昔はこんなにも" これ "に長けていたか。…恐らくその答えは、
「…ということは、恐るるに足りぬという事で…?」
「えぇ。我々の力不足故、彼等を国の目指す規程目標まで伸ばす事が出来ませんでした。ですのでそれ程迄に脅威だと思う必要はないかと」
初めはNO。しかし次第にというのなら、" それ "はYESだ。恐らく本件に関わる任務に就いてから付いてきた。…この、" 方便 "だらけの" 演技 "というのは。
「なるほど…。良い情報をくれた。感謝する」
「いえ。では私はこれで。所用も済みましたので失礼します」
「あぁ」
柴崎は軽く頭を下げるとその場を後にする。これでまた一つ、穴掘りが成功である。
「…随分方便が達者になったな」
「自分でもそう思うよ。まさかここまで口から出任せが出てくるとは思わなかった」
「ふ…、その上そこにお得意のポーカーフェイスと来た。…幾ら群狼と雖も、お前のそれは見破れなかったようだな」
現になんの疑いもせずに先程の男は同じ仲間と談話をしている。…呑気なものだ。ついさっき己等の脳内に意図して" 余裕 "を植え付けられたというのに。
烏間は通路の壁から背を離し、部屋から出て来た柴崎へと向き直る。
「…実行は今日だ。イリーナは既に彼等へ" あれ "を渡したと言っていた」
「…そう…。…良かった、無事に渡せたんだね」
「あぁ」
だがそのやり方というのは実に彼女らしく、報告を受けた時はつい誇らしげな彼女を白い目で見てしまった。序でにこいつの口内はブラックホールか?と疑念を抱いてしまったのも、最早百歩譲らずとも仕方がない。柴崎が聞いたってそう思うだろう。という思考へ行き着けば、烏間は自身の頭に浮かんだそれを特段否定しなかった。十中八九、こいつも苦笑を浮かべる。そうとしか想像出来なかったのだ。
「……さて。だがまだ後一つ、残ってるな」
…そう。今回の全指揮権を持つ、あの司令官。後は彼のみである。烏間と柴崎にはまだ、生徒達を守る為の仕事がある。最後の最後まで国から守る、防衛省臨時特務部という立場に居る二人にしか出来ない、大切な使命が。
……何故なら約束したからだ。はっきりと言葉にしない、いや…出来ないものだったけれど…、『彼等の意思を尊重する』と二人は生徒達に約束をした。だからそれを守らなければならない。例えどんな嘘を国へ吐いても。……これが烏間と柴崎が今出来る最大の行い。全ては立派に成長した生徒達と、そんな生徒達を優しく見守ってきた" 彼 "のため。
「……そうだね」
柴崎は静かに息をつく。…此処まで長かった。しかし此処からもまた、長いのだろう。…たった三時間。だがされど三時間。
「最後の" 嘘 "でも吐きに行こうか」
「…ふっ、…あぁ。序でに最後の" 演技 "もな」
落とされた烏間の言葉に柴崎は小さく可笑しげに笑う。それから足は動き出す。向かう場所はただ一つ、あのいけ好かない司令官の元だ。
辿り着いた部屋では相変わらず、あれやこれやと指示を出し、画面を見ては携帯を操作すると…。まぁ忙しそうにやっていた。二人が中へ入ると、その扉の側にはイリーナが立っている。どうやら彼女はあの休憩室から此処へと連れて来られたようだ。軽くそちらへ一瞥を為してから、二人は司令官へと話し掛けた。
「…お忙しい中失礼します、司令官」
「っ?…あぁ、君達かね。なんだ。今は忙しいのだが」
言われずともそんな事、見れば分かる。だがだからと言って「はいそうですか」と後ろには下がれない。こちらも一刻を争うのだから。
「生徒達が脱走を図ったと聞きました。恐らく向かった先は奴のいるあのバリアの中。…そこで一つご提案が」
「?言ってみなさい」
とりあえずの会話続行の許可を得たところで、烏間は柴崎へと視線を遣る。それを受けた彼は一度烏間へと目を向け、そして自然な動作で司令官へと向き直った。
「…彼等がクレイグ・ホウジョウ率いる群落を突破した場合、我々にあのバリアの中への進入の許可を頂きたいのです」
するとその発言に、彼は明から様に片方の眉頭を上げた。
「バリアの中に入りたいだとォ?」
それは如何にも何を馬鹿なことをと表しているようだった。しかしそれを気にすることなく、柴崎は発言理由を伝えるべく口を開いた。
「先程烏間が話していたように、脱走した生徒達は学校へ行く気でしょう。追い詰められた標的がやけを起こせば大惨事になります。…しかし同僚であった我々であれば…、レーザー発射まで大人しくする様説得出来ます」
…とそう話すも、これは真っ赤な嘘。正解など何一つとしてない。何故なら彼がやけを起こし生徒達に手を出すなど、まずあり得ないからだ。もしも本当に彼が生徒達と再会出来たならば、それこそあの頬を綻ばせて笑顔を浮かべるだろう。
「子供が学校へ辿り着けるはずがなかろう!十重二十重の外周警備に加え…山の中にはホウジョウの部隊。パラシュート降下さえ想定した配置だぞ」
「…えぇ。しかし柴崎も私も、万が一を考えての事です。なのでその時にはどうか御許可を」
慎重さに更に上乗せをするかのような二人の考えに、彼は最終分かった分かったと首を横に振った。
「万が一子供達がバリアに入れた時は君等も行け」
最終決定権を持つ司令官から確実な許可を得たところで、二人は横目で見合う。その目が語るは上手くいったな、というもの。後に彼が何かを言おうとしていたがそれを遮るように礼と退出の言葉だけを述べて彼等は部屋を出る。此処での用は済んだのだ。ならばいつまでも司令官の元にいる理由はない。
烏間と柴崎の後ろにはイリーナが後を付いてくる。彼女もまた、あの司令官がどうやら嫌いらしい。聞けば鼻に付くと言う。まぁ分からなくもないと思うと、彼女の言葉に否定など出来やしなかった。
ある程度あの部屋から離れて、イリーナはある気持ちをポツリと落とした。
「……でも、突破出来るの?ガキ共は」
それには不安の色が混ざっており、だがそう思うのも無理はなかった。何せ彼女も聞いたのだ。あの山の中にはとんでもない傭兵が居て、それが率いる部隊も手練ればかりだと。ならば自然と生徒達の身を案じ、今後このまま上手く行くのかと疑念を抱くのも仕方がなかった。
…けれど足を止め、振り向いては告げられた柴崎のある言葉に彼女は目を見開いた。
「あの子達なら大丈夫だよ。何せそこ等に転がる暗殺者達よりも、みんな優れた技術を待つからね」
「…柴崎……」
「それにあの山は彼等のホームグラウンドだ」
故に誰よりも良く知っている。あの場所、あの地形をどのように利用し、そしてどのように扱えば自分達の持つ力を最大限に出せるのかを。…それこそ、一週間やそこらでやって来たあの精鋭部隊とでは話にならない。
「あそこで一年、超生物を狙い続けた。超生物と遊び続けた。超生物の授業を受け続けた」
最早あの山の中は生徒達の熟知するテリトリー。敵対するには最適過ぎる程の決戦場。容易く制圧出来ると高を括る事の方が愚かなのだ。ただ力があるから、経験があるからという根拠のない理由で簡単に結論付けられる程、今の彼等は甘くない。
「今ではこの山なら目を瞑っても動けるだろう」
「目、って…」
「…まぁ要するに、」
近くの壁を背凭れにし、柴崎はその瞼を閉じる。そして真っ暗なそこへ浮かべる。今頃山の中では侮った彼等へ逆に制圧を仕返しているであろう生徒達の姿を。…懸命に、ただ会いたい気持ちを胸に固く団結しているであろう…真っ直ぐな姿を。
「どっかの山で人間を相手に戦って来た彼等と、とんでもない速さを誇るあいつを相手にして来た生徒達とじゃ、」
…そしてずっとずっと、願っている。ずっとずっと、信じている。彼等ならばと、もう迷わずに。きっと辿り着き、必ず再会出来ると。そうしてその先には再び出会えたことへの嬉しさに溢れ、彼等にも彼にも、笑顔が浮かんでいることを…。
「そもそも経験値が違うんだよ」
…烏間も、柴崎も、もう随分前から、待っているのだ。やっと見られる、彼等みんなの心からの笑顔を。
彼は前に立つ烏間に「ね?」と掛ければ彼もまたその口角を僅かに上げ小さく笑った。
「こいつの言う通りだ。…生徒達には用心する様に言っておいたし…、反対に奴等には柴崎が生徒達の実力を過小に伝えて油断させた」
裏からの確実な根回し。反則じゃないかと誰かが言ったところで、そんなものは突っぱねよう。何故なら今この時に明確なルールなど必要ない。言っちゃ悪いが世の中正論だけでは生きていけない。…時には何を最善とし、果たしてそれが世のルールに従うべきなのかを思案する必要がある。堅苦しい枠に嵌ったままでは、いざという時それらが足枷になる。…すると何もかも、守れないままに終わるのだ。
「……あんた達って、案外親馬鹿ね」
「可愛い生徒を持つとね、やり難い立場でも何とかしてあげたくなるもんなんだよ」
「それにあそこまで成長してくれたんだ。なら今それを使わせてやらずにどうする」
「(…母と父かっての)」
完全にE組生徒達を今一番に想う二人にイリーナは心底そう思わずには居られなかった。これこそ正しく受け持った生徒への、教官からの愛である。
「それに今回の指揮は恐らく赤羽くんだろうしね。相手を手のひらで転がす悪魔的な頭脳は、あのクラスじゃずば抜けてるから」
「況してや双方の戦う動機、所謂「殺る気」の差は歴然だ。……となると、」
…場所。力。意志。技術。作戦。…その他どれを手に取り並べたって、今この状況で大敵に値する
暗殺者であることに間違いない。
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