柴崎は教員室に行くと自分の席に行き鞄に必要なものだけを詰める。
「? もう帰るのか?」
「うん。弟が家出してきたみたいで」
「は?家出?弟って…雄貴くんか?」
「そうそう。まぁ、話し聞いたら理由なく家出したわけじゃないみたいだし、今日だけ泊めてあげようと思ってね」
「へぇ、シバサキ弟居たのね」
「1人ね」
「お幾つ離れているんですか?」
「今高3で18だから、10離れてるかな」
「結構離れてんのね」
「…まだ、子供だと思ってたんだけど、知らない間に成長しててさ。しっかりしちゃって」
そう話す柴崎の顔はどこか嬉しそうで弟の成長を素直に喜んでいるようだった。
「…折角だ、家に帰ったら仕事せずに水入らずで話したらどうだ」
「え?」
「この書類の整理なら、俺が代わりにやってやる」
烏間は柴崎の鞄からファイルを取り出すとそこから書類を抜き取る。
「や、でも烏間には烏間の仕事あるし…」
「こっちのはまだ期限が先だ。気にしなくていい。ほら、鞄持って行ってやれ。待ってるんだろ」
鞄を柴崎に持たせ、その背中を扉へ押す。
「本当にいいの…?」
「大丈夫だ。…そこまで気になるなら、明日俺にコーヒー淹れてくれたらそれで良い」
「烏間…。…ありがとう。明日一番美味しいコーヒー淹れるよ」
「楽しみにしてる。じゃあ、また明日な」
「また明日」
柴崎は教員室を出て雄貴の元へと走っていった。
「優しいですねぇ、烏間先生」
「ほーんと。その優しさはシバサキ限定ね」
「お前らに振りまいても利がないからな」
「利ならばありますよ!!」
「なによ」
「この烏間先生・柴崎先生を題材にしたノンフィクション小説が付いて来…「いるか!」
「あんた暇なの?暇なのね。暇だからそんなの書けんのよ!」
「おやおや、イリーナ先生。嫉妬せずとも柴崎先生・イリーナ先生のノンフィクション、「春の恋は愛を生む」もちゃーんとあってで…「勝手に人を小説内に登場させんじゃないわよ!!しかもタイトルダサい!!」
「くだらないもの無許可で作るな!」
「にゅやーー!!!お二人共辛辣!!」
「兄貴仕事は?」
「あー、烏間がしてくれるみたい」
「烏間って…惟臣さん?」
「そうそう。覚えてたんだ」
「何回か会ったことあるし。一緒に仕事してんだな」
「まぁね。んー、晩御飯どうするかな…何食べたい?」
「…なんでも良いのかよ」
「ん?何かリクエストあれば作るけど」
「……ハンバーグ」
「え?なんて?」
「…っハンバーグ!一回で聞けよ!」
「あぁ、ハンバーグね。材料ないから買いに行かないと。…そういえばさ、なんでうちの家の人は俺の料理たべれるんだろうね」
「え?兄貴の料理まずいか?」
「…生まれ持った舌の問題か、遺伝か…。誰のせいかなぁ…」
「?」
その日の夜は柴崎特製のハンバーグが食卓に並び、口には出さなかったが空気が弾んだ雄貴の様子を目に入れて柴崎は小さく笑ったとか。そして、多分これはソースが既製だから食べれるんだなぁとしみじみするのだった。
後日、母親から連絡がありお礼の電話が掛かってきた。それと一緒に今度顔を見せにおいでとも。それに了承して、墓花も買っていくから父へ弟の進路報告でもしに行こうかと提案すると電話の向こうの母親は嬉しそうに笑っていた。
『あまり無理しないで、体に気をつけるのよ。志貴はしっかりしてるけど、無理をすることがあるから』
「分かってるよ。幸い、仕事場にストッパー役がいるから平気」
『あら、そうなの。なら安心ね。志貴をよろしくお願いしますって頼まなきゃ』
「止めてよ、それ。あれっぽいから」
『ふふ。じゃあまたね、志貴』
「あぁ、また。母さんも体に気を付けて」
『ありがとう』
電話を切り、校舎へ向かう。向かう途中、生徒たちに挨拶をされながら。
「おはよ、烏間」
「あぁ、おはよう」
「…ふっ」
「ん?なんだ、急に」
「や、ちょっとさっきの電話思い出して」
「電話?」
「母さんから電話来て、無理してないかって聞かれたから仕事場にストッパー役がいるから大丈夫だって言ったら、俺のことよろしくお願いしますって頼まなきゃねって。なんかそれが娘を嫁に出すみたいな言い方だから、烏間見たら思い出して笑っちゃってさ。ごめんごめん」
第一俺は嫁じゃなくて婿の方なのにね、と先を歩いていく柴崎の後ろ姿に烏間は一つ笑いをこぼすと柴崎の横を通り過ぎながら呟いた。
「別に貰ってやっても構わんがな」
「は?」
スタスタと前を歩いていく烏間に反して立ち止まってしまった柴崎。
「…え!?ちょっ、なにそれどういう意味!?」
「そのまんまだ」
「なんで俺が嫁なんだよ!婿だろ!」
「どっちでもいいけどな」
「良くないわ!」
男としての威厳無くなる!という柴崎の声に烏間はまた、一つ二つと笑いをこぼすのだった。
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