duty

出会い頭早々と、何故か土下座をされた。



「……………なに?」

「お願いします、柴崎先生」

「……だから、なにが…?」


思わず身を引きたくなるようなそれには流石の柴崎も気味が悪くなる。一歩引けば擦りと言う名の一動作が行われ、また一歩引けば一動作。この繰り返しだ。



「今、私は生徒達との思い出アルバムを作成中です」

「アルバム?…あぁ、卒業アルバムのこと?」

「はい。…しかしそのアルバムの目標ページ数は計一万ページ」



すると柴崎は何かを察したのか、あぁ…と言う顔をする。恐らく足りないのだろう。その、彼が目標とする一万ページには。だがそれは当たり前のこと。普通に一年から三年までの卒業アルバムを作るのにだって精々70ページが無難。なのにそれの何十倍、何百倍も行くページ数を、しかも一年間の思い出の中から作るのだから至難の技過ぎる。




「あのな、明らかに無謀過ぎるページ数で作ろうとするから…」


こうやって困る羽目になるんだ、と。言いかけたところを止めておいた。というのも、まぁそこまで言わなくてもこの万能及び親馬鹿教師には伝わっているかという考えが過ったからである。だから柴崎は敢えてそこから先は口にしなかった。




「分かっていますっ!しかしそのページ数にまだ届かない以前の問題をお願いすべく私はこうして貴方の前で恥を忍んで土下座をしております!!」

「じゃあ立てば?」


それとも何だ。土下座をしなければならないようなお願いなのか。若干訝しげな表情で殺せんせーを見ていると、彼はガッ!と顔を上げて柴崎を見上げた。






「柴崎先生!!」

「………なに」


鬼気迫る視線。顔。声。とんでもない必死さを垣間見た気がした。…だが、




「是非とも烏間先生とのいちゃいちゃ写真を私に撮らせて…」


撮らせて下さい!と言われる筈だったその言葉。しかしそれは柴崎によって振り被られ落とされた鞄が顔面に当たったことで完全に無きものにされた。




「撮らせるわけないだろ!」

「どうして!?貴方方の清き愛らしく素敵な姿を写真として収めることの何が悪いと言うのです!?」

「悪い事だらけだ!」



けれど諦めが悪いのが殺せんせー。柴崎からそう言われても諦めない。どれだけ撮りたいんだと聞いてしまいたくなる程のその必死さには更に引いてしまう。だがこれでは拉致があかない。そう考えた柴崎は逃げるが先決だと思うと彼に背を向けそこから走った。しかしそれを易々と逃す殺せんせーでもなく、案の定彼は柴崎の後を追いかける。…それのまた必死なこと。傍目から見れば思わず白い目で見てしまいそうである。


その頃、校庭には何やら仮装をした生徒達と、いつもと変わらない黒のスーツを身に纏う烏間が立っていた。すると校舎から慌ただしく出てきた柴崎に、一同はどうしたのだろうかと首を傾げる。何故ならあの柴崎がこうも慌ただしく、しかも走って出てくるなどまずないからだ。だがその後ろから彼を追うようにやって来た殺せんせーに、烏間も生徒達も何かを察した。…あぁ、また何かやらかしたんだな、と。




「お願いします柴崎先生!!」

「も、嫌だってば…。お前しつこいよ…」


過去軍に属していただけあって体力はある柴崎。それなのにこうも疲れているのは身体面ではなく精神面がやられているせい。あまりに迫ってくる今の殺せんせーは彼からするととんでもなくしつこくて、それはもうギトギトとした油の如き存在だった。疲れ切った様子の柴崎に流石の烏間も見てられず、二人の間に入っては止めてやれと仲立ちをした。




「全くお前は…。柴崎にちょっかいを掛けるのも大概にしろ」

「ちょっかいだなんてとんでもない。これは大切なお願いなんですっ」

「…お願い?」

「はい!…あ、そうですっ。じゃあもうこの際烏間先生に頼みましょうかね!」



うんうん、それがいい。と一人勝手に頷く殺せんせーに、烏間は訝しげな目をして彼に目をやっていた。



「烏間先生」

「……なんだ」

「今すぐ柴崎先生を抱き上げて下さい」

「………は?」

「「「「え?」」」」


突然の彼からの発言に烏間も生徒達も目が点になる。そして柴崎といえばもう救いようのない殺せんせーに頭が痛いのか、将又目眩がするのか眉を顰めてこめかみ辺りに手を当てていた。



「……どうした。ついに頭のネジでも飛んだか」

「いいえ、いつも通りです」

「…だろうな。なら何か変なものでも食べたんじゃないのか」

「いいえ、いつも通りの食事をしました」


特に昨日食べた唐揚げなんて最高ですね!…なんて笑って話すものだから烏間も烏間で頭が痛くなって来ていた。


「まぁそんなことよりも!さぁさぁ烏間先生!今すぐ柴崎先生を横抱きに…」

「いい加減にしろっ」


横抱きにして下さい。というお願いなど言わせぬように、柴崎は持っていた鞄で先程のように今度は彼の後頭部目掛けて振り下ろした。



「〜〜〜〜〜…っっ痛い、です…っ」

「敢えて痛くしたんだ。当たり前だろ」


全く、と腰に手を当ててため息を一つ吐く柴崎。特に激しい運動をしたわけでもないのに疲れている理由は言わずもがなである。烏間は頭を摩る殺せんせーを一瞥し、それからその側に立つ柴崎の隣へと歩み寄った。




「……何なんだ、こいつは」

「いつもと変わらない、ただの奇行だよ」

「…あぁ、なるほどな」


そこで頷いてしまう辺り、烏間も烏間である。だがそれもこれも殺せんせーの日頃の行いのお陰。故に柴崎の言葉に烏間が首を縦に振ってしまうのも、ある意味仕方がないことである。

そしてそんな光景を他所に、ある生徒達はふとここ最近の殺せんせーを思い出していた。



「…でもなんかさ。この二月の殺せんせー…、勿論受験とか色々助けてくれたけど…全体的に好き放題やってたよね」

「…うん。僕等振り回されっぱなしだった」


そう話すのは茅野と渚。そんな二人の言葉を耳にした烏間と柴崎は、心に思う言葉を伝えるようにゆっくりと口を開いた。



「…多分、君等に甘えているんだろう」

「烏間先生…」

「でなきゃ受験を終えて疲れている君達に、こうも引っ付かないだろうしね」

「柴崎先生、」


みんながみんな、きちんと進路へと進めた。勿論第一希望校へ行けなかった子も居たかもしれない。それでも、全員がここを卒業した後も未来に向かって歩める。それが殺せんせーにとって嬉しかった。




「一月までの授業を通して、君達はもう十分に育った。一人前になった生徒に今度は自分が少し甘えたい。…そう思っているのかもな」

「今までは何に於いても生徒、生徒な奴だったから。…けど今じゃこんなにも立派になって、ずっと君達の成長を見てきたあいつにとっては、それが嬉しいんだと思うよ」



四月からこの二月に至るまで、そして至ってからは、本当に色んなことがあった。泣いたり、笑ったり。怒ったり悲しんだり。走り回ったり追い掛けたり。…けれどどれもこれもの場面には必ず、殺せんせーと生徒達が居た。初めの頃は自分に自信が持てず、色んなものから目を逸らしていた子供達。けれど今はどうだろう。みんながみんな前を向いていて、エンドのE組であったことに劣等感を感じていた彼等は何の迷いもなく胸を張っている。自信を持って、キラキラとした瞳で毎日を生きている。…それは殺せんせーにとって何よりも嬉しく喜ばしく、そして何よりも心を温めてくれるものだった。




「…そっかあ」


静かにそう呟いたのは茅野。彼女の表情に浮かべられるものは嬉しそうで、しかしとても落ち着いたものだった。すると今度は渚がある事を二人に尋ねた。




「…烏間先生や柴崎先生にとっても、僕等はそういう生徒になれたでしょうか?」


遠慮がちに、控えめに。決して自信満々にではなく、一歩か二歩程後ろに下がったような尋ね方。しかしそれが渚であり、優しい性格を持つ、酷く彼らしいものだった。烏間と柴崎は彼の問いかけに小さな笑みを浮かべる。




「…あぁ。もしも俺達が困れば、迷わず君等を信頼し、任せるだろうな」

「なんたって一番頼りになる生徒達だからね。…だからもし何かあっても、君達なら誰よりも信じられるよ」


烏間ならば柴崎の次に。柴崎ならば烏間の次に。生徒達は十二分に二人が頼れる存在となった。今まで彼等は烏間と柴崎に守ってばかり、庇われてばかり、頼ってばかりだった。…しかしそれにはもう終止符を打とう。このE組生徒達は皆、大きく成長した。もう守られてばかりの彼等ではない。今やお互いに頼り頼られる事の出来る存在となったのだ。

渚へと向けられた優しい声と、優しい表情。そしてその温かみのある優しい言葉と…。彼は二人からの答えに一瞬目を瞠くも、すぐに嬉しそうな笑顔を浮かべた。




「へへ、そっか。なんか、嬉しいです」

「ふふ。…あ、そうそう。それにね、潮田くんはこの中でも特に伸びが良かったんだよ」

「えっ!」

「確かにそうだな。君の伸び率はあの赤羽くんと並ぶほどだった」

「えぇっ!」


驚きの表情を見せる渚に、二人は笑ってなんだ気付かなかったのか?と尋ねた。すると首を縦に振るものだから、彼は本当に気付いていなかったようだ。



「ほ、本当なんですか?」

「本当だよ。もう俺も烏間も驚く位にね」

「能ある鷹は爪を隠す。…それはまさしく君だったな」

「えぇ…」


全くそんな気はなかった。なんだか信じられない。神妙な顔をして考え始めた渚に、二人は顔を見合わせ小さく笑った。

烏間も柴崎も初めの頃はどうなる事かと思っていたのだが、それは本当に杞憂だった。このクラスの生徒はみんな初めの頃より飛躍的に伸びた。それは身体面も然り、精神面も然り。そして勉学面でも。…本当に良くここまで成長したと頭を撫でて、褒めてやりたいくらいなのだ。

するとそこによし!これです!…なんていう何かを意気込み、何かを決めた声が聞こえた。それは二人の側にいる渚からのものではなく、他からのもの。





「烏間先生っ、柴崎先生!」

「?」

「…?」


振り向くとそこには殺せんせーが。そして手にはカメラが。…なんとなく読める。何を言われるかは分からないが、彼が何をしたいのかは分かる。




「やっぱり私どうしてもお二人のいちゃ…ッごほんっ、…えー、幸せ写真を撮りたいので、まず手始めに結…」

「諄い」

「煩い」

「せめて最後まで言わせて下さいよーーーー!!!」


結婚式の写真を!と頼もうとしたところ、言い終わる前にまるで丸太を切るかの如くスパンッと返される。それにはもう!もうもう!と声を上げて、ぷんぷんとする殺せんせー。それは果たして拗ねているのか、っているのか。だがたとえどちらであっても二人は慣れたかのようにそんな彼をさらりと流していた。




「うぬぬぬぬ…っ、」



こうなるとこの二人からいちゃいちゃ写真を撮ることは最早至難の技だと思ったのか、殺せんせーはハンカチを噛みながら悔しがる。だがアルバムを作る為の写真撮影を行うという目的だけは諦めておらず、最終その作業の標的となったのはE組の生徒達だった。彼は何処から取り出したのか分からぬ鞄に彼等を詰め込む。どうやら今から世界中で彼等と共に写真を撮りに行くらしい。やはり殺せんせーのやることはとんでもなかった。

非難の声を上げる生徒達などスラーっとスルー。そして更に殺せんせーは鞄の持ち手の部分を掴んで伸び始めた。その行動からすると、彼は触手の反動を使って飛んで行こうという算段らしい。鞄の中から聞こえるあぁだこうだと言う声に何一つとして真面まともな返答をしないまま、彼は生徒達と共に青い空へと消えていった。

立ち昇る砂埃。それに少しばかり烏間と柴崎が咳き込む。そして今はもう見えなくなった姿を見送るように、二人は空へと目を向け顔を上げた。冷たい風が吹く。だがそれはたった一度だけ頬を撫でて行くだけで、ただこの場に二月という冬の香りのみを残していった。






「…………もうすぐだな」


静かに告げられた、烏間からのその言葉。柴崎は青い空を見上げたまま、その目を微かに細めた。

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