ」
「…」
「半端な気持ちじゃ続かないからそれを危惧してるんだろうけどな。…母さんは父さんを喪ってるから余計にそう思うんだ。それは分かってやってあげて」
視線が下に落ちる。母親がそんなに心配をして、それで反対したなんて知らなかった。どうせ続くわけないと真正面から反対されてたとばかり思っていた。
「ただ闇雲になりたい、ってだけじゃ母さんも納得しないだろうけど、ちゃんとした立派な理由があるんだからそれを話せばいい。それでも反対されたらまた俺のところにでもおいで。休日時間作って一緒に母さんに話してやるから」
「兄貴…」
「まぁでも…」
柴崎は階段から腰を上げ立ち上がる。そんな柴崎を雄貴は見上げる。
「雄貴は母さんに似て、素直じゃないとこあるからなぁ。今日は俺のところに泊まって行ったらいい」
「え、良いのか?」
「良いよ。母さんには俺からちゃんと連絡しておくから。1日預かりますってね。ただし、明日はちゃんと帰って母さんと話し合う事。いい?」
「…分かった」
まだどこか気まずさがあるのだろう、目を逸らしてそう言う雄貴に柴崎は小さく笑い、自分より下にあるその頭を撫でてやる。父親を喪ってから母親と弟は自分が守らなければと思っていたが、いつの間にか弟は成長しており、二本の足で地を踏み前へ進もうとしていた。いつまでも子供だと思っていたら怒られる。
「じゃあまぁ、帰るか」
「え、仕事あるんじゃ…」
「何も学校に残ってしなきゃいけないわけじゃないからいいよ。持って帰って家でやればいい。パソコンもあるし。雄貴もここに居たって仕方ないだろ?」
「…まぁ、そうだけど…」
「今荷物持ってくるから、少しここで待ってて」
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